第一章・1
あるところに小さなガラス細工職人がおりました。
いつも手には布巾とはたきを持ち、時にははしごを立てかけて、自分の身の丈ほどもある大きなガラス細工を磨き上げるのが彼女の仕事。
毎日、毎日、明けても、暮れても、彼女は点検を欠かさず、丁寧に、丁寧に磨きあげるので、そのガラス細工は細かな傷の一つもなく、いつも新品同様ぴかぴかで、美しい光沢を返していました。
彼女の名はペスカ。
ペスカは自分の仕事に誇りを持っていました。
だから、毎日大変だけれども、それも何ら苦労に思うこともなく、日々美しさを保つガラス細工を眺めては、まるで我が事のように嬉しく思い、または満足して眠りについていたのです。
ある日のことです。
突然現れた無慈悲な社会人の革靴がガラス細工を踏みつけて割ってしまいました。
ペスカはいたくショックを受けましたが、慌てて駆け寄ると、しかし社会人に文句を言うわけでもなく、まずかけらを拾い集め、一から丁寧に繋ぎ合わせ始めました。
「大丈夫、大丈夫。私は不屈のガラス細工職人だ。すぐ元通りになるからね」
そう言いながら、彼女は割れたガラスの破片で手を切るのも厭わず、せっせとその細工を組み立て直していきます。
その日からはセロテープと接着剤が彼女の仕事道具になりました。
ぺたぺた、ぺたぺた。
来る日も来る日も、ガラス細工の修繕にかかります。
ぺたぺた、ぺたぺた。
セロテープを貼り合わせ、ガラスのかけらをつなぎ、断面に接着剤をたっぷり垂らしては崩れないように慎重に乗せて、接着していきます。
時にははしごを立てかけ、自分の上半身ほどもある大きなかけらを、彼女の小さな身体で持ち上げては、大切に、大切に乗せていきます。
やがて、そんな彼女の献身的な介助もあって、ガラス細工は再び元の形と輝きを取り戻しました。
彼女は満足そうに額を拭い、ふーっとひと息。手拭いを肩から垂らして、やかんで麦茶を飲んでいると、今度は少年の蹴ったサッカーボールがとんできて、ガラス細工に激突。
直し終わったばかりのガラス細工をまたしても打ち砕いてしまいました。
ペスカは口を大きく開けて、真っ青になりました。
麦茶はじょぼじょぼ。
彼女はこれにもいたくショックを受けましたが、何のことはない、と、すぐに膝を立てて駆け寄ると、また一つ、一つ、かけらを拾い集めて、再び丁寧に繋ぎ合わせ始めました。
ガラス細工はまた粉々の有様でしたが、彼女の頭の中にはいつだって在りし日の悠然な立ち姿が思い描かれています。だから、どれほどばらばらになろうとも、いつでも元の通りに組み上げられるのでした。
ぺたぺた、ぺたぺた。
「大丈夫、大丈夫。こんなこともあるさ。壊れて元に戻るほどガラスは強くなるんだ」
彼女はそんなことを言いながら、すでにセロテープと接着剤に塗れて泥だらけだった手が一層その二つの道具で汚れていくのも構わず、またガラスの破片を積み上げていくのでした。
ぺたぺた、ぺたぺた。
セロテープを貼り合わせ、接着剤で補強する日々が続きます。
すると、それに見かねた一人の女の子がやってきて、こんなことを言いました。
「どうしたの? 壊れちゃったの? 手伝ってあげる!」
ペスカはいたく喜びました。
ずっとガラス細工の仕事に取り掛かる毎日で、友達ができたのは初めてのことだったのです。
その日からは二人でガラス細工の修繕にかかるようになりました。
道具を分け合い、作業を二人で分担すると、オブジェは一人の時よりもずっと早く、たちまち前よりも元気になるかのように、誇り高い元の形を取り戻していきました。
「ねぇ、もっと大きくしようよ」
そうしてガラスのオブジェが元の形を取り戻したとき、今度は友達がそう提案しました。
正直に言うとペスカは今のままの形、何もつけていない素の姿が何より好きでしたが、
他ならない初めてできた友達の言うことだもの。
と、オブジェをより大きくすることにしました。
ぺたぺた、ぺたぺた。
二人でオブジェをより大きく優雅に積み上げていく日々が続きます。
ぺたぺた、ぺたぺた。
それに、ずっと一人で作業をしていた彼女にとって、誰かと仕事ができるのはとてもとても楽しくて、同時に嬉しくて仕方がなかったのです。
長いこと一人でやってきたんだもの。
もっとずっと長いこと、二人でやっていたいと思っていたので、友達の提案は渡りに船でもあったのです。
そんな、ある日の作業のこと。
二人は小さいので、ガラス細工が大きく逞しく育つたび、より大きな脚立を使って高所の手入れをするようになっていたのですが、そこで友達の足がガラス細工に当たっていたのでした。
ふとそれに気がついて、ペスカはこう言いました。
「足、当たってるよ。大切なものだから、気をつけてほしいな」
「あ! 気づかなかった! ごめんね!」
友達の女の子もすぐにそう言ってくれたので、ペスカは安心して、その日は作業に戻りました。
ぺたぺた、ぺたぺた。
しかし、次の日もまた友達の足がガラス細工に当たっているのに気づきます。
ぺたぺた、ぺたぺた。
「また足、当たってるよ?」
「あ、ごめん。でも、作業に夢中になってると、当たっちゃうときも気づかない時もあるよね」
友達の女の子はすぐにそう言いましたが、ペスカはどこか言い訳のように感じて、今度は少し不安になるのでした。
次の日もまた二人で作業。
元の形を超えて、大きく、またさまざまな装飾の施された華美なガラスのオブジェになりましたが、友達の女の子が手を加えたところもあって、形はちょっと、いびつ。
