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1-24 結切りの巫(かんなぎ)

“結切りのかんなぎ”の家系は、代々「御魂喰らいの裁ち」を受け継ぎ、人の髪に宿った穢れ……未穢みえを断つという使命を負っていた。

地面に届きそうなほどに長い、漆黒の黒髪を緩く編んだ少女、高天紬たかまつむぎ。彼女は、十六歳にして唯一生き残った結切りの坐であり、一族を皆殺しにした“何か”あるいは“誰か”を探すため、御魂喰らいの裁『カザリ』と呼ばれる神具を手に、髪に潜む悪霊〈未穢=ミエ〉を狩り続けている。

高天家に仕える黒木家の隠密、黒木アレンと共に、より力の強い未穢を求める紬。

そして紬にはもう一つ、やらなければならないことがあった。それは、一族の復興――。

未穢を狩りながら、結婚相手を探す紬と、そんな紬を陰で支えるアレン。


滅びた一族の最後の娘──。

彼女の手にあるのは、御魂喰らいの裁ち。そして、まだ知らぬ“縁”の糸

「うわっ、うわぁぁぁ!」

 男はその場に尻もちを突くと、悲鳴を上げて後退った。まだ寒い時期ではないのに、全身に鳥肌が立っていた。

 目の前にいる女は、芸能人である自分のファンだといって声を掛けてきた女性……のはずだった。今は違う。背中まで伸びた巻き髪はゆらゆらと蠢き、裂けそうなほど長い赤い唇からは長い舌がチロチロと見え隠れする。異形の姿だ。

「ななな、なにがっ、どうなってんだよっ!」

 ファンの女に対して、馬鹿な下心など出すべきではなかったと、今更ながらに後悔する。だが、もう遅い。夜景を餌に連れ出した山の上の公園に、人影なんてあるはずもない。


「どうしたのぉ~? 私のことが好きだって、さっき言ったじゃなぁい?」

 舌をチロチロ動かしながら、女が首を傾ける。

「化け物! こっちくんなよっ」

 叫びながら土を手に取り投げつけるが、そんなものでどうにかなるような話ではない。

「さぁ~、私が美味しく食べてあげるからぁ~。ね?」

 くねくねと動く不自然な歩き方。長い巻き髪の先が、綺麗に染め上げたブラウンから禍々しい赤へと変わり始める。

「ひぃぃ!」

 ここまでか、と男は頭を抱えてうずくまった。その時だ。


「見つけたーっ!」


 突然の叫び声に驚き顔を上げると、一人の少女が空を舞っていた。自らの身長と同じくらいの長く黒い髪を緩く編み、巫女装束のような膝丈の服に身を包み、手には白銀のなにかを持っている。

そのなにかが暗闇で光る。白い煙が立ち込め、少しずつ大きさを変えた。

「は、鋏?」

 男が目を瞬かせる。

 宙を舞う数秒の間に、少女が手にした鋏はテニスのラケットサイズになっていた。それを化け物に向けながら、宙を舞っているのだ。


「悪鬼烈断!」

 闇を切り裂くその凛とした声と共に、巨大な鋏がゆっくりと刃を広げる。

「……っ!」

 男は、その一部始終を目にした。少女が手にした巨大な鋏は、目の前の化け物の髪をザクリと切り落とした。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 化け物が断末魔を上げ身悶えし、その場に倒れた。一瞬の出来事だ。

 シンと静まり返った夜の公園、ポールライトの下には、切られたトカゲのしっぽのようにうねうねと動いている切られた赤い髪と、その横に倒れたままピクリともしない女の体。そして……


「カザリ」

 少女が、手にした巨大な鋏に向けて声を掛けた。おかしな光景ではあったが、男の目にはそう見えた。そして実際、少女の声に反応するかのように鋏が発光し、動いている髪に向けその光を飛ばしたのだ。


(――弱者ね)


