異常
リゼに腕を掴まれ、俺とマクは強引に、とある場所の入り口の前に立たされていた。
ル・トウキョウの中心部にそびえる巨大な建物──冒険者ギルド《ル・トウキョウ本部》。
夜でも煌々と光る建物は、冒険者の巣窟というより巨大企業の本社のようだった。
「ここが……ギルド?」
俺は思わず見上げた。
「そうよ。ル・トウキョウ最大のギルド。登録も、依頼も、学校の成績も全部ここで管理されてるの」
なぜか、部外者のリゼが胸を張る。
「学校の成績もだって……?」
「そうよ、ミル。ダンジョンの成績も単位になるの。だから、あんたたちみたいな無登録者は本来探索はありえないのよ」
「へえ。だったら俺は優等生かもな」
マクが自信満々に言う。
「その自信はどこから来るのよ!」
「リゼの師匠をコテンパンにしたところから、だ」
「このっ……!」
リゼが怒鳴りながら、ギルドの自動扉を開けた。
中は、外よりもさらに明るかった。
冒険者たちが依頼掲示板の前で騒ぎ、受付カウンターには長蛇の列ができている。
「リゼちゃん、久しぶりね」
落ち着いた声が響いていた。
受付カウンターの奥から現れたのは、黒縁眼鏡をかけた女性──名札を見ると、セラ・ミナセという名らしい。
長い黒髪を後ろで束ね、知的で冷静な雰囲気をまとっている。
「セラ先輩……!」
リゼが思わず背筋を伸ばした。
「あなたが怒鳴りながら入ってくるから、すぐに誰だか分かったわ」
セラは微笑むと、俺とマクに視線を向けた。
「で、その後ろの二人が……噂の無登録者?」
「噂……?」
俺は思わず聞き返した。
セラは眼鏡を押し上げ、淡々と告げる。
「ええ。登録なしでダンジョンに侵入し、五十階層の魔物を簡単に撃破した二人組ってね。無双男と横にいた人。冒険者の中でも、噂になっているわよ」
ギルド内の冒険者たちが一斉にこちらを見る。
「おい、あれが……」
「無双男と……もう一人の……」
「魔物に運だけで挑むって噂の……、横にいた人?」
ざわざわと空気が揺れていた。
リゼが慌てて、セラに詰め寄る。
「先輩! 変な噂を流さないでくださいよ!」
「流してないわよ。……それに事実でしょ?」
セラは口の端を、上げた。
「まあ、事実ですけど……!」
リゼは顔を真っ赤にしている。
「じゃあ、ちょっとくらい世間話をしたっていいじゃない」
セラは俺たちの方に向き直る。
「この世界では、ダンジョンは大陸の中心に口を開けた『世界の根』と呼ばれ、魔物も魔王もすべてそこから生まれるとされている」
業務をするための凜とした顔に、戻っている。
「人類はギルドと学園を中心に、ダンジョン攻略を国家事業として進めているの。だからこそ──無登録者が五十階層に到達したという噂は……」
セラは黒縁眼鏡を何度か、上げ下げする。
「ありえない異常として扱われるのよ」
「まあ、俺は最強だからな」
マクの宣言に、ギルド内の冒険者たちが沸き立つ。
ル・トウキョウに出てから、俺の脳内には、無機質な音が響き続けていた。
『レベルアップをして下さい』
「……ん? どうした、ミル?」
マクが振り返る。
世界が、一瞬だけ歪んだように感じた。
「どこかで音が響いてない?」
「いいや」
マクはかぶりを振り、「俺が最強だ!」とまた、宣言している。
『レベルアップして下さい』
その音は、俺以外の誰にも聞こえていないようだった。
それがミルモンを倒した経験値らしい、ということは視界の片隅に浮かぶ文字列で分かっていた。
途端に、ギルド内の空気が波紋のように揺れ、壁の模様がぐにゃりと曲がり、視界の端で、何か黒い影が蠢いたように、見えた。
──なんだ、今のは……?
『レベルアップして下さい』
──俺の運って……本当に、ただの運なのか?
