合格、でも入学
「……合格だ」
ガルディアの声色が、穏やかだった。
それで張り詰めていた室内の空気が、わずかに緩んだ。
「えっ」
ゆっくりと俺は後ろを振り返っている。
斬撃は俺やリゼを避けるように、二方向に分かれ、壁を傷めつけていた。
「ミル・ミクロ。……貴様は避ける力を持っている。それが運なのか、別の能力なのかは分からん。だが……ワシの攻撃を避けたのは、事実だ」
ここでガルディアが、破顔する。
「なにより仲間を身を挺して、守った。それが一番、大事なことだ。よくやったぞ、小僧」
「ごめんね……ミル。ちょっとは、信じてたよ? ちょっと……だけだけど」
リゼが俺の後ろで舌を出していた。
「まあ、万が一に備えてね?」
リゼは自らのお腹を見せてくる。
鎧のような装備で、がんじがらめだった。
元より、ガルディアとこのような展開になることを想定していたのだろう──先ほど、リゼに耳打ちをしていた意味が、ようやく分かっていた。
「合格だ。だが、条件はまだある」
ガルディアが、真顔に戻った。
「まだあるの!?」
驚くリゼをガルディアは指差していた。
「リゼ。お前も二人に同行しろ」
「……はああああああああ!?!?」
リゼの絶叫が、ギルド内に響く。
「なんで私が!? なんで巻き込まれるのよ!!」
「お前は私の弟子だ。お尋ね者を監視しろ。特にミル・ミクロを、だ」
「監視って……私、そんな役回りいやよ!!」
「嫌でもやれ。これは、命令だ」
ガルディアは当然のように言い放った。
あはは、とマクが笑う。
「よかったな、リゼ。これで仲間だ。お前。一度は、俺の仲間になりたがってたろ?」
「よくないわよ!! こんな状況、願い下げよ!」
俺は苦笑するしかなかった。
その時も少女の声が、少しばかり、聞こえていた。
(……ミル兄……よかった……でも……まだ……)
そこで、少女の声が途絶えた。
珍しく、落ち着いた口調だった。
それはマクにも聞こえていたようで、「まあ、あいつの杞憂だって。俺の横にさえいれば、死にはしねえよ」と俺に軽口を叩いてくる。
ようやく場が和やかになり、俺たちもギルドから、解放される。
◆
天井は、木製。
壁には、筋トレ器具。
床には、謎の巨大な拳型の穴がいくつも空いている。
「……どこだ、ここ!!?」
目を覚ました瞬間、俺は首を傾げていた。
ギルトに行き、激闘を経て、リゼと解散した後──記憶が、ない。
いや、どこかで見たような気もする。でも、思い出せない。
「よお。おはよう、ミル」
ふと、低い声がした。
上半身裸でトレーニングをしているマクが目の前に、いた。
「なんで俺、マクの家にいるんだよ!? えっ、ここ。そもそもマクの家なのか?」
「ちげえよ」
「えっ、違うのかよ」
マクは腕立て伏せを、止めない。
「昨日、疲れ切ったのか、ミルが帰りの道中でぶっ倒れてよう。その倒れた先が、この家の前だった」
「えっ、じゃあ、不法侵入?」
「まあ、ミル。運Sだしな。些細なこと、気にすんな」
「いや、運とか関係なく、アウトじゃん!」
そこへ──ドガァァァァン!!