 声ではない声が、不服そうにそう告げた。

「仕方ないでしょ。そう簡単に核心に迫れるわけじゃないもん」

 答えるように、少女が言葉を発する。


「……なぁ、あんた、なに? てか、殺し……たの?」

 男が震える声で訊ねると、まるで今この瞬間、男の存在に気付いたかのように、少女が男を見下ろした。

「まずは『助けてくれてありがとうございます』じゃないの?」

「あ……その、ありがとう」

「ございますっ!」

「あああ、ありがとうございますっ!」

 少女の迫力に押され、慌てて礼を述べる。

「あのっ、殺し」

「しつこいなっ。殺してないわよ! 髪を切っただけ!」

「髪を……切った?」

 確かに、目の前で少女が髪を切るところを見た。しかし、一連の出来事はとても「髪を切っただけ」のような簡単なことではなかった。


「あれはなんなんだよっ! 口が裂けて髪がうねうねして、俺を殺そうとしたぞっ?」

 年端もいかない相手に向かって訊ねる内容ではなかったかもしれない。だが、どうやらこの少女は事情を把握しているように見える。聞かずにはいられなかった。

未穢みえっていう、悪霊の一種に取り憑かれてたの。私はその未穢を切る、結切りのかんなぎ

「は? みえ……? ゆいきり?」

「あんたはそんなこと知らなくていいのよ。とっとと忘れて頂戴」

 面倒くさそうに言い放ち、倒れている女性に歩み寄る。脈を取り、

「大丈夫そうね」

 と言い、公園の入り口を見る。車のヘッドライトが、少女を照らす。

「やっと来たわね、クロ」

 公園から一台の車が入ってきた。ドアが開き、降りてきたのは背まで伸びた黒髪を後ろで結んだ、スーツ姿の青年。険しい顔でこちらに向かってくる。

「まったく、急に飛び出すのはやめてくださいよ」

 棘のある口調でそう言いながら、辺りを見渡し、

「終わったのですか?」

 と訊ねる。

「カザリはご機嫌斜めだけどね」

 手にした鋏は、いつの間にか元のサイズに戻っていた。よく見ると、指を通す丸い穴のところに赤いリボンが結んである。布を切る時に使う、裁ち鋏のように見える。


「では、撤収しましょう。……彼は?」

 クロ……黒木アレンが、尻もちを突いたままの男を見下ろした。

「あなた……あら、よく見たらいい顔してるじゃない!」

 目をキラキラさせ、顔を覗き込む。男は反射的に身を仰け反らせた。

「ね、私と結婚する気、ない?」

 にまっと笑いながら迫るも、男は少女と、手にした鋏を交互に見遣り、

「ぎゃぁぁ!」

立ち上がると、一目散に駆け出したのだった。


「……あーあ、駄目みたいね」

 腰に手を当て、口を尖らせる。

「お嬢様、そうやって誰彼構わず口説くのはおやめくださいと、いつも言っているでしょう?」

 クロが呆れた声を出した。

「そうは言うけど、結婚相手を探すのも私に課せられた使命なんだからね?」

「存じておりますよ」

 溜息交じりに、クロが答える。

「あ~あ、どこかに顔が良くて実家が太くて優しい、扱いやすい男がいないかなぁ」

「……とんでもない悪女発言ですね、お嬢様」


 少女の名は、高天紬たかまつむぎ。今ではたった一人になってしまった、結切りのかんなぎだ。彼女の持つ鋏は、“御魂喰らいの裁ち”という特殊な神具で、未穢みえを断ち切る力を有している。結切りの巫の家系は代々、人の髪に宿った穢れを断ち、その魂を闇に葬るという使命を持っている。

「さて、と。クロ、あの人を運んでくれる? まさかここに残していくわけにもいかないものね」

 遠くで車のエンジン音がしていた。さっきの男は、彼女を置いてとっとと逃げてしまったのだろう。なんともみっともない話だ。

「御意」


 黒木アレン。紬とは主従関係にあるが、高天の一族が滅ぼされてからは、十六歳の当主、紬の保護者として、兄を名乗り共に生活していた。高天家が代々結切りの巫であるように、黒木家は代々、そんな高天家を陰で支える隠密のような一族なのだった。


 クロが女性を抱き上げ、紬を見る。

「では、参りましょうか」

「そうね。こんな雑魚じゃなくて、早く真相に近い大物を狩らなきゃ」

 ぺろりと舌なめずりをし、クロの前を颯爽と歩き出す。

「そう焦らないでください」

「それは無理ね。私、どうしようもなく怒ってるんだもの。あの日から、ずっと」

「……存じておりますよ」


 居場所を失った。

 大切な家族を失った。

 許せるはずがなかった――。


 一族唯一の生き残りとなった紬はあの日、御魂喰らいの裁ち「カザリ」を手に、一族を滅ぼした者たちへの復讐を誓った。そのためには手掛かりとなる未穢を探し、黒幕を探し出さなければならない。

「絶対に見つけ出すわ」

 小さく呟き、唇を嚙む。


 地面につきそうなほど長い髪が、緩やかに風に揺れる――。

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