胸のざわつきは、もう誤魔化せないほどには大きなものとなっていた。
電子音は、脳内で響き続ける。
『おめでとうございます』
【ミル・ミクロ】
攻撃:F/防御:F/敏捷:F/魔力:F/運:S
それでも俺は、運しか上げる要素がないと確信していた。
「まあ、あなたが最強かどうかは登録手続きで全部、分かる話だから」
セラはミルを諫めながら、真っ白なカードを机の引き出しから二枚、取り出していた。
「未登録者用のステータスカードを発行するわ。これに触れて、力を流して」
「俺が最強なのは分かってる。だからミルからやってみろよ」
「多分、力なんて、ゼロなんだけど……」
と、俺が言うと、
「ゼロでも反応するわよ。存在を読み取るカードだから」
と、セラは強引に、俺にカードを触れさせていた。
その瞬間──バチンッ、と、空気が弾けた。
ギルド内の灯りが一か所だけ、増す。冒険者たちがざわめく。
「な、なんだ今の……?」
「魔力の暴走か……?」
セラは目を見開いていた。
「ありえない。あなたがもしかして噂の『無双男』なのかしら……?」
カードが淡く光り、文字が浮かび上がる。
セラはカードを手に取り、つばを飲み込む。
「ミル・ミクロ……」
セラの声が止まった。
リゼが、セラの顔を覗き込む。
「なんて書いてあるの……?」
ゆっくりとセラはかぶりを振る。
「能力は個人情報だから、私と本人以外、知ってはいけないの。ただし、例外があるわ……」
「例外だと?」
マクが前のめりになる。「おい、どうしたんだよ」
セラは何も答えない。
セラの肩が、震えていた。
「ミル・ミクロ。あなた……」
セラは間を、一拍、置いた。ギルド内が沈黙に包まれる。
「……とっても弱いわ」
途端に、ギルド内が失笑に包み込まれた。
リゼとマクも反応に困ったのか、俺の肩を、優しくトントンと叩いてくる。
「でもね……」
セラの肩はまだ震えていた。
「こんな評価を見たことが、ないわ」
セラは、一息ついて、言う。
「あなたの……運、Sもあるわ……?」
またしてもギルド内が静まり返る。
冒険者たちが黙り、次の瞬間、爆弾が爆発したかのように、各々の意見が、爆発する。
『おめでとうございます』
呼応するかのように、電子音がまた音を鳴らした。
本当に、運の能力が上がったという事実は、俺に冷や汗をもたらしていた。
「S……? Sって……」
「ギルド史上、初じゃねえのか……?」
「いや、初どころか……魔王級の存在と同じランク……?」
失笑からどよめきに、ギルド内が変貌していく。
リゼが俺の腕を掴む。「ミル……あんた……本当に……」
胸の奥が、ひんやりと冷える。
(……ミル兄……)
(……だめ……能力を見られちゃ……)
セラは震える手で、カードを置いた。
「では、次……マクさん。あなたも……触れて」
セラに言われるがまま、マクもカードに触れていった。
またしても──バチィィィン!!
今度は、ギルド全体が揺れた。冒険者たちが悲鳴を上げる。
「マク・マクロ……あなた……」
セラが目をゆっくりと大きく開ける。
そのままセラはカードを掴み、淡々と読み上げた。
業務であると分かりながら、彼女の声は、それでも興奮していた。
「……運以外の能力が、すべてSだわ」
誰かが息を呑む音が、やけに大きくギルド内で、響いた。
セラはカードを持つ手を止め、そっと紙を机の上に置き、瞑目する。
途端に、リゼがマクの肩に手を伸ばし、大きく上下に揺らす。
「なんであんたの方が素直に化け物なのよ!!」
マクは胸を張り、ほくそ笑む。
「まあ、俺は優等生だからな」
「ミルは、気持ち悪い化け物だしっ!」
「いや、褒められてるのかな、それ?」
「うんっ! 褒めてないっ!!」
セラは事務作業を開始したのか、しばらくこっちの会話には参加して来なかった。
だが途中、セラはまた――今度は、全身を震えさせていた。
「あなたたち。もう一度、名前を教えて?」
「ミル・ミクロです」
「マク・マクロだ」
「二人とも……学校の在籍記録がないわ……ね……?」
またしてもギルド内の空気が一変した。
マクの評価を聞き、森閑としていた冒険者たちが思い出したかのように、次つと声を上げる。
「この二人……何者なんだよ……?」
「無法者なのに、最強?」
「そもそも、どうやってダンジョンの中に入ったんだ……?」
セラは落ち着きを取り戻したのか、リゼと正対して、落ち着いた様子で言った。
「この二人、本当に何者……?」
「いや、私も本当によく分かんないんですよ。でも、師匠も、私も――マクに負けちゃった」
セラは黒縁眼鏡に手を伸ばす。
「なるほど。あなたたち。学校に行く前に……ギルド長に会ってもらう必要があるわね」
(ミル兄……逃げて……マクも……。ギルド長は……だめ……)
「どうしてだよ!」
マクが明らかに、少女に向けて叫んでいた。
だが、その怒りは、少女には届かなかったようだ。
横では、リゼが「急に何!」と露骨に驚いている。
「ギルド長に、そんなに会いたくないの?」
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」
「マク。たまに意味の分からない言動をするよね」
ごほんと大きな咳払いを、セラが入れた。
会話を聞くように、と暗に指摘されていた。
マクやリゼ、俺も、セラをじっと見る。
「ミル。マク。ギルド長の名を教えるから、すぐに向かって。二階にいるはずよ」
セラが静かにその名を、告げた。
「ギルド長の名は、剣聖──ガルディア・ラグナスよ」
思わず、俺とマクは目を見合わせていた。
「当然、あなたも二人についていってちょうだいね。リゼ」




