剣聖の心を折ったマク
「で、どうして、マクも冒険者の登録をしていないのよ!」
ダンジョンの外に出た三人は、ル・トウキョウの街中を歩いている。
夜の繁華街はひどく賑やかで、ひどく滑稽だった。
見覚えがあるようで、まったく見覚えのない街並みだった。
「そんなの、ミルも一緒だろ?」
不服そうに、マクはリゼに反論する。
「あんたたち、二人揃って異常なのよ」
とある店の前では、冒険者が屯していた。
店の外観からも、ダンジョンに必要なアイテムが揃うのだろう店であるとは一目瞭然だった。「無双男のおかげで、大儲けできたぜ」とほくそ笑む男の声が、聞こえていた。
さっきから、まだ胸の奥がざわついている。
記憶がないだけならまだしも──魔物が俺を避ける理由なんて、どこにもないはずだった。
「目の前に穴があって、入った。そこがダンジョンだったから、ついでに探索した」
「ミルと一緒のことを言わないで」
「その時に、リゼやガルディアと出会った。どっちもぶっ倒してやった。魔物と一緒にな」
「ついでに探索って言ったわね、今」
リゼのこめかみがピクッと跳ねている。
「言ったけど?」
マクは「あの肉、美味そうだな」と、一つの屋台を指差し、話題を変えた。
リゼは俯き、立ち止まっている。
「そのついでで、師匠のガルディア様を倒すな!!」
リゼの怒号に、通りすがりの若者がビクッと肩を震わせる。
「いや、あいつが勝手に挑んできたんだよ。俺は悪くねえ」
「悪いに決まってるでしょ! あの人、剣聖よ!? しかも私の師匠よ!? なんであんたが勝ってんのよ!!」
「知らねえよ。俺の方が強かっただけだろ。もしくは、ガルディアが弱かった」
「その理屈が一番ムカつくのよ!!」
リゼは頭を抱え、深いため息をついた。
「……はあ。あんたに負けて以来、ガルディア様。ずっと職場に籠もってダンジョンに出てこないのよ。『剣が折れた』とか言って……」
「折ったのは俺じゃねえぞ。勝手に折れたんだぜ?」
「それが余計にタチが悪いのよ!」
リゼはマクの胸ぐらを掴む。
「あの人は……私の全部を教えてくれた人なのよ」
通行人が気味悪そうに、二人を見ている。
「いい? あんたのせいで、剣聖が傷心してるの! 弟子として、どうフォローすればいいのよ!」
「知らねえよ。俺に聞くな。ガルディアの心も、勝手に折れただけだろ?」
「ああ、むかつく! じゃあ、誰に聞けばいいっていうの!!」
二人が言い合っている横で、俺は居心地悪く、そっと後ろを歩いていた。
まだ最強の横にいていいのか、といった葛藤があった。
「転生」の文字も、何度か頭を過っていた。
「で、ミル。あんたもよ」
振り向いたリゼの目が三角になっている。
「え、俺?」
「なんで登録なしでダンジョンに入れたのよ。魔力ゼロで、適性検査も受けてないのに」
「いや、だから……穴があって……」
「だからあ、その穴が問題なのよ!! で、なんか魔物の攻撃はなんだかんだ絶対に当たらないし!」
また怒られる。言い訳を考えたが、リゼとマクに愛想を尽かされ、独りぼっちになることを何より、怖れた。
ダンジョンの中は、魔境だ。一人で、生き抜けるわけがない。
「俺も前に、穴があった。登録もしてねえ」
俺の沈思黙考の間に、マクが肩をすくめ、口を挟んだ。
「この肉一つ!」と、屋台で骨付き肉も注文している。
「まあまあ、リゼ。ミルも俺も悪くねえだろ。穴に落ちたら、たまたまダンジョンだっただけだ」
肉にかぶりつく、マクの声はふがふがとしていた。
「その、『だけ』が問題なのよ!!」
リゼはマクではなく、俺の顔をじっと見つめる。
「マクはまだ、分かる。強いから、強引に穴を見つけ、入った。ダンジョンでも、無双できた。でも……ミル。あんたは、おかしい。……本当にただの弱虫なの?」
(……ミル兄……)
(何も……言っちゃ……だめ……)
「……ただの一般人だよ。本当に運がいいだけの」
リゼはしばらく俺を見つめていたが、やがてミルが肉を頬張る様子を見て、「……はあ。もういいわ」と項垂れた。
「とにかく二人ともル・トウキョウで冒険者の登録をしなさい。学校にも行きなさい」
「学校……だと?」
マクが眉間に皺を寄せ、俺を見る。
「……ミル。学校って知ってるか?」
「いや、学校の存在なんて知らない」
「あんたたち、本当に現代人なの?」
リゼはぷんぷんと怒りながらも、「肉を一つ!」とマクに追随している。
「ル・トウキョウのダンジョンは学校の在校生。もしくは卒業生しか立ち入り禁止なのよ? 私は三年生」
「へえ、だったら、俺は学校卒業しているかもな。だってリゼより普通に、強いんだぜ?」
マクが胸を、張る。
「なあ、ミル。お前もそうだろ?」
目配せで、話を合わせろ、との意図が伝わる。
「うん。そうだね。きっとそうだ」
「二人とも、あからさまに目が泳いでいるわよ。まあ、いいわ。これから、ギルドに行きましょう。それですぐに学校の卒業生かどうか分かるから」
「え、今から?」
マクと俺の声が重なり、「当然でしょ!!」とリゼは器用に、どちらの肩も同時に、叩いた。直後、その手は、すぐ肉を持つ手となっていた。
「まあ、いいか。ミル、これで正式に俺の仲間だな」
骨だけ残った手をじっと見たマクは、「お前も食えよ」と勝手に、俺の分を屋台で注文し始めた。
「ミルも、俺も、記憶がねえ。……でも、記憶がなくてもな」
マクは微笑を浮かべていた。
「また、これから一緒に新しい思い出を作っていけばいい。そうだろ、相棒?」
胸の奥が、また脈打つ。
(……ミル兄……マク)
少女の声が、微かに震えた。
「おっ、声が聴こえたぞ!」
マクが頬を赤らめている。
その様子を怪訝そうに、リゼが見つめている。
「面倒なことから逃げようとして、戯言を垂らさないで」
呆れたように、リゼは宙に、手の平を見せていた。
肉は既に、完食していて、骨が手の平に載っている。
「いや、本当に声が聞こえるんだって」
「どこからよ。嘘をつく人は嫌いよ?」
やはり少女の声は、俺とマクにしか聞こえていないらしい。
(……ほんとうは……)
少女の声はそこで途切れた。
マクが首を傾げている。
「で、その声はなんて言ったのよ?」
リゼが頬を膨らます。
「リゼのせいで、途中で言葉が途切れちまった」
「どうして、私のせいになるのよ!」
「うるせえからだ」
マクとリゼは互いに、口撃を続けている。
俺はマクに奢ってもらった肉を、かぶりつく。
心が温まるような味だった。
夜──ル・トウキョウは高層ビルが立ち並び、そのおかげか、いつまで経っても、街並みは真昼のように煌びやかだった。
「ほら、ミル。行くよ!」
リゼが急かしてくる。
「おい、ミル。ほっぺに肉汁がついてるぞ!」
マクがル・トウキョウの光を浴び、顔全体が輝いている。
そんな街を、俺は、闊歩した記憶がない。
だが、どこか――安心感は、あった。




