第4話 急なプロポーズに戸惑っています 2
王都ルミナリアの町は、午後の陽射しに包まれていた。
石畳の道を、私とルークは並んで歩く。ルークは王子らしくない、普通の服を着ている。茶色の上着に、黒いズボン。普通の若者にしか見えない。
私も、聖女の白いローブではなく、シンプルな水色のワンピースを着ている。マリアが選んでくれた、動きやすい服だ。
「いい天気だな」
ルークが空を見上げる。
秋の空は高く、雲が白く輝いている。風が心地よく、木々の葉が揺れている。
「うん……」
私も空を見上げる。
こうして町を歩くの、久しぶりだ。いつも研究室に引きこもっているから、外の空気を吸うことも少ない。
「ほら、あそこ」
ルークが指差す先には、小さなパン屋があった。
「あのパン屋、すごく美味いんだ。一緒に食べようぜ」
「うん」
私たちはパン屋に入った。
店内には、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂っている。カウンターには、様々な種類のパンが並んでいる。クロワッサン、バゲット、マフィン――どれも美味しそうだ。
「いらっしゃいませ!」
店主のおばさんが明るく挨拶してくれる。
「このクロワッサンを二つください」
ルークが注文する。
私たちは焼きたてのクロワッサンを持って、外のベンチに座った。
「ほら、食べてみろよ」
ルークがクロワッサンを渡してくれる。
一口食べると、サクサクの食感とバターの風味が口いっぱいに広がる。
「美味しい……!」
「だろ?ここのクロワッサン、最高なんだ」
ルークも嬉しそうにクロワッサンを食べる。
私たちはしばらく、無言でクロワッサンを食べた。
風が吹き、木々の葉が舞う。人々が通り過ぎていく。平和な午後の時間。
悪くないな、外も。
「なあ、セリア」
ルークが口を開く。
「何?」
「お前、レオンハルトのこと、どう思ってるんだ?」
その質問に、手が止まる。
また、この話。
「……わかんない」
「わかんないって?」
「好きだと思う。でも、怖いんだ」
私は俯く。
「本当の私を見せることが」
「本当のお前……床でゴロゴロしてるお前のことか?」
「うん……」
「それの何が悪いんだ?」
ルークが不思議そうに聞く。
「だって、聖女らしくないじゃん。清楚で、献身的で、神々しい――そういうイメージとは全然違う」
「でも、それがお前じゃないか」
ルークが私の肩に手を置く。
「俺は、そういうお前が好きだぞ」
その言葉に、顔が熱くなる。
「ル、ルーク……?」
「ああ、もちろん友達としてな」
ルークがウインクする。
な、なんだ。友達として、ね。
「でもさ、セリア。お前は自分のことを『聖女らしくない』って思ってるかもしれないけど、俺から見たら、お前はすごく魅力的だ」
「魅力的……?」
「ああ。魔法が好きで、研究に没頭して、クッキーが大好きで。そういうお前が、とても人間らしくて、愛おしい」
ルークが私の頭を撫でる。
「だから、自信を持てよ。本当のお前を見せても、きっとレオンハルトは受け入れてくれる」
「でも……もし受け入れてくれなかったら?」
「その時は――」
ルークが少し真面目な顔になる。
「その時は、俺がお前を守る」
「え?」
「俺だって、お前と絆を結ぶことはできる。レオンハルトだけが選択肢じゃない」
その言葉に、心臓が跳ねる。
え、あれ。
ルークは、何を言っているんだろう。
「ルーク……」
「冗談だって」
ルークが笑う。
「でも、半分は本気だぞ」
その笑顔は、いつもより少し寂しげに見えた。
それって――。
半分は本気ってこと?
