第三章・7
ちょうど昼食時。この国の人たちは何よりも食事を大切にします。昨今は仕事によりけり夕食が文字通りの晩餐になることもありますが、もっぱらこの昼食、プランゾこそが一日の最大の食事になります。
ということもあって、ペスカ、ビアンゴの二人もまた出前を取ってもらってsheriffs officeで昼食をいただくことにしました。
ペスカは今日はお蕎麦。ジョージは同じカツ丼。ビアンゴとマイケルは炒飯を頼んでいます。
マイケルは適当な応接間に二人を招いて、炒飯をかきこみながら言いました。
「まぁともあれ、居候先が見つかってよかったな。もうあまり人に迷惑かけないようにしろよ」
「何のことだろう? 迷惑? 私の広辞苑にはやっぱり載っていない。ビアンゴ、知ってる?」
「ええと……」
「お前のおかげで、俺は昨日デートまでキャンセルしたのに結局、何もなかったんだぞ」
「その代わり次会う時が一層楽しみにできるじゃろ。むしろその時には私に感謝することだろう」
キレッキレのペスカの返しにマイケルは何も言えなくなります。
「ビアンゴちゃん、だっけ。こいつ、いったいどういう奴なんだ」
「うーん。私もまだなんとも……」
ペスカが器用におはしを使って蕎麦を吸い込むのを見ながら、ビアンゴは健気に笑って言いました。
「でも、面白い子です」
「ふーん?」
マイケルはどこか憮然としながらも、
「まぁいいけどさ」
そう言って再び炒飯をかきこみました。
というのも、ビアンゴの意見には正直一理あると思ってしまったのです。理屈とか計算とかそういう考えがペスカを見てるとアホらしくなる。……そんな魂を感じて。
「ペスカ」
「……ん?」
「美味いか。蕎麦」
「……美味いが?」
「そうか」
けれどもその一方で昨日の慟哭したときのように、一見変哲なく振る舞う彼女の根っこに深い傷や孤独があるのもすでにマイケルは知っているのでした。
まるで何も考えていないような年相応の無垢な振る舞いと、孤独に打ち震えながら恐怖と戦う二つの顔、そのどちらもがペスカで混在して、だからこそ一見しただけでは分からない難しさを。
「悪かったな、昨日。無理じいして」
「……え」
「俺も頭ごなしにお前のこと決めつけてたわ。たぶん。サイモン先輩のようにさ」
ペスカは驚いたようにマイケルを見つめると、すぐに口元を歪めた変な顔をして言いました。
「な、なにが目的ですか……?」
「謝ってんだよ! 素直に! ……ったく、ちょっと甘くしたらすぐこれだ……」
「貴様が気持ち悪いことするからじゃ」
ペスカはおわんを両手で持ち、蕎麦汁まで平らげながら続けます。
「私は謝ってほしいなんて言ってないじゃろ。それに——本当に嫌だったら二度とこないよ」
「え……」
今度はマイケルの番でした。
「……だから運ばれてやったわけだが、礼には及ばないと今日は伝えにきたんだ。勘違いするなよ、人間」
なにやら奥歯にものがつまったように口をごもらせるペスカの態度……いえ、これが彼女なりの……。
面白い子。
そう言ったビアンゴの言葉が少し遅れてマイケルの腑にも落ちたようで、彼もぷっと軽く吹き出して言います。
「いやだって、昨日はあんなに泣いたじゃないか」
「昨日の私はもう死んだ。今日の私は——昨日より少し変わってるんだ」
「そうかい」
食事が終わると、アフタヌーンティーにほうじ茶を入れます。デニムの私物ですが、大人の世界ではときどきこういうことが起こります。
マイケルはほうじ茶を二人と、後輩のジョージにも振る舞いつつ話を続けました。
「この街平和だろ? 特に事件とかも起きないしさ」
ビアンゴも、ペスカも湯呑みを持ってじっとマイケルの話を聞いています。
「俺たちの仕事も治安維持ってよりはおばあちゃんの買い物の付き添いとか、ゴミ拾いとか、野良犬の保護とかそんなのばっかで……お前みたいなのがいると退屈しのぎにはなるかもな」
