ル・トウキョウ学園
街の中心部にそびえる一番、巨大な建物──ル・トウキョウ学園だ。
高層ビルのような外観である。
魔石灯が輝き、点在する。
空中には魔法陣が浮かび、校章が描かれている。
それ以外の外観は、ギルドと瓜二つだった。
ル・トウキョウの建物は、似通った外観のものが、多い。
「……これ、本当に学校か?」
建物を見上げつつ、マクが首を傾げる。
「そうよ。ダンジョンの攻略者を育てるための学園。ここでいい成績を取らないと、ダンジョンに潜れないの」
「え、じゃあマクや俺は……」
「うん。そうね、論外よ」
「ミルはともかく、俺は実力至上主義だからな」
「それで通用していることが変なのよ!!」
リゼはマクを見ず、俺に向き直っていた。
「で、ミル。あんたは今日からここの学生。でも普通の学生じゃないわ。ギルド長命令で特別監視対象として扱われるから」
「……なんか嫌な響きだね」
「安心しなさい。ミルには私がついてるから」
リゼは胸を張った。
顔を、耳元に近づけてくる。
「師匠の命令だから逆らえない。でも……本当はミルを疑いたくなんてないんだよ」
はっとして、俺はリゼの顔を見た。
陽光を彷彿とさせる優しい笑みだった。
「あの時、身を挺して、守ってくれたからね」
ああ。
ようやく俺は、本当の意味でリゼの横に立てた気がして、じわりと胸が熱くなった。
「おい、ミル。俺もついてるぞ」
学生ですらないマクも、リゼと同じような体勢を見せた。
「マク、あんたは帰って」
「リゼ。そんなことを、俺に言ってもいいのか?」
「……どういう意味よ?」
「すぐに分かるさ」
ヘラヘラと身体を揺らしたマクに、リゼが一発、小突きを入れる。
そのまま建物内に進んでいく。
俺も──学校へとついに、足を一歩、踏み入れる。
その瞬間──(……ミル兄……)
少女の声が、耳元で囁いていた。
(……ここ……いや……こわい……)
いつもより低く、脳内を揺らすような少女の声色に、俺は思わず「う」と声に出してしまう。
「ミル? どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
リゼは俺を見つめ、少しだけ眉根を寄せていた。
「……ミルを信じてもいいんだよね?」
何も、答えられなかった。
少女の声は、たったそれだけで、止まった。
◆
校舎に入ると、空気が変わっていた。
静かだ。広い。
そして──常にどこか監視されているような感覚があった。
それはダンジョンのような不気味な怖さではなく、人が見てきているという威圧的な怖さだった。
(……ミル兄……ここ……だめ……)
学校の中に入ってから、少女が言霊を、止めない。
胸の奥が、氷の指で撫でられたように、何度も、冷えた。
「ミル。こっちよ」
リゼが先導し、俺とマクは後ろをついていった。
廊下の先には、物騒な部屋ばかりが並んでいた。
「ダンジョン適性検査室、魔力測定室、精神耐性チェックルーム……。これ、本当に学校か?」
「学校よ。ただし、普通の学校じゃないわ。ここは生き残るための学校。ダンジョンで死なないための教育機関よ。マクには不必要な、ね」
「……でも、ミルには必要だな」
マクがぼそっと呟く。
「まずは職員室に行って、転校手続きを──」
リゼは歩きながら、説明を続ける。
廊下の奥から、ざわざわと声が聞こえてきていた。
「おい、あれ……」
「転校生だってよ」
「ギルド長命令らしいぞ」
「しかも観察対象だって……」
視線が刺さる。
俺は思わずリゼの背中に隠れていた。
「……大丈夫よ。私がいるから」
リゼはそう言って、俺の手首を軽く掴んだ。
その手は、意外と温かかった。
「うるせえなあ、お前ら!」