部屋の扉が、爆音とともに吹き飛んでいた。
「ミル!! あっ。マクもいるっ!! あんたたち、ここで何やってんのよ!!」
怒り狂ったリゼが剣を構えたまま、中に突入してきている。
「ちょ、ちょっと待て!! 俺は何も──」
弁明はするが、それでもまだマクは腕立て伏せを続けている。
「不法侵入よ!! 完全に犯罪よ!! なんで私の家にいるのよ!!」
「ミルのおかげで、なぜか家の中にすんなり入れたんだよ」
リゼは額を押さえ、深いため息をついた。
「はあ……ギルドから連絡が来たのよ。『ミル・ミクロとマク・マクロが私の家に侵入した疑いあり。至急確認せよ』って」
「なんでギルドにバレてんだよ!!?」
マクがようやく腕立て伏せを止める。
「ミルの行動が、ギルドの監視対象だからよ!!」
リゼはマクの少しばかり、太くなっただろう腕を掴む。
「私が友達の家に泊まっている間に、人の家で何してるの!」
「いやあ。ミルがこの家の前で偶然、倒れたんだよ」
「ミル、本当?」
「ごめん、リゼ。記憶がないんだ」
「嘘は許さないからね!」
ぷりぷりしながらも、リゼは目を輝かせたマクに対して、トレーニング器具を使うことを許可している。
「いや、つーか、普通に鍵、あいてたぞ?」
「え?」
それは完全にリゼの不注意だった。
形勢が、逆転する。
「住民が戻ってきたら、すぐに事情を説明する気だったんだぜ? でも、誰も帰ってこねえ。いつの間にか、俺も寝ちまってた」
マクの声量が、上がる。
「いや、それでもおかしいから。常識とか、ないの?」
対してリゼの声が、か細くなった。
「……でも俺らが一晩、この家を見張ってやったんだぜ? 文句ねえだろ?」
「うっ……」
リゼは固まり、俺を見た。
その表情に怒りはなく、他の感情もなかった。
それはその場を逃れようと必死な、のっぺらぼうの顔だった。
「……ごめん」
「……まあ、分かったわ。今回は特別に許してあげる。ほら、じゃあミル。行くわよ。今日からあんた、転校生なんだから」
「おい、リゼ。話題を急に変えただろ?」
マクが凄んだ。
だが、俺の「えっ、今日!? 今!? この状況で!?」の声にかき消され、「当然でしょ!!」とリゼは満面の笑みになり、大声で俺への対応を続けた。
マクは、「けっ」とだけ、床に吐き捨てた。
「でも許可ももらったし、マクとダンジョンに行けるんじゃ……?」
「あくまでミルは、学生! 許可は、これからっ! ほら行くよっ!」
リゼから押し付けられたギルドからの正式通達は、たった一枚の紙だけだった。
『ミル・ミクロ。即日、ル・トウキョウ学園へ転校を命ずる』
「……即刻?」
リゼからもらった紙を受け取ったまま、俺は、固まる。
「おめでとう、ミル。強制転校だな」
マクがなぜか誇らしげに言う。
「どこからどこに転校したんだろう、これ」
「いや、知らねえけど。まあ、ミル。おめでたい話だろ?」
「おめでたくないってば!!」
「まあまあ。学校って場所は楽しいらしいぞ。俺は行ったことねえけど。ミル、がんばれ」
「行ったことないのに、言うなよ!!」
「えー。じゃあ、マクはこれからどうすんのさ?」
俺はすかさず尋ねる。
「お留守番!」
口を挟んだリゼは再び湧き出た怒気からか、頬を紅潮させていた。
「よし。やっぱり俺も学校、行くわ」
マクがタオルで汗を拭きながら、いそいそと身支度を開始する。
「なんでよ!!」
リゼがマクを睨む。
「ミルの相棒だからだ」
「学校は遊び場じゃないのよ!!」
「それに……俺がいないと、ミルが死ぬ」
「……それは否定できないけど!! いや、それはダンジョンの場合だけだから。学校は死なないから!」
リゼは頭を抱えている。
「まあまあ」と僕はリゼを宥めてみた。
「うっさい!」と無下に返され、僕はしょんぼりと、する。
「マクまで学校に来たら、面倒ごとが増えるっ!」
しばらくして、腕を組んだリゼが俯きながら、玄関で待っていた。
「いや、学校に用事があるんだ。……あいつに、会わなきゃならねえんだ」
淡々とマクは真顔で言う。
「はあ……そんなの、知らないけど……分かったわよ。ほら、二人とも。行くよ」
ここで、リゼの心がポッキリと折れたようだった。
「リゼ……そもそも、なんでお前が学校の面倒ごとまで抱える必要があるんだ?」
ふとマクが、尋ねていた。
「それは……案内役よ。ギルド長命令。『ミル・ミクロは危険だから、学校でも監視しろ』ってね。はあ……なんで私がこんな役……」
「それは、ごめん。でも危険って……俺、弱いだけなんだけど……」
「運Sの時点で弱くないのよ!!」
リゼが俺の腕を掴み、ずるずると引きずり始めた。
「ちょ、ちょっと待て! 俺、まだ心の準備が──」
「準備なんていらないわよ。あんた。今日からただの学生なんだから。運がちょっといいだけの、学生」
マクが後ろから、にんまりとした笑みをこびりつかせて、俺たちについてくる。
「いやあ、学校。楽しみだなあ」




