孤独死2
あの家は四十年も前の親父の代に賃貸契約して、それをそのまま引き継いで、親父が死んだ今は、貸した経緯なんか誰も知らないらしい。そのときの身元保証人も既に亡くなっていてなあ。それであの婆さん、山下道子は区役所に照合しても、住民票を登録してなくて旦那さんの籍にも入っていない、つまり内縁関係の奥さんでも、長く生活を共にしていれば厚生年金は支給される。タンスから出て来た預金通帳には四千万近い残高が有った。これは五年前に亡くなったご主人が掛けていた生命保険を受け取りそのまま残しているんやろう。これを当てにして家を業者に整理するが、身内が分からなければ遺産は国庫に入る。だから四方八方手を尽くして婆さんの身内、つまり四千万円の相続人を探している。心当たりはないか、見つかればその相続人から残された物の撤去費用を負担して貰うが、今のままではどうしょうもない。と佐川はいつもの遅いモーニングコーヒーを飲みながらマスターに相談した。
「先ずはその亡くなった旦那さんの戸籍から当たればいいんちゃうか」
「そうや、それが一番手っ取り早い」
「そんなことぐらい直ぐに考えへんわしやと思うか」
大家は開き直る。
「戸籍では旦那さんは昭和の十七年頃に大阪で生まれはった人や、それが令和になる前に八十代で亡くならはった」
「ちゃんとした戸籍があるんや、そしたら簡単なこっちゃ」
北村は相談が大げさすぎる、と佐川を揶揄すると、益々意固地なる佐川は、まるで子供みたいに喰って掛かってきた。
「それが簡単やないさかい往生してるんやッ」
そこで北村もその剣幕に、聞いてやろうじゃないか、と珈琲を一口味わう。
大家が頭を痛めるのは、そのご主人の戸籍にまつわるものだった。
それが旦那さんの戸籍は、大阪の空襲で家族とともに喪失した。唯一生き残ってまだ当時三歳だった山下さんの記憶で作成したものだ。覚えているのは両親と兄弟までで、それも当時の空襲で旦那さんを除く全員が死亡しており、祖父母や親戚は空襲のあの混乱で全く解らんそうだ。戸籍は戦後に彼が七歳で小学校に入学する時に作成された。当時三歳の子供では親戚なんか知るはずもない。それで亡くなった旦那さんからは全く手掛かりが掴めない。奥さんの山下道子さんも住民票はなく、年金も通帳も全て旦那さんから引き継いだものだった。




