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片桐浩三4

 彼女は神戸からひと月前にここへやって来て、山下道子さんと出会って、三千院を親切に案内してもらった。今度来るときは向こう側の寂光院も案内したげる、と云われたそうだ。それを楽しみにして教えて貰った住所を探していたら、ここに迷い込んだらしい。

 片桐は慌ててその人の年格好を訊くと間違いなそうだ。片桐はひと月前の様子を詳しく教えて欲しいと彼女に頼んだ。隣で聞いている優香にすれば一体何なの、片桐のこの慌てようは、と不思議な顔で見守っていた。

 ひと月前に来た真冬の三千院は凄い雪でした。門前のあの石段は除雪されても直ぐに踏みしめられて、ペンギンのようにそろりそろりと登ったのですが、ペンギンのようにはいかず滑り落ちてしまいました。一番下まで落ちなかったのは直ぐ後ろで支えてくれた山下道子さんのお陰で、大した怪我もなく済みました。

 神戸から来て慣れない真冬の三千院の石段も、手慣れた様子で受け止めてもらい、一緒に同行してもらえて私には心強い人でした。

 よく聞けば、山下さんは宸殿から往生極楽院が真正面に見える場所が好きで、彼女は三千院へ来ると、そこに暫く佇んで居ました。何でもそこに在る阿弥陀三尊坐像(阿弥陀如来像、観音菩薩像、勢至菩薩像)が安置されたお堂に向かって、そこで瞑想するそうです。それは極楽浄土に居て、人々を救う仏さんらしいです。山下さんはここへ来ると必ずお詣りすると言ってました。

 あたしも隣に座って一緒に瞑想させて貰いました。でもまだ七十二歳と聞いていますから、それに門前の石段を登られるときには、もっと若く感じられた人ですからとても信じられません。多分血圧が高かったせいでしょうか、急にそんな風に亡くなられるなんて、と彼女は珈琲をたしなむとそのまま帰られた。

 この時ばかりは出て行く彼女が開け閉めしたドアのカウベルが、仏壇のおりんのような音色に響いた。彼女を見送った二人も、店に居るお客も、閉じたカウベルの奇妙な音がしたドアを注視していた。


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