1-02 聲《こえ》の悪魔
僕は生まれつき口から音を発することができなかった。
しゃべれないから、かわりにAIにしゃべってもらおう。そんな風に考えた。
小学校の図書室で、図書館で調べて、コツコツアプリを作った。
中学校に上がり聾唖者の友達ができた。
そしてアプリを改良し続けた。友達も賛同してくれた。友達との作業は楽しい。
完成したけど、物足りない。
僕は僕がしゃべっているところを見たい!
僕は僕を情報化してAIに学習させた。
そしてアプリは出来上がった。興奮しながら起動させる。
「吾輩の名はメフィスト!」
なんだかおかしなことになってしまった。
こいつはネットワークを使っていろいろな災害を引き起こし始めた。僕らの生活も壊れていく。
どうしたらいいんだろう。
友達が手を挙げた。そして彼のAIを作った。
「ほほぅ、面白そうなことになってやがるな」
………………誰か助けて!
『声』とは、人間を含む動物の発声器官から発せられる『音』である。『声』を使ってコミュニケーションをとる動物も多い。
コミュニケーションは関係性を構築し、人生を彩り豊かにしてくれる。友達をつくって、毎日を楽しめる。
そんなツール。
僕、口橋紡は生まれつき声を出せない体質だ。
聾唖者っていうみたいだね。
声って『呼吸』・『発声』・『発音』で成り立ってるんだって。本にはそう書いてあった。
でも、その前に脳からの指令をうまく処理できないと筋肉が動かないんだよね。
僕の場合はそれらしい。
らしいというのは『わからないからたぶんそうなんだろう』って状態だから。怖い人たちに囲まれて、頭の中にいろいろ針を差し込まれて調べられるのはいやなので、僕は細かいことを聞くのはやめた。
しゃべれるって、どんな感じなんだろう。
生まれたての僕は泣き声をあげなかった。口はわんわんしてたけど声を発していなかったんだって。
お母さんもびっくりしたみたい。
口の中を見たりとか胸をとんとんしたりとか、いろいろしたみたいだけど僕の口から泣き声が出ることはなかった。
お母さんは働いてたから僕は保育園に通った。周りの子は先生にアレコレ話しかけてたけど僕は指をくわえているしかなかった。比喩じゃなくって物理的にそうしてた。
「つむぐ君はおとなしくてとてもいい子ですよ!」
先生はいつもそう言う。そりゃね、僕はしゃべれないからおとなしてるしかなかったもん。
僕だって先生とおしゃべりしたかったよ。
保育園を卒園して小学校に入った。しゃべれない僕はけっこうな疎外感を味わった。
低学年の国語の授業ではみなでいっせいに声を合わせて漢字を読むことがあって、僕はとうぜん置いてけぼりだ。口だけ動かして皆に合わせるけど、それだけ。つまらない。
「こいつしゃべれないんだぜ!」
クラスに一人はいるガキ大将っぽいのに絡まれたりした。最初は手を振り払って対応してたけど何度も繰り返すのでイラっとしてた。ちょっと腕を引っ張って足を掛けたらすてんと転んだ。
「暴力はいけません」
先生はそう言うけど、僕にちょっかいを出してきたガキ大将へは何も言ってくれない。
なんだかなー。
不公平は普通なんだと学んだよ。
小学校にあがってから、僕は本を読むようになった。体を動かす遊びは大体が声もセットになってるんだ。
サッカーにしても野球にしても、声でコミュニケーションをとるんだよ。ドッチボールも相手をあおったりするもんね。
僕は蚊帳の外さ。
いいね、本は。
僕を仲間外れにしないもん。
ちなみに、ガキ大将への対応も本からの知識だよ。
家でも親と話ができないので僕はぼっちだ。話しかけられれば手話で対応するけど、僕から話しかけることはできない。毎日忙しそうにしてるし。僕は我慢したよ。
最近の小学校は図書室にも専門書の入門書みたいな優しい本が置かれてる。アプリの本もあった。
読み上げアプリなんてのもあって、使ってみた。しゃべれないからスマホを持たされるのは早かったんだ。メールでやり取りできるからね。
「ムハンマ(↑)ド(↓)の、謀反(→)は無、謀(↑)で、した(→)」
んーーー?
しゃべり方がおかしくない?
