滝川の告白1
「あんたの顔を見てつくづく悟ったよ。西行には俺は到底及ばないと」
願はくは花の下にて春死なむ
そのきさらぎの望月のころ
滝川はそこで西行が死の数年前に詠んだ句を披露した。二十代で出家して僧侶として全国を行脚した西行は七十三歳で亡くなり、当時としては長生きした方だろう。
「桜木さん、彼は本当に捨てた妻子を顧みる事はなかったんだろうか」
「いや、それは有ったでしょう。多分西行は桜を愛したように、奥さんも愛したと思います」
彼が詠んだ二千首の内、その一割が桜を詠んだ歌だ。おそらく桜と妻子を重ね合わせていたと桜木は考えた。
「それは滝川さんだってそうでしょう。愛車を捨てても街角で最新の車を見る度に郷愁に誘われる。西行だって毎年桜を見る度に健気に散る姿に重ね合わせていたからこそあれだけ詠んだでしょう。しかもこの歌の通りに新暦にすれば三月下旬に桜の花の下で息を引き取るんですから」
「凄い強い意志なんですね」
と美紀は言った。彼の生き方には謎が多い、かなり未練がましさを隠すために出家して、外面の体裁を整えたかも知れない。でもとにかく真っ直ぐな生き方を求めたことは確かだと桜木は思った。
「だから美紀が今読んでるあの本も、中里介山が全てを曝け出してるとは限らないし。またその方が読み手には考えるように書いていると判れば美紀も大したもんになれるよ」
「滝川さん、道子さんはどんな短歌を詠んでいたんですか」
突然、夕紀が割り込んで来た。




