第三章・1
隣町は南西。
通りに面したガラス細工のお店の裏側——。
そこにガラス細工職人たちの秘密の大工房はありました。
お店に並べるための商用作品製作の傍ら、いつものように小さな職人たちが朝から集まり、一人一人各々のご主人様のハートのおせわを焼いています。
誰とも口を聞かず黙々とおせわするもの。お喋り好きで人のところを行ったり来たり、すれ違うたび声をかけては話しだすお調子者。中には、サボって部屋で寝過ごしているもの、事情があって滅多に出てこれないものなど、職人にも様々です。
中でも『その子たち』は殊更に特別と言えるでしょう、なぜなら——。
「ねね! 聞いた聞いた? この辺で事案が発生したらしいよ!」
お喋り好きな娘が話しかけると、"その子"本人のエプロンのあたりから、ぴょこっと更に小さな二つの頭が顔を出します。
「じあん?」
「じ、あ、んってなぁに?」
二つの顔がそれぞれまだ舌足らずな発音で、真ん中のその子に語りかけると、
「え、えっと……事案っていうのは、へ、へんた……」
「ヤバい奴が現れたってことだよ」
真ん中の"その子"が答えるより早く、お喋り好きが後ろの二人に人差し指を立てて言いました。
「やばいやつ?」
「やばいやつってー?」
二人もまた繰り返して、いよいよ真ん中の娘が困ったふうにお喋り好きの娘に言いました。
「もう変なこと教えないでよ! でも怖いなぁ。どんなの?」
「それがさ、会う人会う人——」
その時でした。
大工房の大扉が開き、外の眩い光と共に一人の小さな娘が転がり込んできます。
突然のことに背後でパリンと二回音がして、二つのハートが割れ、奥で臆病で無口なガラス細工職人があたふたと膝をつく一方で、割れたもう一つのハートは今しがた話していた"その子たち"のものでした。
"その子ら"の中心に立つ一番背の高い(とはいっても人間と比べるとそれでも10〜12歳前後ですが)お姉さんがその様子を見受けるや、入り口から転がり、入ってきたばかりの小さな娘に叱りあげました。
「こら! いつも言ってるでしょー? ご主人様はみんな繊細なんだから、ドアはそっと開け閉めすること!」
「た、大変なんだ! そんなこと言ってらんないんだって!」
「静かにしなさい! ……あー、ご主人様がまた割れちゃった……」
そう言うと背の高いお姉さんはその場に屈み、ご主人様のかけらをいつものように拾い集め始めました。
特性もありますが、殊更割れやすいタイプのガラス細工もあり、音や光を敏感に吸収するものがあります。その一つが彼女のガラス細工なのです。
それでも小さな娘はお姉さんの傍ら、すがりつくように言い続けました。
「ねーちゃん……ビアンゴ姉ちゃん! そんなこと言ってる場合じゃなくて……」
「こら! そんなこととはなんですか。あなたも仮にもガラス細工職人なら——」
ビアンゴと呼ばれた彼女の前の、一回り小さく、まだ少年にも見えるようなショートヘアーの娘は、けれどもぴんと立った美しいまつ毛をしばたかせて、いよいよ埒が開かない! というように腕をぶんぶん振るうと、むりやり切り出します。
「ロゼが!」
すると、お姉さんはその名前を聞きつけて手のひらにガラスを回収したまま徐に立ち上がり、少年風の娘に聞き返します。
「ロゼ……? あの子がどうしたの?」
「ロゼが、一回殺してやろうかなって呟きながらシャドーボクシングして、ぴょんぴょん跳ねてくる変態とぶつかって、今、死闘を繰り広げてる!」
「……あの子が、誰と、何をしてるって?」
ビアンゴが目を細めて聞き返すと、横からお喋り好きの職人が口を挟みます。
「あ、それ。事案の不審者じゃん」
「……ロンチ。その事案って、なんだっけ?」
「人を見るとシュッシュって言いながら、シャドーボクシングして、ぴょんぴょん跳ねてくる不審者が出るんだって。ちょうど言おうと思ってた奴」
ビアンゴが鋭い目つきで顎に手をつき考えを巡らせ、あるいは呆然とするうち、少年風の娘がその腕を引いて言いました。
「とにかく見たこともないくらい変な奴なんだ! ヤバい奴なんだ! 早くきてよ!」
◇
一方その頃、街を取り囲む大きな塀の外では、両者鼻に指をつっこみ、相手の指の爪の生え際に爪を立てたりのそれは醜いとっくみあいが行われ、多くの見物客の人間がそれを囲んでは歓声をあげていました。
「爪! ぎゃーーーっ! それは反則だろてめ」
「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」
一方は街のガラス細工職人。もう一方はこの辺りではあまり見慣れない作業服の——ペスカです。
ペスカは相手の指を掴むと、今度は木の枝をその間に挟んで、五指でぎゅうっと握りしめます。
