助太刀
闇が、俺の肺を締めつけていく。
視界が黒く塗りつぶされていく。
仲間の声も、聞こえなくなっていく。
──だめだ。
死ぬ。
「おおおおおおおおおおっ!」
俺は、発狂した。
これで助けが呼べるとは思えなかった。
でも心のどこかで、助けは来るという確信が、あった。
その瞬間──ガァァァァァァァァン!!
硬くて、柔らかい、変な音がした。
刹那、視界から、闇が弾け飛んでいる。
俺の胸元に、小さな影が飛び込んできていた。
「……ミル……モン……?」
ミルモンが、俺の胸の前で翼を広げ、ドグラニスタの闇を押し返していた。
魔物の身体はひどく震えているのに、一歩も退かない。
『……ほう』
ドグラニスタの無数の目が、ミルモンに向けられていた。
『その姿……その気配……まさか、貴様……』
ミルモンは「キュイッ!!」とだけ、鳴いた。
次の瞬間──空気が変わった。
ミルモンの周囲だけ、空気が別世界のものになったかのようだった。
軽くなり、冷たい。
圧が……逆転したようだ。
ドグラニスタによる場が──重い、熱いの感覚がなくなっている。
「え。どうして最強のミルモンが、ミルを守っているの?」
リゼが息を呑む。
セラも唖然としている。
「……え? ミルモン……?」
セラは震えながら呟く。
「見たことがなかったわ。そもそも今までミルモンの階層にまでたどり着いたのも十人程度だったはず……」
マクは拳を握りしめたまま、ただミルモンをじっと見ていた。
その右手に持つ剣先は微かに震えていた。
誰もが動かず、誰もが次の一手を見計らっていた。
すると、ドグラニスタがミルモンに向かって低く囁き始めた。
『……貴様……なぜだ……?』
すぐさまミルモンは「キュルルル……」と返す。
俺には意味が分からない。
リゼにも、セラにも、マクにも分からない。
ただ、一つだけ分かっていること──それはミルモンは場の空気を明るくするということだった。
ミルモンにより、ドグラニスタの殺気が少し緩和されている。
「キュルルル……、キュルルル……」
ミルモンは流ちょうに喋った。
俺には、人間には、やはり意味が分からない。
だが──ドグラニスタだけは、十全にミルモンの意志を理解したようだった。
『……ク、クク……クハハハハハハハハ!!』
唐突に、ドグラニスタが、笑った。
階層全体が、震えた。
立つのがやっとのほどの揺れだった。
ただの笑い声であるはずなのに、全身が軋むように痛み、半端ではない重力を感じた。
攻撃を受けているような感覚にさえ、なっていた。
『なるほど……そういうことか……!』
ミルモンが誇らしげに胸を張る。俺を、見てくる。
俺は、首を傾げる。俺と同じようにミルモンもまた、首を傾げる。
『命拾いしたな、ミル・ミクロ。これが貴様の側にいる限り……今は殺せん』
「え……? ミルモンは魔物じゃ……?」
『だがな、ミル・ミクロ』
途端に、ドグラニスタは殺気を強めた。
「おえっ」と口に手を当てたのは、セラだった。
『貴様、学校に行く意味を今一度、考えろ。今の状態を野放しにしてみろ。今度は許さんぞ』
「えっと、それは、どういう意味………?」
俺の質問を最後まで聞かずに、ドグラニスタは霧となって消えていった。
セラは身震いと嗚咽が止まらず、リゼは唇を噛みしめる。
「学校とドグラニスタに、関係があるだと……?」
マクは剣先をじっと眺め続けた。
まだ俺の近くにいるミルモンを倒そうとは、しなかった。
◆
闇が晴れ、呼吸がいつものリズムに戻っていく。
俺も、無意識のうちに、その場に崩れ落ちていた。
「ミル!!」
リゼが駆け寄ってくる。
「大丈夫か!?」
マクも俊敏に移動してくる。
「キュルルル……」
なぜか、ミルモンまでもがすり寄ってくる。
「キュイ……キュイ……!」
明らかに、敵意はないようだった。
俺からしてもミルモンに助けられたので、攻撃する気になどなれない。
一気に駆け寄ってきたマクが俺を慮らずに、まずはミルモンを凝視した。
「こいつ、近くで見たら、かわいらいしい目をしてるな。色は、すっげえ気持ち悪いけど」
マクはミルモンのほっぺを、ぺちっと叩いている。
すると明らかにミルモンは怒ったような顔になり、「あっ、わりい」とマクが手刀を作り、素直に謝った。
「キュイ……!」
ミルモンもまたマクの動作を真似、片方の手──ではなく、触覚の一つを前に出している。
仲直り、完了のようだ。
リゼは目を閉じ、セラは頭を抱えている。
ミルモンだけは俺の胸の中で、誇らしげに鳴く。
「キュイッ!!」
「なあ、ミルモン。本当に俺を……助けてくれたのか?」
何度もミルモンは嬉しそうに、跳ねるように、頷く。
「キュイッ!!」
俺は震える手で、そっとミルモンの頭を撫でてみた。
「ありがとう……ミルモン」
心からの感謝を伝えるためだった。
「キュルルル!!」
ミルモンは全身で喜び、俺の胸に顔を埋めていった。
(……ミル兄……)
(……ほんとうは……)
(……転生して記憶を失っているあなたが……いちばん……こわい……)
俺はその声を、聞こえないふりをした。
マクが、眉間に皺を寄せていた。
「……ミル。なんで分かったんだよ?」
マクが、俺とミルモンを交互に見ていた。
何度も、見ていた。
「え、何が?」
「ミルモンが助けに来るってことだよ」
俺は少し考えて、答えた。
「分かんない」
「そうか」
マクも目を細くする。
少し離れた場所では、ようやくセラが気を取り直したのか、メモ帳を拾いなおし、何かを記録に残していた。
地に座ったセラと目線が、あった。表情がどこか曇ったように、見える。
「お前、叫んだだろ。あの瞬間……確信を持って、ミルモンを呼んだみたいだったぞ」
「そうだね。もし、何かがあったとするのなら……」
俺は、マクをじっと見据える。マクも、俺の目をじっと見てくる。
「それは、きっと直感だよ」
マクは目を丸くした。今度は楽しそうに肩を揺らし、俺の肩をバンッと、叩いた。
「……そうか。直感なら仕方ねえ」




