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観察対象:ミル・ミクロ ──相棒が、無双男だった  作者: 木村文彦


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葛藤

 ギルド二階。

 重厚な扉が、閉まった。


 学校からそのままギルドに連行された俺は、椅子に座らされている。

 リゼやマクとは、少し離れた席に座らされていた。


「リゼ・ラグナ。これより命令が下る」

 剣聖ガルディアが立ち上がり、リゼを真っ直ぐに見ている。

 リゼはゆっくりとお辞儀をして、凜々しい顔を、剣聖に、向けた。

「ギルド全体からの命令だ」

 リゼの背筋がわずかに震えた。

 剣聖ガルディアの拳も、少し、震えている。

「……拒否権は、ない」

 常に泰然とした態度であるガルディアだ。

 が、今、この時は少しだけ、身体を上下に揺らしている。


「私に……ギルドから命令、ですか?」

 ガルディアは静かに頷き、一息で、言った。

「ミル・ミクロを──抹殺しろ」


 やはり、その声色も少しだけ、威圧感が弱いような気が、した。

 いつもなら恐怖に怯えるはずの俺が──そのせいか、怯えていなかった。

 それが俺自身、不思議で仕方がなかった。

 

 当然、場にいた者、全員、空気が凍っていた。

 とくにマクが眉をひそめ、今にもガルディアを襲い掛からんばかりの勢いだった。


「え? 俺を抹殺って……どういう──」

 俺は一応、意見を発した。

 それを無視して、ガルディアの声は続く。

「世界全体の境界が歪みかけた。その引き金は──おそらくお前だ、ミル・ミクロ」

 俺は息を呑んだ。


 ──世界の境界……?

 ──歪むって……何が……?


 俺の心が、ぐらりと揺れる。

 マクの目が、朱に染まる。


「どうして……そんな……そんな命令を……私に……」

 リゼは唇を噛みしめた。


「必要ならば、力づくでも、あの悪運を止めろ。これが、ギルドの総意であり、トップの判断だ。本人の前で宣言したのはな。せめてもの情けでもある」

 ガルディアは冷静に、言葉を続けた。リゼの瞳が揺れた。

「……ミルを……? 私が……?」

 俺は意見を述べたくなった。

 だが、我慢した。


 ガルディアの声を聞き続ける。

「ミル・ミクロの力は、このままでは危険だ」

「それでも……そんな……そんなの……抹殺なんて……できるわけ……」

 リゼの目には、涙が浮かぶ。

「……拒否権は、ない」

 ガルディアの声は冷たかった。

 けれど、やはりどこかで──ほんの一瞬だけ、剣聖の何かが揺れたような気も、した。


 リゼは「……師匠……」とだけ言い、間を空け、遂には小さく頷いていた。

 リゼの声色には怒りでも悲しみでもない迷いの色だけが滲んでいるようだった。


「ふざけんなよ……!」

 マクが勢いよく、立ち上がっていた。

 それだけで、床にひびが、入った。

 マクの怒りを、俺は初めて、怖い、と思った。


「ミルを殺す? 誰がだよ……!」

 ガルディアはマクを見た。マクは、リゼを睨みつけた。

「勝手に話を進めんじゃねーよ」


(……ミル兄……マク……)


「ミル・ミクロ。お前は……このままでは危険だ」

 ガルディアは静かに言った。

「だが、ダンジョンに金輪際、入らないというなら、ギルドの監視下の元、生かしておいてもいい。最大限、譲歩して、これが精一杯だ」

「……おい、腰抜け。勝手にミルの未来を決めるんじゃねえ……!」

 意図して、ガルディアはマクを無視した。

「これからもダンジョンに入るというなら──次期四傑に内定したリゼ・ラグナがミル・ミクロを止める。これは、決定事項だ。ギルド全体のトップ──ドルガン・クラウスが決めたことだ」