「指! いだだだだっ! 待って……この人、殺意が違う! 本気すぎる!」
「吐け。誰に頼まれた?」
「何の話?!」
ペスカは冷たい声でとっくみあいの相手に言うと、さらにもう一方の手をも使って、ペンチのように職人の娘の指を押しつぶしていきます。
「ご主人のハートを狙うのはなんでだ? 言え。さもないとこの指はもう終わりだ。二度とおはしが正しく持てなくなるぞ!」
「狙ってない、狙ってない! 大体アンタの方から吹っ掛けてたんでしょ! 出会い頭に道尋ねてはシャドーボクシングして——あだー!」
ペスカは相手の返答を待たずに力を強めます。
「金か? おはしにお別れを」
「ダメだ、話通じねえよ!」
そこへ、いよいよ騒ぎが大きくなってきて、保安官が駆けつけます。
保安官は二人の間に入るやたちまちカタルーニャ名物の一本丸ごと焼いたネギを食べるときのように、指先でペスカの首根っこを掴んで軽々と持ち上げてしまいます。
「こら! やめなさい! 君は……君は、なんだ? なにをやってるんだ?」
大きな大人の男性でほんのり汗が香るハンサムさんでしたが、ペスカはこういう第一印象優しいお兄さん系青年男性が大の苦手でした。
誰にでも見せる優しさの裏側、何か腹に一物抱えているように見えてならないのです。
「やめろ! 触るな! 離せ! 人間! 嫌い!」
「こら! 暴れるなって! いいから、一回署に来てもらうよ」
「拷問する気だな。幼気な少女をなぶって!」
「君だよね。それやったの」
ペスカは不屈のガラス細工職人ですが、身体を鍛え始めてまだ一週間もない未熟者でした。鍛え上げられたモノホンのマッチョには逆立ちしたって敵いません。彼女は暴れに暴れて抵抗と遺憾の意を示していましたが、その日午後一時過ぎにはあえなく御用となりました。
「ご主人様! ご主人様ー! 助けてー! おまわりさーん!」
「違いますよー! この子、悪さをして連行してるんです! 僕がおまわりさんだからねー!」
手錠をかけられ連行される間も彼女の悲痛な叫び声が街の入り口、城門通りにまで渡って広く木霊して——。
——ちょうど入れ替わるように少年風の小さな娘がお姉さんを連れて同じ通りに現れます。
「ご主人様……? あの子……」
ビアンゴはその単語に後ろ髪引かれるようにして、通りを連れて行かれるペスカを振り返りましたが、すぐに小さな妹が呼びかけました。
「お姉ちゃん! ロゼが!」
「あぁ、うん……今いく!」
ロゼは半死半生でした。街の外すぐの原っぱで大往生。無惨な姿でノビているのを、二人の姉妹によって発見されます。
ペスカの前でこそ強気だったものの、幼気なガラス細工職人がマジもんの拷問を二つも喰らったのです。二人が駆けつけたときには魂が燃え尽きたかのように真っ白になっていました。
少年風の娘が抱き起こして呼びかけると、薄く、目を開けてロゼは言いました。
「ロッソ姉ちゃん、遅いよ……」
「ごめん! でもビアンゴお姉ちゃん連れてきた!」
「ビアンゴお姉ちゃん……私の指は、変な方向に曲がってない?」
「大丈夫よ。ちょっとすりむいてるけど、結構本当にやられてるわね」
「わたし、負けちゃった……わた、わた……う、うう」
その虚な眼がビアンゴを捉えると、ロゼはとたんに大粒の涙をたっぷり溜め込み、姉の胸に飛び込んで泣きじゃくったのでした。
「ああああああーーーーーーー! お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃーーーーん!」
泣き声の割にすこぶる元気な声が街門前一杯に響き、ロッソと呼ばれた少年風の娘はとっさに両手で耳を閉じていました。
が、一方のビアンゴはもう慣れっこでした。
そのあまりのうるささ、やかましさにも眉ひとつ動じず、また嫌な顔ひとつせず、小さな身体でより小さなロゼの身体を抱きしめると、ゆっくりと、その背を撫でるのでした。
「よし、よし……よし、よし……もう大丈夫。大丈夫だよ」
「うあああ……」
「怖かった、怖かった。悔しかったね……」
他方ロッソは両手で耳を押さえながら目ざとく犯人の所有物を探っていました。保安官のハンサムガイはペスカを捕えるのに夢中になって、周囲の捜索を怠ったようです。
「ねぇ! お姉ちゃん、これ!」
ロッソがそうしてからからと車輪を転がし、二人の元に運んできたのはペスカの全財産。
大学生がノリと勢いで家電量販店で買い求めてしまうようなピンク色のキャリーバッグと、古い工具、そして三人にも見覚えのあるガラス細工でした。
「うん。あの子、やっぱり……」
ビアンゴは顔をあげてロッソに答えると、ロゼの背をぽん、ぽんと叩きながらそう呟くのでした。