と、その時でした。応接間のドアが開かれて、また別の保安官が入ってきたのは——。
マイケルは見たこともないくらい真面目な顔ですっと立ち上がると、とたんに敬礼します。
入ってきたのは丸太のように太い腕、風船のように膨らんだ大きなお腹、そして全身が口の周りまで濃い体毛に覆われたクマのように大柄な男性でした。
ペスカの目が彼を見て——けれども煌めきます。
彼はジョセフ。このsheriffs officeの所長でした。慌ただしくマイケルの方に寄っていきます。
「マイケル、マイケル! 大変だ! これを見てくれ!」
「所長! どうしたんですか。そんなに慌てて」
「いいから、これだ」
そうして彼がマイケルに見せたのは長方形の紙切れが数枚。
「あ、これ! 今度の開幕戦のチケットじゃないですか!」
「そうなんだ! 町長とのコネでね、もらったんだよ。この間の交流戦で活躍したあの選手もこの選手も来る!」
「ええーいいなぁ! で、それを僕らに……」
ジョセフは怪訝そうに髭をしかめると、とたんにチケットを小柄な女の子のように胸にしまいこんでしまいます。
「なにを言ってるんだね。もちろん家族と行く。息子と娘と妻と最高のゲームを楽しんでくるよ。私は単に自慢しにきただけだ。ダッハッハッハッ!」
マイケルがわりかし本気の殺意にピキっているのも関わらず、ジョセフは事務所の外まで聞こえるような大きな声でひとしきり笑うと、ようやく足元のちっちゃな二人に目を留めました。
「それで……こちらの小さなお嬢さんたちは、どちらかな?」
「あーその二人は、えっと……」
マイケルが言いかけたところで、ペスカはすっくと立ち上がるや淑女然と姿勢を正し、聞いたこともないような澄んだ声で言いました。
「ペスカです。先日はこちらの事務所で大変お世話になりまして、本当に申し訳ありませんでした」
「ダッハッハ! 良い子じゃないか。世話になったって? え? そうなのか? マイケル。こんな可愛らしいお嬢さんが」
マイケルは信じられないものを見るように目を大きく見開いて、口も大きく開け、ペスカをまじまじと眺めましたが、ペスカの目はじっとジョセフをとらえて離しません。
ジョセフはさらにペスカの頭に大きな手のひらを落とし、包み込むようにぽんぽんと叩いていきましたが、ペスカは嫌がるどころか気持ち良さげに目を細めるではありませんか。
マイケルは切れ切れに答えます。
「あ……あぁ、えっと。と、通り魔的な事件を……」
「なんだと? このお嬢さんが? いったい何があったというんだ? 止むに止まれぬ事情があったに違いないね」
「いえ。私の不徳のいたすところで、街の人にたくさん迷惑をかけてしまいました」
「むむ。そんな哀しそうな顔をするな。ほら、おいで」
ジョセフはそう言うと腕を伸ばし、ペスカを人形のように抱き上げて腕に乗せてしまいます。
「人生は色々ある。時に冒険も、そうした火遊びも必要だろう。迷惑かけて、かけられて、そうやって人の間はつながっていくんだ。『私は誰にも迷惑をかけていません』ってそんな澄ました顔して生きてる奴らこそ私は信用しない。だから、人にたくさん迷惑をかけて、たくさん人の迷惑を受け止められる大人になりなさい」
「はい、ありがとう! おじさん!」
「ダッハッハ! よろしい! では、これにて無罪放免だ。笑顔が素敵なお嬢さんじゃないか! またいつでも遊びにおいで。ダッハッハッハッ!」
というのも、第一印象強面だけれどトゲトゲした逞しい髭をたくわえた木こりのような、クマのような、そんな大きな男性がペスカは大の好物でした。裏表がなく、また広い心を持ち、寛容でいて、目に映る全てを受け止めるような大柄なところが安心感をくれるのです。
事務所にはいつまでもそんなジョセフの豪快な笑い声とペスカの可愛げな嬌声が響くのでした。
ペスカは良い人を見分けるのも、上手いのです。




