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ココロのガラス細工職人  作者: 白雛


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第三章・8




 まだ日が暮れないうちに工房に帰ると、そろそろ遊んでもいられません。二人のご主人様は昨日の喧騒やら今日のハプニングやらで傷ついていました。今日のうちから少しでも直しておこうということで、作業にかかります。


 ぺたぺた、ぺたぺた。


 がしゃがしゃ、がしゃがしゃ。


「……おや?」


 自分の工房で一人でやっていた時とは違った音がして、ペスカがビアンゴの方を見ると、そこでは彼女の末妹二人組が駆け回って、そのたびビアンゴのご主人様を蹴飛ばして割っていくのが見えました。


「こーらー。もう工房では駆け回らないの」

「だってーヴァンデがー」

「違うよ。ネロのせいだよ」


 二人はまだ小さなガラス細工職人においても殊更小さく、ご主人様もいませんでした。それで暇を持て余して、いつも工房内を探検しては走り回っているのです。


 一方で小さいながらもご主人様を得たロッソとロゼはもう一人前の顔をして、自前のガラス細工を磨いていきます。


「あ、ほら。危ない……足元気をつけてって言ったでしょう?」

「大丈夫だって」

「待って。ほら、お姉ちゃんが代わりにやってあげるから……」

「いいって。一人でやれるから」


 ペスカの目からしても確かに二人の手付きはまだ怪しく、危なっかしいものでした。おそらくそのうち怪我もするでしょう。けれど、ロッソやロゼだって何も考えずにやっているわけではないのです。


 自分なりに順序を試行錯誤したり、おぼつかないながらもその手に、指先に感覚をなじませていっているところなのです。


 ビアンゴの焦心も分かりますが、その機会を取り上げては二人も成長しないし、二人だって自分の好きにやれなくてフラストレーションが溜まってしまいます。何より、妹たちのせわに付きっきりになるあまり、ビアンゴ自身の仕事はあまり進んでいませんでした。


「ふむ……」


 ペスカはご主人様をぺたぺたやりながら、横目でその様子を見て、少し考えました。


 休憩中のこと。


 ビアンゴは直しかけのガラス細工の傍ら、ヴァンデやネロの相手をしています。すると、四女のヴァンデが突然のくしゃみ!


