決闘、激闘
リゼの剣が光の線となり、マクの拳が雷のように走った。
二人の殺意と覚悟が、俺──ただ一人に向けて、収束する。
世界が、ぐにゃりと曲がった。
地が波打ち、空気がねじれ、視界の端が黒く染まる。
リゼの剣先が俺の頬に触れる寸前、空気がぐにゃりと歪んだ。
透明な膜が剣を押し返したかのように、刃先が、俺の顔から逸れていく。
金属が空気を裂く音が、虚空に吸い込まれていった。
「……え……?」
リゼの目が大きく揺れた。
彼女の剣筋は完璧だった。
静かで、鋭く、正確無比。
外れるはずがない。
だが──外れた。
「嘘……でしょ……?私、確かに……斬ったはずなのに……」
リゼの剣を握る指先が白くなっている。
「やっぱり……」
その震えは、恐怖か、困惑か──判別できなかった。
「……師匠が考えていた通りだったんだね」
「おい、リゼ。それは、どういうことだ?」
マクが、すっと拳を下ろす。
ガルディアだけが、微動だにしなかった。
その静けさが、逆に異様だった。
目を細め、剣聖が低く呟く。
その握りしめた拳は、やはり震えていた。
「……やはり、ドルガン・クラウスの予想通りだったか」
その声は、明らかにミル・ミクロを訝る声色だった。
だが、その奥に──わずかな怯えが混じっているようにも感じられた。
ガルディアは一歩、前に出た。
その足音が、地に、重く響く。
「ミル・ミクロ。ドルガン・クラウスがなぜ、抹殺命令を下したか、分かるか……?」
マクが後ずさる。
リゼが、剣を、俺に、向けた。
「いや……さっぱり……」
「これまでの報告書で、ミル・ミクロ。貴様は運がSだというのに、災難ばかりだった。
魔物に襲われ、それでも……」
──あの魔王ですら、ミル・ミクロを仕留められなかった。
リゼがごくりと唾を飲み込んだ。
その音が、やけに大きく響いた。
「おい、剣聖。……何が言いたい?」
マクにもいつもの威勢が、なかった。
拳が汗で濡れている。
ガルディアは背中に装備した大剣を俺に振りかざし、力を込めた。
「魔王にも必ず寿命が、ある。人類最大の敵が滅ぶ瞬間が、ある」
ガルディアはそのまま、攻撃を、俺に、躊躇なく、繰り出す。
大剣が空気を裂き、俺の身体に一直線に進み──逸れ、
奥の壁が、大破する。
「ただし、それには大前提がある」
轟音が、ダンジョンを揺らしていく。
「次の、魔王がこの世界で出てこなければの話、だ」
地が震え、土の匂いが鼻孔をくすぐり、空気が波打つ。
俺の存在が、世界の境界を歪ませている。
その認識は、どこかに少なからず、あった。
つまり──
「そうだ、ミル・ミクロ。ギルドは、貴様を魔王になり得る存在として、抹殺処分を下した」
その言葉が落ちた瞬間──空気が凍りついた。
ガギィィィィン!!
背後で、金属と肉体がぶつかる音が響いた。
「おい、リゼ。何をする気だ……!」
リゼの剣は、マクの拳に弾かれている。
「仲間は、守りたかった。ミルを、本当に守りたかった。でも、魔王になるのなら……」
リゼの頬は、涙で潤っていた。
だが、その瞳は決して、揺れていなかった。
「絶対に、殺さないと」
「おい、本気か?」
マクは拳をリゼに向ける──剣ではなかった。
だが、リゼは怯まない。
「ミル、あんたがどんだけいい奴か、知ってるわよ……知ってるわよ……だからこそ──!」
リゼの足元の空気が沈む。
次の瞬間──リゼの姿が消えた。
それはいつの日か――初めて見たリゼの後ろ姿と重なっていた。
「速っ……!」
俺は思わず叫んだ。
次の瞬間、俺の真横に、リゼが現れている。
「仲間だった私が、決着をつけてあげるから!」
泣いていた。
でも、その声色は、優しかった。
剣の軌道による振動が、俺の鼓膜を微かに、揺らした。
だが。
「仕方ねえ……」
マクはリゼに向けて、拳を突き出してはいなかった。
「轟覇一閃!!」
あまりにも理不尽な動きだった。
俊足だった。
前に出した拳が、後ろにも衝撃を与えるなど、リゼも予期していなかった。
リゼが吹き飛ばされ、地に転がっていく。
「この決断をしたのは……」
マクは感情を押し殺すようにして、言った。
「……直感だ」
「リゼ!!」
思わず俺が駆け寄ろうとした。
「ミル・ミクロ。手を出すな」
刹那、ガルディアが腕を伸ばして止めてきた。
「これは二人だけの戦いだ」
「そんなの……!」
胸の奥が熱くなる。「それでも……!」
リゼの頬からは、涙が、まだ流れ落ちていた。
マクはその場で、拳を握りしめ、剣を、抜いた。
「……この圧……まさか……な」
ガルディアの眉も、今度は大きく動いていた。
あっという間に──ダンジョンの天井が、音もなく裂けていった。
黒い霧が逆流するように溢れ、空間そのものが悲鳴を上げた。
リゼが横たわったまま、かっと目を見開いた。
マクも拳と剣を握りしめた。
だが、二人とも……動けない。
ガルディアも、固まっている。
裂け目の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
赤黒い瞳が──無数の、いや。一つの目が、こちらを覗き込む。
空気が焼け、地がひび割れ、吐き気を催す匂いがし、世界の境界が軋む音が、した。
『おい、人間ども。どうやら面白いことをしているようだな』
その声は、世界の底から響くような、絶望と嘲笑を混ぜた合わせたような声だった。
黒い霧の中から、影が完全に姿を現す。
その視線が──まっすぐ、俺に向けられていた。
『おい、ミル・ミクロ。いや……違うな』
俺の中の何かが、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。
がはは、とドグラニスタは嗤った。
世界が揺れ、俺の脳が、悲鳴を上げた。
『次の魔王と呼ぶべきか?』




