ダンジョン無双男
学校の転校生だというものだから、教室があり、クラスメイトがいて、自己紹介があるものだと思っていた。
何もなかった。
「そもそも学園の実習は実戦形式が基本なの。魔王に対抗できる人材を育てるために、学生は毎週ダンジョンに潜るのよ」
いきなり学園裏の巨大ゲートに呼び出され、セラに促されるようにして、黒い穴の前に立たされていた。
「去年は実習で12名が行方不明になったわ」
見覚えのある穴のような、気がした。
そこが「実習用ダンジョン」の入口だった。
「耐性が低いと、ダンジョンの幻覚で廃人になるケースもあるの」
またセラが淡々と、言った。
俺は「これ……学校の授業だよね?」と震えながら、聞く。
中庭のような「実習用ダンジョン」の入口には、風がびゅうびゅうと吹いていた。
耳が、痛い。
「そうだね。学生はここで単位を取るの。当然、普通の人は立ち入り禁止。私は単位なんてもういらないけど」
リゼがふふんと鼻を鳴らし、「まあ他にもダンジョンに入れる穴はあるけどね」と高笑いし、マクを指差す。
「……急に、何だよ?」
「ダンジョンの中では、じっとしておいてね、マク。ってことよ」
「……何だそれ」
マクが呆れていると、セラが口を開いた。
「ちなみに、死亡率は去年より改善されてるわ。22%まで下がっているわ」
「改善されて、それなの!?」
俺の片足だけが、異常に震えた。残りの片足は、もう黒の中に消えている。
「そうね。だから見ての通り、先生も学生も、ル・トウキョウ学園には不足気味よ」
マクはゲートの前で振り返り、にやりと笑っていた。
「安心しろ」
その瞬間、ゲートが唸りを上げて、開いていた。
「俺がいる」
前回みたいに、高所から落ちることは、なかった。
普通に、誰かの敷地に侵入するみたいにダンジョンに入れていた。
薄暗い。土の匂い。
前回と同様だ。湿った空気が漂っている。
当然、魔物の気配も、する。
「うわあ……本物のダンジョンじゃんか……」
「当たり前よ。というか、ミル。あんた本物相手に躍動してたじゃない。怯えた声、出さないの」
リゼが忠告する後ろでは、セラがメモ帳を取り出し、淡々と記録している。
「では、授業を開始するわ。マク先生、お願いします」
セラが、マクの背中をぽん、と押した。
「おう」
その瞬間──ズズズ……ッ!!
地面が揺れ、巨大な影が現れていた。
「ギャアアアアア!!」
狼型の魔物が群れで、襲いかかってくる。
「うわああああああ!!」
俺は反射的にリゼの後ろに隠れた。
リゼが剣を構える。
マクは──ぼっーとしている。
「マク! あんたが先生なんだから──」
「ミルでも倒せるだろ?」
「大群は無理よ!」
「そうか。じゃあ、ミル。じっくり、見てろよ」
マクが、一歩前に出た。
その瞬間──ドンッ!!
地面が割れ、マクの姿が消えた。
魔物の悲鳴──狼の群れが、一斉に吹き飛んでいる。
「……は?」
「……え?」
リゼも俺も、声が出なかった。
狼たちは壁にめり込んでいた。
そのまま黒い霧となって消え、アイテムが地面に零れ落ちていった。
「よし、ミル。今のが手本だ。簡単だからやってみろ」
マクの攻撃が何一つ、見えなかった。
「いや、できるかあ!」
俺とリゼの声が揃う。
セラは休むことなく、メモを取り続ける。
「はい、マク先生の攻撃力は相変わらず規格外ね。授業としては不適切だけど、まあ……想定内だわ」
「それは褒めてんのか?」
マクが拳を見せると、「褒めてないわよ」と、セラは即答した。
「マクは絶対に、先生向いてないよ……」
リゼはマクの肩の付近を、じっと見ている。
「まあ、魔物の弱点を大体、知ってるからな」
マクはアイテムを拾うことに、夢中だ。
「どうしてよ?」
「さあ、何となく分かるんだよ。直感ってやつ? リゼにもちょっとはあるだろ?」
「いや、ないよ?」
「……そうか。リゼは弱虫だから、直感がないのかもな」
リゼがマクの背中を、強く叩いた。
「いってえなあ!」
「ほら、授業の続きを早く、しようよ!」
マクは終始、「直感だぞ、ミル」と声を掛けてきた。
直感かどうかは分からないが、俺は運よく、魔物の攻撃をかわし続け、「あなたたち、本当に色々とおかしいわね」とセラから失笑をもらっている。
ずんずんと歩みを止めないマクは階段を登り、さらに奥へ、上へと、ダンジョンの階層を進めていった。
「次はもっと強い奴がいいな」
愉快気に、マクは左右を見渡している。
「いや、強くない方がいいよ!!」
俺が叫ぶ。
「これは、授業だぞ?」
「授業の範囲超えてるって!!」
リゼも叫ぶ。
はあはあ、と肩で息をしている。流石のセラも「今日の授業はこのくらいでいいんじゃない?」と、おずおずとマクに進言している。
「いやだ。物足りねえ」
「マク! あんた本当に先生なの!?」
リゼは汗を拭いながら、マクを睨んでいる。
「今日だけな。剣聖の命令だし、仕方なしだ」
「師匠はマクになんか言ってなかったの?」
「とにかく強い奴と戦え。それまでダンジョンから帰ってくるな、だとさ」
「師匠ぉぉぉぉ!!」
リゼは嗚咽のような悲鳴を、上げた。俺も釣られて、「おえっ」と声に、出た。
「……まあ、マク先生が魔物を倒せば、安全だし。それにミル君の運Sもあるし。最悪、死にはしないでしょう」
ペンをスラスラと動かすセラが、真顔で結論づける。
「……この階層は本来、ミル君の段階ではまだ、実習範囲外なのだけれどね」
その時──悪寒がした。
(……ミル兄……マク……逃げて……ここ……だめ……)
胸が締めつけられる。マクを見やる。顎に、手をやっている。
「ミル。今、変な声が、届いたな。大丈夫か?」
「俺も……なんか……嫌な感じがするんだけど……」
「ミル。無理しないで」
リゼが、真剣な顔になる。
「……嫌な感じ、ね。ミル君のそれはきっと当たるだろうから……気をつけましょう」
セラは眼鏡を押し上げていた。「だって、運がSなんだから」
「大丈夫だ。ミルの嫌な感じは俺が全部ぶっ飛ばす」
マクは拳を握りしめ直す。
「いや、そういう問題じゃ──」
リゼが、マクを制止しようと、する。
「知ってるからな」
リゼの手を振り払い、マクは快活に笑った。
「……何を、さ?」
僕は、マクの目をじっと見た。爛々と、輝いている。
「……このダンジョンにおける裏技、だ」
マクは笑い続けた。
胸の奥が、嫌なリズムで跳ねた。
魔物は、まだ来ない。マクの笑い声が、止まらない。
どうしてだろう──マクの笑顔が、なぜか少しだけ怖かった。