「へっぷしゅん!」


 幸い、ガラス細工の脇に逸れましたがヴァンデの前はだらだらでした。


「あーあー。前だらだら」

「だらだらー」


 ビアンゴは近くのちりがみをとってヴァンデの鼻をつまむと、


「はい、ちーんってして」


 そう言ってヴァンデに鼻を噛ませます。


「はい、とれたー。ふふ」


 そういう間もいつもビアンゴは笑顔を絶やしません。


「……はっ、はっ」


 今度は五女のネロでした。鼻がむずむずし出してそりかえり、その前にはビアンゴのガラス細工が——。


「うわわ、待って、ネロ!」


 ビアンゴはヴァンデにティッシュを任せて、素早くもう一枚。ネロの顔にセットします……しかし、しばらく何の音沙汰もありません。


 ネロはビアンゴの顔を見上げると笑って言いました。


「あはは、出なかったー」


 ビアンゴもにっこり。それが嬉しくて、ネロはまた「はっ、はっ……」と前行動をして、ビアンゴもまた彼女の鼻にティッシュを当てるポーズ。それを何度も繰り返します。


「あはは、出なかったー」

「あーヴァンデもー。はっ、はっ……」

「もーいつのまにか遊びになってる……」


 なんて言いながらビアンゴもどこか楽しげです。


 そうしてヴァンデにも同じことをした——次の瞬間でした。


「……へっぷしょーい!」


 ネロはこれまでにない勢いで大きなくしゃみを出して、ガラス細工に直撃! ビアンゴのご主人様は瞬く間にバラバラに砕けてしまいました。


「あーあー……」


 誰ともなくそう言って、とりあえずビアンゴはネロの鼻をティッシュで拭うと、


「もうしょうがないなぁ」


 やれやれとそんな風に言いながら、でも何変わりなくまた一からガラス細工を積み立てはじめるのでした。


 それが彼女の日常なのです。


「…………」

 ペスカは珍しく呆れてその様子を見ていましたが、その目線に気づいてビアンゴは照れ隠しのように笑います。


「あはは……いつもこうなの」

「そうか。大変だね」

「うん。大変……だけど、この子たちには私しかいないから、全然大丈夫」


 余計なお世話かもしれない。

 ペスカは思いました。


 夢で見たマリア様は確かにまさしくマリア様のような慈愛に満ちた女性に見えますが、けれども健気なその表情はどこか痛ましくも見えて。


「ふむ……」


 ペスカはまた考えます。


 そうして何とはなしに休憩の合間もせっせとご主人様のせわを焼くロッソ、ロゼの様子を見にいくと、二人はまだ身体が小さいのでハシゴを使ってハートのこの窪んだ上の方を掃除しているようでした。


 そして、足元が危うい。ハシゴの足が歪んでいるのか、時折、かたかたと危うげに揺れて……ロゼが"ヨシ!"と一息、額の汗を拭ったその時——バランスを崩して、ハシゴが倒れます。


