儚き花弁
「……師匠……師匠!!」
リゼの手がひどく震えていた。
涙が頬を伝い落ちても、その瞳だけは決して揺らがない。
立ち上がり、剣を構えたリゼの姿は──まるで、散ると知りながら、咲き誇る最後の花のように、美しかった。
足元の空気が、静かに沈む。
リゼの呼吸が整い、殺気が研ぎ澄まされていく。
その時、リゼは剣聖の弟子ではなく──剣そのものになっていた。
魔王は、興味なさそうに片手を上げる。
『立ち振る舞いだけは、美しいぞ。とっとと来い。人間よ』
その声音には、期待も緊張もない。
ただ退屈を紛らわせるため──暇つぶしのような響きだけが、あった。
「うあああああああッ!!」
マクとの戦いで、満身創痍だったはずだ。
それでもリゼの身体が、光になった。
剣が空気を裂く音すら、追いつけないようだった。
残像が幾重にも重なり、その軌跡は、まるで白銀の花弁が舞うかのように──美しかった。
だが。
魔王の前で、その美しさは、まるで意味を持たなかった。
リゼによる最速の斬撃が、魔王の肌に触れた瞬間──斬撃そのものが、宙に霧散した。
「……え……?」
リゼの瞳が揺れる。
自分の剣が、存在が──否定されたことを、理解できないような顔つきになっていた。
魔王の掌底が、静かにリゼの腹に触れている。
ほんの指先で、ぽんと、押すような軽さのように、見えた。
ドンッ──音が爆ぜたのは、リゼの身体が宙を舞った後だった。
地に叩きつけられ、転がり、止まる。
リゼの動きはあまりにも美しく、まるで、花弁が散るように──あまりにも儚かった。
「リゼ!!」
マクの叫びが、ダンジョンに響き渡る。
怒りでも悲しみでもない──魂が裂けるような声だった。
『弱い。弱すぎる。人間とは、こうも脆いのか』
魔王は冷たく、言い捨てた。
こうして残されたのは──俺と、マクだけだった。
黒い霧が揺れ、魔王の赤黒い瞳が、まっすぐ俺を射抜く。
『さて──ミル・ミクロ。次は貴様だ』




