第5話 あなたの気持ちに応えます 1
アレックスが隠している秘密。
リディアの言葉が、頭から離れない。
私は研究室の床に座り込んで、膝を抱えていた。もう朝だというのに、一睡もしていない。窓から差し込む朝日が、床に散らばった魔法書を照らしている。
“聖女の宿命”って、何?
アレックスは、何を隠しているの?
レオンハルトのことでもいっぱいいっぱいなのに……。
クッキーを一枚掴んで、口に放り込む。
もぐもぐ。
甘い。
でも、いつもより味がしない。
考え事してると、クッキーの味がわかんなくなる。
コンコン、とノックの音。
「セリア様、朝食の時間ですよ」
マリアの声だ。
「……入って」
扉が開き、マリアが入ってくる。彼女は私の顔を見て、驚いた表情を浮かべた。
「セリア様! もしかして一晩中起きていらしたんですか? 目の下にクマが……」
「大丈夫、大丈夫」
私は無理に笑顔を作る。
「ちょっと、考え事してただけ」
「無理をなさらないでください。お身体を壊してしまいますよ」
マリアが心配そうに私の額に手を当てる。
「熱はないようですが……今日は休んでください。朝食をお部屋にお持ちします」
「ありがとう、マリア」
彼女が部屋を出ていく。
私は一人、ため息をついた。
床に大の字に転がる。
疲れた。
考えすぎて、疲れた。
……って、休んでいる場合じゃない。
アレックスに、聞かなきゃ。
彼が隠している秘密を。
――――――――
朝食を食べた後、私はアレックスの研究室へ向かった。
宮廷魔術師の研究室は、王城の北棟にある。廊下を歩きながら、何を聞こうか考える。
でも、頭の中は混乱していて、うまくまとまらない。
アレックスの研究室の前に着いた。
深呼吸をして、ノックする。
「入れ」
アレックスの声が聞こえる。
扉を開けると、彼は机に向かって何かを書いていた。紫色のローブを着て、その姿は真剣そのものだ。部屋の中には、様々な魔法書が積まれていて、机の上には羊皮紙が広げられている。
「セリア?どうした、こんな朝早くから」
彼が顔を上げる。そして、私の顔を見て、少し表情を変えた。
「……寝てないのか?」
「うん……」
「座れよ」
私は椅子に座る。アレックスも羽根ペンを置き、私の方を向いた。
「で、何の話だ?」
「……アレックス」
私は彼の目を見つめる。
「『聖女の祝福』について、何か隠してない?」
その質問に、アレックスの表情が一瞬強張った。
「何を言って――」
「リディアが来たの。昨夜、私の研究室に」
その言葉に、アレックスが立ち上がる。
「何だって!? お前、怪我はないか?」
彼が私の肩を掴む。その手に、力が入っている。
「大丈夫。戦いに来たわけじゃないって」
私も立ち上がる。
「彼女が言ってたの。アレックスが秘密を抱えているって。“聖女の宿命”の意味を知っているって」
アレックスはしばらく黙っていた。
その沈黙が、何よりも答えだった。
「……やっぱり、隠してたんだ」
私の声が震える。
「何を隠してるの?教えて、アレックス」
彼は窓の外を見つめる。その横顔は、どこか寂しげだった。秋の朝日が、彼の黒い髪を照らしている。
「座れ。話す」
私たちは再び座った。
アレックスが口を開く。
「『聖女の祝福』は――呪いでもあるんだ」
「呪い……?」
「ああ。聖女の力は強大だ。でも、その代償として、聖女は孤独を背負う」
彼が私を見る。その紫の瞳には、深い悲しみが宿っている。
「歴代の聖女は、みんな孤独だった。人々から崇拝され、神聖視され、触れられない存在として扱われた。そして――」
アレックスが一瞬、口を閉ざす。
「誰とも真の絆を結べないまま、一生を終えた」
その言葉が、胸に突き刺さる。
痛い。
すごく痛い。
「それって……」
「ああ。『聖女の祝福』を守る方法として、誰かと絆を結ぶ――それは、理論上は可能だ。でも、実際に誰かと真の絆を結んだ聖女は、歴史上一人もいない」
アレックスが立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出す。
それは、あの黒い革装丁の本だった。表紙の古代文字が、朝日を受けて鈍く光っている。
「この本には、その記録が全て書かれている。聖女たちが、どれだけ絆を求めたか。でも、結局は誰も受け入れてくれなかった。聖女という存在が、あまりにも特別すぎて」
彼が本を開く。
そこには、歴代の聖女の記録が書かれていた。
ある聖女は、騎士と恋に落ちたが、騎士は聖女を神聖視しすぎて、結局距離を置いた。「私には、聖女様に触れる資格がない」と言い残して。
ある聖女は、王子と結婚したが、それは政略結婚で、真の愛はなかった。王子は聖女を尊敬していたが、愛してはいなかった。
ある聖女は、平民の男性を愛したが、周囲の反対で引き裂かれた。「聖女が平民と結ばれるなど、許されない」と。
どの聖女も、孤独のまま生涯を終えた。
最後のページには、こう書かれていた。
『聖女は、孤独である。それが、聖女の宿命』
「だから……お前も、きっと同じ運命を辿る」
アレックスが私を見つめる。
その紫の瞳には、悲しみが宿っていた。
「レオンハルトは、お前を愛していると言った。でも、本当にそうか? 彼は『聖女』というイメージから離れられるのか? いつか、お前を神聖視しすぎて、距離を置くんじゃないか?」
「……」
その言葉が、不安を掻き立てる。
レオンハルトは、本当の私を受け入れてくれると言った。
でも――本当に?
いつか、やっぱり「聖女様」として扱うようになるんじゃないか?
私はただの人間なのに。
「俺は……お前に、孤独になってほしくないんだ」
アレックスが俯く。
「だから、答えを探している。お前が孤独にならない方法を。でも、今のところ――」
彼が私の目を見る。
「見つかっていない」
私は立ち上がった。
ふらつく。
眠い。
もう疲れた。
部屋を出ようとする。
「セリア、待て」
アレックスが私の腕を掴む。
「何?」
「俺は――」
彼が何か言おうとして、言葉を飲み込む。その表情には、複雑な感情が浮かんでいる。
「……いや、何でもない。気をつけろ。リディアがまた来るかもしれない」
「……うん」
「次は必ず助けを呼べよ」
「うん」
私は部屋を出た。
廊下を歩きながら、涙が止まらなくなった。
孤独。
それが、聖女の宿命。
私は、誰とも結ばれないの?
このまま、一生孤独なの?
誰にも愛されず?
やだ。
そんなの、やだ。




