三千院へ4
「矢っ張り街の北外れだけ在ってちょっとは寒いわね」
「だから恋に疲れた人がやって来るんじゃないの」
恋に疲れた人には青く澄み透った沖縄より、北国を目指すように。プチ失恋には三千院は持って来いだと美紀は言う。プチ失恋ていったい何なの、と夕紀が笑いを抑えて突っかかる。
「告白なしの一方的な片思いかしら」
ニットにジャケットを羽織った美紀と、同じくジーンズにジャージーの夕紀達のパンツルックに、失恋した女性がそんなカジュアルな服装で来るか、と男達に言われる。
「恋の逃避行に服装は関係ないわよ」
「逃避行じゃないだろう三千院は」
「じゃあ何なの」
「次の恋への充電期間でリフレッシュ行動だと俺は思う」
「へえー、それは何の本に書いてあるのかしら」
桜木の云う恋は、本からの入れ知恵で本当の恋は理屈じゃない、実践在るのみと美紀は囃し立てる。
「じゃあ、お前らは本当の恋をしたことがあるのか」
エヘヘと美紀は笑うと、そんな恋は島根に置いてきた、と高校時代の恋をあっけらかんに喋るから、みんなポカーンと聴いている。そして宍道湖に落ちる夕日のような恋だったと締めくくられた。
上手く逃げたなあ。要するに何だそれは、プラトニックじゃないのか、と所詮は高校時代の恋はそんな片想いの青春日記の一ページを飾る物なんだ。と桜木は小馬鹿にしたように反論した。
「じゃあ桜木さんは今まで読んだ本の中で一番ジーンと来たのはあったの」
何なの埋もれ木のように閉じこもった男が挙げる恋って、何なのと夕紀は訊ねたい。
立原道造の『優しき歌』を取り上げて、初夏に静養で来た信州信濃の追分駅で水戸部アサイと会って、その翌春に短い生涯を閉じた。俺はこれこそが真実の愛だと思う。
フン、何それ、宍道湖に落ちる夕日とどう違うって云うの、と美紀に貶されてしまった。