 会ったことのない人の名前だった。

 だが妙に、胸の奥がざわついていた。

「この決定が、覆ることは、ない」

「……はい」

 リゼの喉が、震えた。

 その返事は、命令に従う者の声だった。


 でも、俺には分かった。

 リゼの声の奥にも、ほんの少しだけ、別の色が混じっていた。


 迷い。葛藤の裏に──何かを守ろうとする気配があった。


「……本当にやるのかよ、リゼ」

 マクの声は低かった。

 怒りではない。覚悟の声だった。


 リゼは剣を抜き、静かにマクに向け、構える。

 その瞳は揺れていた。でも、決意の色が勝っていた。


「命令よ。……だから、やるしかないの」

「そうか。だったら、俺も戦うだけさ。ミルを殺す命令だけは、絶対に飲めねえ」


 マクの拳が握られ、(……ミル兄……マク……戦わないで……)と胸の奥で、少女が泣いた。


 ──俺には止める力がない。


 リゼは唇を噛みしめていた。

「おい、リゼ。口から、血が出てるぜ?」

「知らないわ」

 唇が紅く染まっていた。

 だがリゼの目は、決して折れなかった。


「……マク。出会った頃からあんたの好きな直感ってやつが……大嫌いだった」

「知ってるよ」

「今もよ」

「知ってる」

「でも……直感の意味が、今日、ようやく……」

 ふっとリゼは頬を緩めた。

 血を、自らの魔法でそっと取り去り、マクを見つめ、また唇を、強く噛みしめた。

「分かった気がした」

 リゼは泣いていた。

 でも、笑っていた。


「……リゼ。お前がやるっていうなら……本気で来いよ」

「バカ!! なんで……なんで、どうして、あんたが戦うのよ……!」

 俺は立ち上がった。

 胸の奥が熱いような、冷たいような、言いようのない感覚で揺れ、胸の奥もドクンとまた脈打った。

(……ミル兄……マクと運命を戦わせないで……お願い……)


 少女の声が弱くなっていく。


「本当だよ、やめろよ!! マク、リゼ。なんで仲間同士で戦うんだよ!!」

 運命とは、何だ。

 世界とは、何だ。


 胸の奥にある声が、悲しんでいた。

 そこには確かに、俺がもたらした俺だけの哀しみも含まれていた。

 少女の悲しみと重なり合い、心奥では、悲哀が増幅されていく。


「……マク。……ミル。ごめん……」

 リゼは涙を拭い、剣を抜く。

「謝るなよ。俺は──リゼが本気で来てくれるなら、それでいい」

 マクは笑った。二人の視線が交差する。


「ミル・ミクロの抹殺は、絶対だ。だが、筋は通すつもりだ。マク・マクロ。貴様の言い分を、認める。二人の決闘から、始める」

 分かっていたかのようなガルディアの口ぶりに、俺は全身がカッとなった。


 ──ここで俺があんたを仕留めれば、こんな無駄な争いをしなくてもいいのではないのか。


 ただ。

 俺は──無力だった。

 呆れるくらいに、無力だった。

 口答えは、した。


 だが、やはり──止められなかった。

 二人の決闘が、ダンジョンの中で始まろうとしていた。


 リゼの剣。

 抜かれる音が、やけに静かだった。

 その静けさが、強者の証のようですら、あった。

 荒い動作で、マクが剣を、構えた。

 拳だけでなく、剣を、マクは友に向けていた。


 俺はただ、胸の奥の声を自ら、抱きしめるしかなかった。


 ──俺が、戦う。

 とは、口が裂けても言えなかった。


「では……頼んだぞ」

 立ち会いには、ガルディアがいた。

 最後に、リゼだけに聞こえるような小さな声で、剣聖はそれだけを言った。

 その声が俺にもかろうじて聞き取れていた。


 ガルディアの声は、命令にも聞こえたし──弟子を慮る祈りのようにも、聞こえた。


 リゼの目が師匠を捉え、揺れていた。

 ガルディアもなぜか──ひどく苦しそうな顔つきだった。


「生死問わず。始め!!」

 ガルディアの大声量が、ダンジョン内を震わした。

 空気が弾けたような音がした。


 リゼもマクも、同時に目を見開いていた。

 リゼの剣が光の線となり、マクの拳が雷のように走る。

 マクは──剣を使わなかった。


(……ミル兄! 行かないで……)

 心臓が跳ねた。

 ガルディアの眉が、ほんのわずかに動く。


 無意識だった。

 俺は、駆け出し──リゼとマクの間に、立っていた。

 

 これが、俺の、直感だった。

 俺ができる、すべてだった。


 

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