行宗道子の浮かび上がる過去3
「あらッ、どうしてそれをよくご存じだなんて、妹には会ったことがないんでしょう」
「神戸からいらした宇田川由香さんが、道子さんが亡くなられる前にお目にかかっているんです。その人から道子さんが三千院で一番好きな場所だと伺いましたけれど、あの場所にはそう謂う想い出があったんですか ?」
亡くなる前の妹にそんなお付き合いがあった人がいたなんて。
「そうだったの、ご存知でしたら丁度いいわね。あの宸殿から往生極楽院への通り道になる階段の端に滝川はぼんやりと佇んでいたそうです。その余りにも漂う悲愴感が道子には堪えがたかったんでしょうね『どうされました』と一声掛けたのが始まりだそうです。その階段に二人が座り込んで話をしていたそうです。まあ拝観ルートに座り込むんですから、観光客には目障りだったのにも関わらず結構長いこと居たそうなの」
そうか、二人にはきっと胸に沁みるのが有ったんだ。
「何を話されたんですか」
「それは詳しくは云いませんでしたから。ただ二人ともあの唄に酔っていたそうですから、その辺りじゃないかしら」
その辺りと言ってもここでその「女ひとり」の歌詞を知っているのは、この歌が下火になった頃のお母さんがギリギリの限界で、平成生まれのあたし達は誰も知らなかった。ただ夕紀だけは三千院の直ぐ側で喫茶店をやっていて、うろ覚えながら出だしは聴いていた。
どんな唄ですかと夕紀のお母さんに聞いても、母もまだ小さいときだから、それもしょっちゅう掛かってる曲じゃないから、何となく聴いたような感じだ。それを聞いて行宗恵子さんは「誰も知らないなんて、歳を取り過ぎて。これじゃあまるで浦島太郎ね」と笑った。




