宇田川由香が来る1
三千院はずれ道の喫茶店は早朝にはろくでもない客が来る。カウベルの音でその特徴を掴んでしまうほどドアの開け方がいつも決まっていた。片桐浩三は入り口を見なくても、カウベルの鳴り方で優香の来店を耳で解るようになった。今日もその忙しないベルが鳴り終わらぬうちにいつものカウンター席に着いている。
「今日は何の用だ」
「珈琲の味は申し分ないけれどいつもながら愛想のない人ね」
と言いながらも離婚をしたのは、家庭を顧みない昔の夫に愛想が尽きたからだ。そうは思いながら、今の浩三の変貌ぶりに優香は複雑な気持ちだ。
「秀樹が三浪は嫌だと言い出したのよ」
ホウー、あいつもやっと自己主張し始めたか。
「良いことだ、いつまでも親離れ出来ずに自分の殻に閉じこもって親のスネかじりする、いや今はなんかニートと云うらしいが中身はたいして変わらねぇが、しかしお前から自立しょうなんてやっぱり育て方を間違ったか」
「間違ってはいやしないわよ。今まで良い子にしてたのに、夕紀が入れ知恵してハッパを掛けるからよ」
「矢っ張りお前の育て方は世間から見れば間違ってる。俺の育て方が良かったんだ」
「何言ってんの、あんたはあれからも家庭をほっぽり出していたそうじゃないの。結局はあの婆さん任せでよく言うわね」
「お袋の事をよくそん風に云えるなあ。今から思えばお前は芳恵とそりが合わなかったのが最大の理由じゃないのか」
これには優香は答えず、話を振り出しの秀樹に戻した。どうやら愛想を尽かしたのは俺じゃないと短い沈黙が語っているようだ。