「あっ——」


 と気づいた時にはすでに遅いのですが、ペスカは不屈のガラス細工職人。二人とは年季が違いました。


 彼女はその前兆を読んでロゼの足元にいました。そして身体全体でロゼを受け止めると、自分も倒れ込んで衝撃をやわらげたのです。


 ペスカの小さなお腹の上で、ロゼは跳ね起きます。


「ご、ごめん! 大丈夫?」

「問題ない。腹筋割れてるから」


 それはとっさについたペスカの嘘でした。ペスカのお腹はまだぷるんぷるんです。


 けれど、もう一方のハシゴの上でロッソも一息。それから、心配して降りてきます。


「大丈夫だった? ……もうロゼ、ハシゴかけるときはしっかり安定を確認しないとダメだって」

「ご、ごめん……」

「大丈夫だ。そうやって覚えていくんだ。まぁ周りのみんなも見てるしさ。気後れすることはないよ」


 ペスカは何気なく言って、二人のご主人様を見ると、


「こういう時は——ここをこうするといいよ」


 二人を呼び寄せて、自分だけのテクニックを伝授していきます。


「でも、うん。二人とも綺麗なご主人様だ。よく磨けてる」

「え……」


 特に驚いたのはロゼでした。ペスカはまったく心当たりがないのですが、彼女はペスカに敵意を持っていたのです。それなのに、と。


「すまなかったね。昨日はきつい拷問をしかけてしまった。ロゼのご主人様に傷がなくてよかった。それとも直した?」

「あ……ううん。平気だった」

「ならよかった」


 ペスカは不屈のガラス細工職人です。そのご主人様に対する態度はいつだって真剣で、誠実なのでした。


 労わるような手つきで二人のガラス細工を撫でると、打って変わって二人にいいます。


「けど! 二人はまだ弱い。足りないものがいっぱいある」

「たりないもの……?」

「筋肉だ。今日から始めよう。今から始めよう。筋トレだ! 毎朝オートミールを食べて、野菜もいっぱい食べる。工房の周りを走り込んで、腕立ては五回くらいで……」


 そうしてペスカの一日目は慌ただしく過ぎていきます。


 ◇


「あの」


 夕食。


 その日は工房のシャッターを大きく開けて、庭でバーベキューをします。一応、改めてペスカの歓迎の意も込められていました。


 その最中、一人の見慣れぬ職人がロンチを連れ立ってペスカの前にやってくるではありませんか。


「初めまして。昨日は出ていけなくてごめんね」

「あー例の」


 ペスカが思い当たるとロンチが言います。


「そそ。ペスカ、今日聞いてたでしょう? 私たちの話」


 まさしく言い当てられて、ペスカはぎくりとしましたが、今更言い繕うこともしませんでした。


「え、えっと……ごめんなさい」

「まーいいんだけどね。で、この子が昨日言ってたやつ」


 真っ赤な唐辛子のように赤い髪、寝ていないのか充血して血走ったまなこ。そして、吸血鬼のような八重歯が特徴的な職人が、そうして重々しく言いました。


「ラビアーです。よろしく」

「うん。ペスカだ」


 ラビアーは気難しそうにちらちらとロンチも見つつ続けます。


「えっと……大丈夫かな、これ」

「え……なにがだろうか」

「あ! そうか。分からないんだ……」

「んー?」

「いや! いいの! 分からないならそのままの君でいて」

「うむ。そうしよう」


 どこか腑に落ちないもののペスカは初対面のノリはなかなか素直に人の言うことを聞きます。そうして後日、真相を知るのですが、それはまた別の話。


 その時はまだ別のことが気になっていたのです。


 ビアンゴでした。


 彼女はまた作業のときのようにヴァンデやネロに食べさせるばかりで、やっぱり自分の分は後回し。気づかせないようにしていますが、よく見るとあんまり食べていません。


 こんな状況こそ、ペスカの魂に火がつきます。


「や」

「うん」


 それぞれの食事が一段落して、おしゃべりメインになってきたころ、ふと彼女はビアンゴの隣に座ります。そして——。


「ねぇ。マリア様だってたまには人に甘えたいと思うと思わない?」

「え……」

「今日は私がビアンゴのお姉さん。だから、たくさん甘えていいよ」


 ビアンゴはよく気のつく勘のいい子です。すぐに察しました。私の振る舞いがペスカに気を遣わせてしまったのだと。そんな私はなんてダメなお姉さんなんだろうと。


「ビアンゴ」


 けれど、違いました。そんなビアンゴを、その心を、たしなめるようにペスカは続けます。


「所長が言ってたじゃん。迷惑かけて、かけられて、そうやって人の間はつながっていくんだって。私はあの言葉好き。私も、いかにも自分は悪いことしたことないですって顔した人間が嫌い。そんな人間は信用できない。だから、ビアンゴも私に迷惑かけてほしい。迷惑かけあってこその人の間じゃない。信じさせてよ、ビアンゴ」


 ビアンゴはとっさに言葉になりません。

 ペスカは足元に忍び寄る気配に気づいて、そっと手をやりながら続けました。


「それにヴァンデやネロも、そんなの気にしないし、されたくないと思うよ」


 すると、机の下から四女五女のヴァンデ、ネロ。二人の周りからロッソ、ロゼがいつの間にやら集まってきています。


「おねーちゃん? どうしたの?」

「元気ない?」

「まさか、ペスカ! お前なにか……」

「違うの……」


 ビアンゴはすぐに——けれど手のひらで顔を隠しながら言いました。


「違うの。ペスカはね……ペスカはお姉ちゃんをすっごく励ましてくれたんだよ……ね」


 ペスカは満足そうに、けどちらっと明後日の方を向いて。


「ペスカ。ありがとう……」

「なに。私もガラス細工職人だからね」


 ペスカはそう言うと自分の膝を威勢よく叩きます。


「さぁ、おいで! ビアンゴ! 今日は私がビアンゴのお姉さんだ!」

「で、でもこれはちょっと……はずかし」


 言いながらもビアンゴがおずおずとペスカの膝に座ると、


「いいから。ほら、あーんして」


 ペスカはバゲットを持ち出し、その端っこをちぎってビアンゴの口に運びます。


「あー」

「あー!」


 末っ子が羨ましげに言いますが、ビアンゴは口をもごもごさせながら屈託のない笑顔を浮かべると、妹たちに言うのでした。


「これはだめ。今は、私の番だから」


 人間が生きることはとりあえず地球や捕食される動物には迷惑です。そんな私たちが今更迷惑ってなんでしょうか。


 かけないことを気にするより、かけてからのアフターケアを大事にできればそれでいいと思うのです。


 誰でも誰にも迷惑かけてる私たちだから、いつも心にガラス細工職人。


 そうして職人たちの日々は今日も続いていくのでした。




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