桜木の真意1
出町柳の鴨川デルタで二人と別れ、桜木は自分の部屋へ戻り、再びパソコンと格闘する。あの家に遺された大量の本の価値をパソコンから得られる情報を元にして、売り出す値段を決めていた。桜木にしてみれば、大衆小説には全く関心を持たなかっただけに、あの家に在る本の価値観がいまいち評価出来なかった。次々と値段を決めながら、ふと片隅に山積みされた全二十巻の本に目を留めた。
あいつこれを本当に読むつもりなのか、その魂胆はなんだと最近気になりだした。そうなると今までの中里介山論は、あくまで出版社からの宣伝文の引用に過ぎない。まだ一巻しか読んだ事がないのだ。俺が関心を示したから美紀がこの本に興味を持ったのか。俺が目に留めたのはこれは母が読んでいたからだ。
俺はオカンになんでこんな本を読むの気になっただけだが。
「死ぬまで書いたんやさかいジックリ死ぬまで読むんやー」
とオカンに言われて、試しにページをめくったが今は読んでいない。根を詰めたとしても何が何でも読み切るには二年もかからんやろう。と机から離れて、窓を開けて遠くの比叡山を眺め、視線を近くの如意ヶ岳に移すと斜面の大文字が目に入る。
暫く眺めて開けっぱなしにするほど暑くはない。窓を閉めかけると、通りの向こうから美紀がやって来る。どうしたと訊くと、あの本を借りても良いかと言われ、良いと言うとそのままアパートの階段を上って来た。二階の窓越しに返事をしたにも関わらず、美紀はドアホンを鳴らした。エッ何でと思ったが、美紀は遊び心と律義な所を併せ持っている子だとこれで判った。
「どうしたさっき別れたばかりなのに」
エヘヘと笑いながら部屋に入ると、ちゃんと置いてるんだと片隅の本を見る。
「全部持って帰るか」
まさか、とりあえず一冊だけと手に取ると、桜木か用意した簡易テーブルの前に座った。さっきの店よりはまずいが贅沢を云うなと淹れてくれた。




