孤独死した家の調査3
じゃあその美味い珈琲を飲みに行くか、と意見が一致して、夕紀のお父さんの店へ向かう。
「しかしここら辺りは長閑でいいなあ、これじゃああれだけ本が増えたのも俺なら納得出来るなあ」
しかし殆どが昭和の大衆小説ばかりだった。山本周五郎、大仏次郎、長谷川伸、山岡荘八、もう数え切れんほど並んでいた。特に目に付いたのは吉川英治の宮本武蔵、中でも中里介山の大菩薩峠はすり切れるぐらいかなり読み込まれていた。他に臼井吉見の安曇野、北杜夫の楡家の人々などなど。
「大菩薩峠ってどんな本なの」
桜木の目録に美紀が気になり訊ねる。
「独りの武士が大菩薩峠で旅の老巡礼者を訳もなく切り捨てた所からこの侍は盲目になり、その一生涯はその怨念から逃れられずに彷徨う物語なんです」
「なんか重苦しい本なのね、それで最後はどうなるの?」
重苦しいでなく、人間の持つ自我との葛藤で剣を奮い立たせて切る真の相手は己の煩悩で、自己を飽くなき追求する物語と桜木は解釈している。
「ウ〜ン最後は解らない。だって作者の中里介山が亡くなって絶筆になってるから。ゆわば死ぬまで書き続けた未完の小説なんだ。だから終わりの暗示のない作品で中里介山は不動の姿勢を貫いている。だから大菩薩峠は中里介山が死ぬまで書き続けた本だから読む方も死ぬまで読まなあかんと云う人も居るぐらい読みようでは凄いらしい。それは仏教思想に駆られて人間の業の深さを追い求めてるからだ」
書いた人の真髄を求めるなら、死ぬまで読み続けなければ迫れない。まあ、それだけの洞察力が伴う作家なのかは読んでみなければ判らないが。
この本はある意味で、亡くなった山下道子さんが愛読したらしいが、それと同様に作者の生き様は死ぬ間際まで解らないと桜木は言っている