知らぬうちに、マクが近くの学生に突っかかっていく。
「言いたいことがあるなら、俺に言え!」
「あれ、ダンジョン無双男だ!」
「本当だ!」
瞬く間に、マクは学生に取り囲まれていた。
早く職員室の中に入れ、と俺に目配せしてくる。
「マク。なんだか、いい奴じゃない」
リゼがマクを褒めた、最初で最後の瞬間だった。
職員室に入ると、教師たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
「転校生だって」
「ギルド長命令らしいぞ」
「観察対象……?」
視線が刺さる。
その反応は学生たちと何ら、変わりなかった。
その時──
「おはよう、リゼちゃん。ミル君も」
と、落ち着いた声が響いた。
黒縁眼鏡で知的な雰囲気が、ある。
ギルド受付の──セラ・ミナセが職員室の中央に立っていた。
「セ、セラ先輩!? なんでここに!?」
「私、ここの教師も兼任してるのよ。ダンジョン理論の担当としてね」
「聞いてないんだけど!!」
リゼの戸惑いを見て、セラは微笑んだ。
「まずは、本校に入学おめでとう。ミル君」
眼鏡を押し上げ、セラは早口で説明を始める。
「大前提として──学園ではダンジョン実習が義務よ。学生は最低でも十階層まで踏破しないと単位が出ないの。だからダンジョン内には学生が多いのよ」
リゼが腕を組む。
「でもミルは強敵の攻撃だって、当たらないよ?」
「そう。本来、ミル君は監視対象。でも、 四傑の推薦があったから、特別よ。実習範囲も拡張されている」
セラは口を動かしつつ、職員室内もキョロキョロと見回していた。
「四傑って……リゼの師匠の?」
「そうね。あの方も、その一人。国家戦力よ。魔王に対抗でき得る四人の傑物を示している。
そして──」
セラが、俺の肩の上を指差した。
「よお」
マクが鼻を鳴らす。「マク先生も、四傑とほぼ同格であると見なされているわ」
「同格じゃねえだろ。俺のが、上だ」
「その議論はまた今度ね、時間がないの。マク先生。今からすぐにダンジョン実習が始まるから」
「……は?」
俺とリゼの声が重なる。
「気持ちは、分かるわ」
セラが補足を続ける。
「この授業は剣聖ガルディア様の命令なのよ。『ミル・ミクロの監視はマク・マクロに任せろ』って」
「なんで師匠が勝手に決めてんのよ!!」
リゼが鬱屈とした表情になる。
「……あいつに、会わなきゃならねえんだ。そうだろ、ミル?」
「朝のあの意味深な発言ってこのこと?」
「そうだ。リゼ、お前にも会いたかったぜ?」
「いや、ずっと会ってたじゃん」
リゼが頭を抱えた。その肩に、セラがそっと手を置く。
「でも、リゼ。私が補助教員として同行するわ。あなたたち三人の安全管理も兼ねてね」
「安全管理……?」
俺は焦った。
それだけ危険なことを、これからやらされるというのか。
「ええ。マク先生が暴走した時のための、安全管理よ」
ほっとした俺とは対照的に、
「暴走しねえよ」
と、マクが不満げに言う。
「でも昨日、ギルドの壁を三枚壊したわよね?」
セラが眼鏡を押し上げる。
きらりと、光る。
「……あれは事故だ。しかも、向こうの攻撃が壊れた発端だぞ」
マクは唾を吐き捨てるようにして、言った。
セラは俺に向き直り、優しく微笑んでいる。
「ミル君。安心して。私がついてるから」
(……ミル兄……いや……いやだよ……)
少女の声は、ずっと続いていた。
まるでこれ以上、伝えてしまうと、何かがが壊れると知っているかのように(……ミル兄……いや……いやだよ……)と何度も、繰り返し、少女は、言った。
──その声を無視したことを、
俺はずっと後になってから、取り返しのつかないほど後悔することになる。