ガラス細工に慣れない友達のことだもの。
とは思いつつも、ペスカはどことなく違和感を覚える出来ではありました。
それに友達の女の子はこの日もまたガラス細工に足が近く、ペスカは心配で、心配で。何度も、何度も、反対側をうかがってしまうのでした。
すると、友達の女の子はその心配性な彼女の目線に堪え兼ねて、いよいよこんなことを言いました。
「足、そんなに気になる? それってさ、私のこと信用できないってこと? ひどいんじゃない?」
確かにその通りかもしれない。
ペスカは思いました。
私はガラス細工のことはよく知っているけれど、ずっと一人で作業をしてきたから、共同でやる作業のことは分かっていない。こういうものなのかも、と。
「ごめんね。もう気にしないよ」
それで彼女は素直に反省して、友達の女の子にそう返したのでした。
また明くる日のこと。
しかし、友達の女の子は別の友達を連れてやってきて、こう言い出したのです。
「今日からこの子たちも一緒に仕事したいんだって。いいよね」
どこか図々しいような女の子の態度。
ペスカの頭の中ではさぁっと嫌な予感が走りましたが、昨日気にしないと言ったばかり。むげに断ることもできなくて、他の二人も迎え入れることにしました。
けれど。
そんなペスカの嫌な予感は的中しました。
黙々と装飾を付け加えていく彼女の視界の外で、ぱきぱきと音が鳴り、気がついて見上げてみると、装飾の一つが折れていました。
傍には装飾の断片を握った別の友達がいます。彼女はいたって申し訳なさそうに眉尻を下げると、こう言います。
「あ、ごめーん! 力入りすぎて取れちゃった……本当にごめんね? 今、なおすからいいよね」
またすぐ後、別の子の足が装飾の一つを跳ね飛ばしました。
その子は両手を勢いよく顔の前に合わせてこう言います。
「ごめん! 勢いあまって蹴っちゃった。本当にごめん! わざとじゃないから許してくれるよね」
ペスカは流石に腹が立ってきて、何か言ってやろうかと睨み返しましたが、最初の友達が間に入ってきてこう言うのです。
「二人ともまだ慣れてないんだよ。一人はすごく反省してるし、もう一人もわざとじゃないって言ってるからさ……私からも謝るよ。ごめん。だから、いいでしょ?」
初めての友達がそこまで言うんだもの。
ペスカはため息だけで済ませると、黙って仕事を続けました。
彼女たちが仕事に慣れていないというのは本当だ。それを信用しすぎた私も……悪いのだ。カバーできるところは自分でやればいいし、元々一人でやってたのを手伝ってくれているんだし……かえって作業量が増えているような気はするんだけども、そういうものかもしれないし……。
そんなふうに考えて、自省することにしたのでした。
しかし、日に日に、友人たちの仕事は粗雑なものになっていきました。
突然ナルコレプシーみたいに睡魔に襲われたと言ってはおでこをオブジェにぶつけてヒビを入れるし、休憩に淹れてきたという熱いお茶は的確にペスカめがけてぶちまけてくるし、ペスカからするともう手伝ってくれているのか、邪魔しにきているのかも分かりません。
一人は額に大きな絆創膏をつけながら、もう一人は自分で床掃除をしながら、
「ごめんごめん! わざとでもなければ、次はもっとうまくやるからさー」
それでもへらへらと笑いながらこう言うし、最初の一人も他の二人を庇うので、ペスカは友人たちを責めることはしませんでした。
慣れていないのなら仕方ない。
わざとじゃないなら仕方ない。
私がその分カバーすればいいんだから。
なにより初めてできた友達だもの。
しかし、そんな体たらくで作業が進むはずもなく、ガラス細工は中途半端に装飾をぶら下げたまま、一向に綺麗にはなりません。
終いに友達の三人は、自分たちが壊した痕に、慌てて駆けつけては懸命に直すペスカをかげで笑うようになりました。
「全部、私たちがやってるのにね。分かってないのかな。あの子、バカなんじゃないの?」
聞こえよがしにそう言われると、さしものペスカも我慢の限界でした。
正直に言うと一回殺してやろうかなとも思っていたのですが、そこは菩薩のごとき慈愛の精神でもってこらえていたのです。なのに、この仕打ち……ペスカは作業道具をセロテープからとんかちに替えると、代わりに、固く握りしめたそれを自らオブジェに叩きつけるのでした。
ぱりん、ぱりん。
がしゃ、がしゃ。
友達の三人は呆気に取られていました。
何度も、何度も、オブジェに打ち付け、友人たちと飾りつけた装飾品を隅から隅まで破壊して、果ては元の形の部分までも、ペスカは徹底的に粉々にしてまわりました。
職人のそんな姿を見て、恐れをなした三人は、
「こっわ……もう近づかないほうがいいよ。いこいこ」
最後にそう言い残して、二度とこなくなりました。
ペスカはふぅと一息。
ばらばらになったかけらをまた一から拾い集めて、作業道具をセロテープと接着剤に持ち直すと、一人で繋ぎ合わせながら、こう言いました。
「すまなかったね」
ぺたぺた、ぺたぺた。
「大丈夫、大丈夫。私は不屈のガラス細工職人だから。対処法もよく知っている。こういうときはね、一度崩してから積み直すのがいいんだよ。私はいなくなったりしないから。だから、また一から頑張ろうね」
ぺたぺた、ぺたぺた。
とんかちで叩いてしまった分、その手つきはいつにも増して、ガラス細工への慈しみが溢れているようでした。