――――――――
王城に戻ると、既に夕方だった。
オレンジ色の夕陽が、王城を照らしている。
「ありがとう、ルーク。楽しかった」
本当に楽しかった。
気分転換になった。
クロワッサンも美味しかったし。
「どういたしまして。また気分転換したくなったら、いつでも言ってくれよ」
「うん」
ルークと別れて、私は研究室に戻ろうとした。
その時、廊下でレオンハルトとすれ違った。
「セリア様」
彼が驚いた顔で立ち止まる。
「レオンハルト様……」
私も立ち止まる。
気まずい沈黙が流れる。
「あの……」
二人が同時に口を開いた。
「あ、すみません。どうぞ」
「いえ、セリア様からどうぞ」
また沈黙。
ああ、どうしよう。何を話せばいいんだろう。
「あの、レオンハルト様」
「はい」
「お時間、少しよろしいですか?」
私は勇気を出して聞いた。
「もちろんです」
レオンハルトが優しく微笑む。
その笑顔――。
やっぱり、ドキドキする。
私たちは、王城の中庭に向かった。
――――――――
中庭には、秋の花が咲いていた。
赤や黄色のコスモス、白い菊。風が吹くたびに、花々が揺れる。
私たちはベンチに座った。
「あの……」
私は膝の上で手を握りしめる。
「先日のお話、ありがとうございました」
「いえ……」
レオンハルトも少し緊張しているようだ。
彼の手も、少し震えてる。
「お答えは、お決まりになりましたか?」
「いえ、まだ……」
私は俯く。
「すみません。まだ、決められなくて」
だって、人生の一大事だし。
簡単に決められない。
「いえ、急かすつもりはありません。ゆっくり考えてください」
彼の声は優しい。
でも、その優しさが、かえって辛い。
「あの、レオンハルト様」
「はい」
「レオンハルト様は……私の、どこが好きなんですか?」
その質問に、レオンハルトが少し驚いた顔をする。
「それは……」
彼が少し考える。
「貴女様の、清楚で神々しいお姿です。人々のために祈りを捧げる姿。困っている人を助ける優しさ。そして――」
彼が私を見つめる。
「貴女様の全てが、美しいと思います」
その言葉に、胸が痛んだ。
やっぱり。
彼が好きなのは、「聖女」としての私だ。
本当の私じゃない。
「……ありがとうございます」
私は無理に笑顔を作る。
「でも、私……」
「はい?」
「私、全然清楚じゃないんです」
その言葉に、レオンハルトが目を丸くする。
「え?」
「普段は、研究室の床でゴロゴロしてるし、クッキーばっかり食べてるし、魔法実験で失敗して煤だらけになることもあるし……」
私は一気に喋る。
「全然、聖女様らしくないんです。レオンハルト様が想像している聖女様とは、全然違うんです」
レオンハルトは、しばらく黙っていた。
ああ、やっぱり。
引かれちゃったかな。
幻滅されちゃったかな。
私は恐る恐る、彼の顔を見上げる。
彼は――笑っていた。
「え……?」
笑ってる。
なんで?
「すみません、失礼しました」
レオンハルトが慌てて謝る。
「でも、それを聞いて、少し安心しました」
「安心……?」
「ええ。実は、私も貴女様のことを、少し遠い存在だと感じていました。あまりにも完璧で、神々しくて。私のような者が、近づいてもいいのだろうかと」
彼が私の手を取る。
「でも、今のお話を聞いて――貴女様も、普通の人間なんだと思えました」
「レオンハルト様……」
「床でゴロゴロしていても、クッキーを食べていても、煤だらけになっていても――それが貴女様なら、私は全て受け入れます」
その言葉に、涙が溢れそうになった。
「本当……ですか?」
「ええ。私が愛しているのは、『聖女』という肩書きではありません。セリア、貴女という一人の女性です」
レオンハルトが私の頭を優しく撫でる。
「ですから、どうか――本当の貴女を、もっと見せてください」
その優しさに、涙が止まらなくなった。
「レオンハルト様……」
「泣かないでください」
彼が私の涙を拭ってくれる。
その手は、温かくて、優しい。
「私は、貴女の全てを愛しています。それだけは、信じてください」
私は彼の胸に顔を埋めた。
温かい。
安心する。
この人は、本当の私を受け入れてくれる。
そう思えた。




