片桐の母3
息子に急かされながらも芳恵は、ブレンドしたお茶をひと口飲んでのんびりと語り出す。
「最近になって食料の買い出しの時間を変えたところ山下さんと一緒になり、何度か見かけて顔見知りにはなった。それである日ね、ちょっと変わった食べ物を頂いてどう調理していいか解らなかったそうなの。まあ年の功で、それであたしが教えてあげたのよ。それから町中で会えば話すようになっただけで、わざわざお互いの家を行き来はしてなくてね。それでもけっこう山下さんの人柄は大体分かったわよ」
「それはたいしたもんだよ。内の店に来る連中は殆ど知らないんだから、酷い話があの家を貸してる大家の佐川までが毎月の家賃を受け取っていながら大した会話もしてなくて、初めてあの婆さんが大変な読書家らしいと、遺された本の山を見て想像するぐらいだから。店に来る男どもは、そんな婆さんがそう言えば居たなあと言う程度だからお母さんはたいしたもんだよ。それでどんな人だったんだ」
母に云わすと、どうも掴みにくい人らしい。それでここに長年住みながら、余り人付き合いを避けていたらしい。それが不思議な物で、ちょっとした切っ掛けで喋り出してから、どちらからとも無く会えば挨拶を交わすようになった。親しくし喋り出すと、ふとしたときなどには言葉の端々に、微妙なアクセントの違いに気付いた。どうも和歌山訛りらしいけれど、ひょっとしたら広島か山口かも知れないらしい、と幅広い講釈には参った。
「実家は聞かなかったの?」
ばあちゃんの要点を得ない話に、夕紀もじれたらしい。
「そんなもの聞けゃあしないわよ。ただこの辺りの人じゃ無いのは確かだけどね」
「でも大家さんの話だと、ここに来たのは四十年ぐらい前だと言ってたけどなあ」
「そうかね、でも山下さんは三十年ぐらい前だと言ってたわよ」
「お父さん、大体あの店に来る年寄り連中はいつも曖昧なのよ、それで惚けてるかと言えば、あたしの質問にはキッチリ受け答えしてくれるんだから、ええ加減な連中よね」
「そりゃあ夕紀みたいな若い女の子の観光客が店に来るとあいつら、がぜんと張り切っていろんな観光スポットをやたらと喋り出すから処置なしだよ」
どいつもこいつもお父さんの言うとおりだと夕紀は勝手に納得した。
「おばあちゃんは要するに山下さんに関しては読書家のちょっと変わった普通の人って事なんだよね」
こうなればあの家に乗り込んで生活感の痕跡から調べ直してやるしか無いか、と夕紀はおばあちゃん特製の煎茶を飲みながら結論に達した。