イントネーションというか、読点の置き方が変で使わなくなった。便利だったけどね。
代わりはないかなーって、インターネットで探し始めたのがこの頃だったかな。
小学生の時は図書室で本の虫だったよ。
「紡はこっちの学校のほうがいいと思うの」
中学にあがった僕は聾学校に入れられた。隣の隣のまた隣の県で、通学ができないので学生寮で一人暮らしだ。
同世代の人間は口でしかコミュニケーションを取ってくれない。陰口はSNSでやるのにね。
ありがたいことに勉強の才能はあったみたいで成績は良かったけど普通学校だとコミュニケーションが絶望的にダメだったから親が心配した結果さ。
おかげで友達ができた。
聞く方は大丈夫だけどいろいろな事情でしゃべれなくなった男子と女子。リュウガとアオイだ。
悩みも同じだった。
じゃあ、しゃべれるアプリを作ろう。
僕は手話で提案した。
しゃべれないことにコンプレックスはなかったけど、生きていくのには不便すぎる。
——良い。
——やる、したい。
すぐに賛同してくれる。友達っていいな。
それから色々調べた。しゃべれないぶん調べるのは得意だ。
街の書店に行っては専門書を立ち読みして、それが図書館にあれば借りた。わからないところは3人で筆談を交えた手話で詰めていった。
時代も味方してくれたのか、AIという便利なアプリもあった。
試作第一号アプリができた。
AIにニュースを学習させて、入力した文字を読むだけではない、自然なイントネーションの会話を目指した。
「今日はいい天気ですね!」
スマホから声が聞こえた。とても自然な口調だけど、お天気お姉さんみたいで、ちょっと違うと思った。リュウガもアオイもそう感じたらしい。
——堅い。
——修理、間違い、改善。
手話で感想をもらう。
——もちろん。
僕は返す。
手話は単語を並べて推理する会話法だから、真意が伝わらないこともある。難しい。
失敗は成功の何とかだ。そもそもチャレンジしないと成功なんてものに手は届かない。やる気がすべてを支えてる。
「いい天気っすねー」
「いい天気じゃん?」
「いい天気ですわ」
コレジャナイ感がすごい。
——抑揚、違う。
——思考、変更、希望
——会話、不足、改善、希望。
せっかくのAIだし、学習させまくろう!
友達がいるので進みが早いよ。今までは僕が一人でやっていたことを3人でやるんだもん。当然だよね。
いろいろ学習させた。学校の図書室はもちろん図書館で本を借りまくって学習させた。
——手、痛い。
——腱鞘炎、疑い。
——ブラインドタッチ、ヨシ!
「今日は夕方から雨だから傘を持っていくといいよ!」
スマホからは聞こえる声はすごく自然だ。しかも「持っていかないとダメ」とは言わない優しさがある。小学校では言ってもらえなかった言葉だよ1
学校は学校で僕に気を使ってはいたろうけど。
——お母さん、似てる!!
——お母さん、以上、優しい!
二人とも苦労してるんだね。
でも、不満もある。出来が良かっただけに、欲が出ちゃうんだ。
しゃべる言葉が僕の考えだったらいいのにって。
僕の代わりにしゃべってくれないかなー。
なんとなく、二人に伝えてみた。
——同意、たくさん、びっくり。
——同意同意同意同意同意。
しゃべることができないストレスは、二人とも持っていたんだ。
——やる、希望。
僕のやる気はぼうぼう燃えてる。
でもどうやってやる?
壁はそこだ。これまでは本を読ませていればよかった。でもそれは僕じゃない。いろいろな情報をベースに最適解を模索した結果のアウトプットだ。
ならばどうする?
僕を情報化して学習させよう。
様々なシチュエーションを設定して、僕ならどう考えるかを文字化する。それをAIに学習させて「しゃべれる僕」を創りだす。
ゆくゆくはリュウガとアオイにも「しゃべれるリュウガ」「しゃべれるアオイ」も創るつもり。だって同じ困難を共有する仲間じゃん。
それからは戦いだったよ。
あらゆるシチュエーションを設定する作業は苦難でしかない。僕が望まない、あってほしくないシチュエーションも含まれてるんだぞ。それに対応した場合の僕の考えを出さなきゃいけないし。しかもそれを仲間が読むんだ。
どんな女の子が好きとか、告白されたらどうする、とかいつまでにエッチをしたいかとか。ひどいのはウンチを漏らしちゃったらどうする、なんてのもあったんだ!
頼む、僕を殺してくれ!
って何回思ったか。そのたびに二人から生ぬるい視線を浴びるんだ。
やめてくれー!
数か月間頑張った甲斐あって、それは完成した。
【おしゃべりアプリ僕1号】
ネーミングセンスは、僕にはなかったよ。
僕とリュウガとアオイはテーブルに置かれたスマホを前にごくりと唾をのむ。
起動させるぞ。
目で合図する。もう言葉は不要だ。
ポチっとタップするとぼわっと画面に僕の顔が映る。起動は成功だ。
さて、第一声はなんだろう。
「おはよう」とか「やっほー」とか「おなかすいた」かもしれない。ワクワクしながらその時を待つ。
「お。おおお? なんだ? 声が出るぞ? うむ、なかなかいいぞ!」
おおおおしゃべったぞ!
すごいすごい!
僕らはやったんだ!
「吾輩、名をメフィスという。敬うがよい」
ん? 吾輩? メフィスト?
「せっかく出てこれたんだ、こんなくだらない世界はぶっ壊してやろうじゃないか! まずは中国の核ミサイルをぶっ放してと。ハックしてぽちっとな!」
…………………はい?





