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観察対象:ミル・ミクロ ──相棒が、無双男だった  作者: 木村文彦


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無数の目

「ところでこのへっぽこは誰よ?」

 ようやく冒険者たちの質問攻めが終了していた。

 すかさずリゼは俺を指差し、マクを睨みつけている。


「へっぽこ?」

「あんたの横にいる弱虫よ」

 明らかにリゼは、俺を格下だとして、接してきている。

「こいつはミル・ミクロ。俺の仲間だ」

 マクが肩を抱いてくる。

「はあ。なんですって?」

 より一層、リゼの機嫌が悪くなった。

「だから、ミル。仲間だ」


「おい、無双男と剣の巫女がまたケンカしてるぜ?」

「どっちが強いんだろうね?」

 周りの冒険者がざわざわと再び、盛り上がり始めた。


 流石にリゼも、もう冒険者と取り合おうとはしなかった。

 目を三角にして、マクに詰め寄っている。


「このへっぽこより、私の方が弱いっていうの?」

「そうだな」

「うわ。断言するの? 私、剣の巫女よ?」

「というより、強さの種類がリゼや俺とは、まるで違え。ミルと比べる方が、野暮だぜ?」

 四腕甲殻魔クァドラ・シェルが去った途端、マクには威勢が戻っていた。


「……何それ。こいつを庇うための言い訳かしら?」

「……そんなことより、リゼ。やつの弱点は、口だった。どうしてそこを狙わなかった?」

「はあ。あれは口を狙わずとも、簡単に倒せるからよ。……マクとは違ってね」

 リゼとマクの視線に、火花が飛ぶ。


「はあ。で、あんたは何を怯えてるの? まあ、当然かあ。あんたみたいなへっぽこが、あんな魔物に狙われたら──」

「違うよ」

 俺はすぐに否定する。

 すかさずリゼが、ムッとする。

「……なんか、この光景。前にも見たことあるような気がして。それでだよ」

 俺が胸のわだかまりを放出すると、リゼが目を剣先のように、細めた。

「何それ。どういう意味?」

「分からない。でも──」


「ミル、その気持ち。よく分かるぜ。俺にも昔、同じような経験したような感覚があったからな」

 リゼは剣を肩に担ぎ、マクを睨む。

「それ。初めて、あんたと戦った時も言ってたわね?」

「……」

「……ねえ、マク。あんた、昔からずっと何かを隠してるでしょ」

「……」

「さっきから様子がおかしいし。そもそも、マク。あんたが怯える姿なんて、初めて見たし」

 マクは唇を噛みしめ、「……リゼ。お前には関係ねえ」と素っ気なく、答えている。


「関係あるわよ。あんたが、あんな雑魚から逃げた理由って何よ?」

 マクは拳を握りしめた。

「だから……言えねえって。言ったら……また呼び寄せるかもしれねえからな」

 リゼの表情が一瞬だけ、強張った。

「……呼び寄せるですって?」

「そうだ。俺でもマクでもねえが、少なくともリゼがあの魔物を倒しちまった。あれは、奴のお気に入りなんだ。だから、呼び寄せる可能性はゼロじゃねえ」

「一体、何の話をしているのよ……?」

 その時だった。


 ──ズ……ッ。

 ダンジョンの空気が、また一瞬だけ沈んだ。

 まるで、誰かが息を潜めてこちらを見ているような──そんな圧が、した。


「……今の気配は、何なの?」

 リゼが、剣を構え直す。


 マクは青ざめた顔で、通路の奥を睨んだ。

 俺の背筋が凍りつく。リゼは戦闘態勢を解かない。


「ああ……やっぱり来やがったな。俺が倒していねえのに……」

「だから来たって……何がよ?」

 マクは低く呟いた。

「影だ」


 瞬時に、リゼが俺とマクの間に立つ。


「……マク。説明しなさい。影って何よ?」

 マクは答えない。ただ──剣を握りしめる手が震えていた。

 剣をしっかりと握っているマクが、いた。

 その事実だけで、俺は全身に寒気を覚えていた。

 ミルモンですら、素手で挑んだ男が、剣。


「リゼ。お前でも……勝てねえ相手だよ」

 今まで無双してきたマクが、断言した。

 身の毛がよだつ。

「冗談でしょ。私が簡単に負ける相手なんて、あんたくらいなんだから──」

 その時──通路の奥の闇が、ゆっくりと膨らんだ。

 まるで何か巨大なものが闇の中から這い出てくるような寒気に襲われる。


 冒険者たちが、悲鳴を上げる。

「やべえ……まただ……!」

「なんでこんな短時間で……!」


 すっとリゼの笑みも消えていた。「……嘘でしょ」


「リゼ。断言する。お前の技じゃ……あいつは斬れねえ」

 マクが淡々と言う。

 リゼは剣を握りしめたまま、震える声で呟いた。

「……あれが……影?」


 闇の奥では、無数の目がゆっくりと開き、一つに固まっていった。

 心臓が跳ねる。

 俺の足はこれでもか、と震える。

「ミル!! 絶対に動くな!!」

 マクが叫び、剣を構えた。

 リゼも同様の姿勢を、取った。


「……あんたたち。説明は後でいいわ。まずは──生き残りなさい!」

 闇が、こちらへと迫ってきた。

 目が、大きくなってきている。


 ──その目は、まるで俺を知っているように見えた。

 マクでもなく、リゼでもない──その目は、俺だけを凝視して、迫ってきている。

 怖かった。

 逃げたかった。


「……ミル、下がってろよ」

 マクの声が低く震え、リゼが眉をひそめる。

「さっきから様子がおかしいわよ。何を見てるの?」

「視線だ。ミルの奥を覗くような……最悪のやつの、な」

 リゼの表情が強張る。「……影って、一体、なんなの?」


「……分かんねえ」

 マクは、俺の前に立っていた。

 その背中は分厚いはずだが、この時ばかりは、老人のような背中に、見えた。


「ただ……」

 マクが、言葉を句切る。

 目が、まだ。俺だけを、見えている。

「間違いなく、影はミルを見つけやがった」

 その強烈な視線にまた、ひどく懐かしい痛みを感じたのも──やはり、また事実だった。


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