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1-22 侵攻する我が家――転生少年とダンジョンの魔王譚

 八歳で命を落とした少年・悠人ハルトは、異世界で最強のダンジョンマスターとして蘇る。

 だが彼が求めたのは力ではなく、家族の愛だった。

ハルトは攻撃担当と防衛担当の二体を“父と母”として穏やかな日々を得る。

 やがて聖女ラフィアと友情を結ぶが、彼女を使った『聖なる鉄槌』により世界は滅亡の危機に陥ろうとしたとき、ハルトは阻止するべく立ち上がる。

 少女を守るため、ハルトは自ら魔王として君臨を宣言し、ダンジョンとともに世界へ進撃する道を選ぶ。

 これは、絆を求めた少年が、守るために魔王となる物語。

「次のニュースです」

 男性のアナウンサーが淡々と読み上げていく。

昨日さくじつ朝五時頃、××県××市のアパートのベランダで前橋悠人(まえばしはると)ちゃん七歳が倒れていると新聞配達員からの通報があり、警察が心肺停止の悠人(はると)ちゃんを保護しましたが、その後、搬送先の病院で死亡が確認されました。死因は低体温症とみられています。悠人ちゃんの全身からは、暴行を受けたとみられる複数の傷が確認されており、体重も五歳児の平均に近い状態だったということです。警察は、両親である前橋拓人(まえばしたくと)容疑者三十一歳と前橋香奈美(まえばしかなみ)容疑者二十八歳を、保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕しました。警察は、日常的な虐待がなかったか、詳しく調べています」

 そのニュースを聞き終えた娘は眉をしかめて母に言う。

「酷い! 子供よ? しかも実の子に。昨日なんて寒波が酷かったじゃないの。虐待っていつもいつも腹が立つわ」

 母もうなづく。

「本当。死なせるくらいなら産まなきゃいいのよ」

 このニュースを見た日本全国の人々の大半はそうやって憤り哀れな少年の人生を悼んだ。

 こうして、悠人の人生の最後は悲惨な事件として消費され、終わった――はずだった。

 

 あまりの寒さに朦朧(もうろう)としていた悠人だったが、気づけば暖かい手で撫でられた。凍えるような風も無く心地よい暖気が身を包んでいる。お母さんとお父さんが家の中に入れてくれたのかな――そう思いながら目を開けると、

「お帰りなさいませマスター」

 銀髪の美しい女が無表情にささやいた。ほそっこい悠人の体を宝物のように抱きしめ膝に乗せている。

「ここどこ、だれ」

 怯えた姿を隠さず悠人は呟いた。女は軽々と悠人を抱き上げたまま、一段高い場所にある立派な椅子に座らせた。高い天井の広間にあるそこは、まるで玉座のようであった。女がぬかずき、無表情のまま淡々と言葉を返す

「私は防衛機構統括です。ここはマスターが作ったダンジョン。あなたはダンジョンマスターと呼ばれた御方です。マスターは常にお忘れになりますので、私は常に説明をいたします。真の不死を求めて、魂の流転を極め、その術でかりそめの人生を生きては戻り、また旅立ち――」

「わかんない」

 悠人は心底困惑して訴えた。

「わかんないよ、僕はどうなったの? お父さんお母さんお姉ちゃんは?」

 わけのわからない女が長々とわけのわからないことを言うのである。そして家族はいない。虐待されてなお、悠人は家族を頼りにする幼い子供であった。

「前の世界のことですね。マスターは死にました、殺されました。魂の流転は殺されなければ戻りません」

 女は無慈悲な言葉を感慨も無く言った。悠人は、さすがに死ぬという意味はわかる。目の前が真っ暗になりそうであった。

「じゃあ、もうお父さんたちに会えないの? やだ、僕の気持ち、知ってもらいたかったのに」

「先の世界、仮の親どもはマスターのお気持ちを察することもできぬ愚鈍なものたちだったのですか。マスターはダンジョンを操る力、魂の世界を飛ぶ力がございます。それらの魂の影に伝えればよろしい。どのようなお気持ちをお伝えしたかったのです?」

 女が悠人の手を取ってのぞき込む。その瞳の虹彩さえも無機質であった。悠人はため息をついてその手を受け入れる。

「ちょっと前から、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、僕が嫌だと言っても、嫌なことしてきて、そういうの伝えたかったの」

 ぽつぽつと話す悠人に女が合点がいったように頷いた。

「マスターの力を私が増幅しましょう。お望みの魂の影をお呼び出しください、それらにつながっております。そしてマスターがされたことをしてやれば、気持ちは通じるでしょう」

 それはどういう、という声を出す前に悠人は女の目に吸い込まれるように、意識を手放した。女がそっと悠人の頭に口づけした。

 気づいたとき、悠人は大きな絶対者で家族は小さな虫のようであった。

 父を指で何度も小突き、潰し、悲鳴を上げても痛みを与え続ける。父は嫌だと叫んでも悠人を殴り続けていたものだ。

 母に焼きごてを押しつける。ドロドロと皮膚がただれても、皮膚を焼く。いくら痛いと言っても母はタバコを押しつけてきた。

 姉に土や草や虫を食わせた。ままごとだと言っては草を食わせ泥団子を咀嚼させ、吐いても芋虫を口の中に入れてきた。

 そうして悠人は。

「こんなのが、したいんじゃないんだあ!」

 とうとう泣き出した。

 増幅の接続が切れ、女――防衛機構統括は無表情に首をかしげた。

「お気持ちは通じるのではないですか」

「ちがうよ!」

 悠人は目の前で苦しむ小さな魂たちを守るように手で囲いながら泣き叫んだ。

「痛くて怖くて、やめてほしい。優しかったみんなに戻ってまた楽しくしたい。それを伝えたかったんだ。こんなの違う」

「そのようなものですか。では魂の影は戻しましょう」

 女の無機質な言葉とともに消える家族を、悠人はぼんやりと見た。結局、伝わらず、己もひどいことをしたという後悔だけがあった。

「あれは本当のお父さん達じゃなかった、痛いとか残らないよね」

「ご安心ください。マスターの能力は完璧です。影とは言え恐怖はきちんと刻まれるでしょう」

 女が悠人の手をいたわるように撫でながら見上げて言った。悠人はますます悲しくなった。

「マスターは()()()()()()ありますね。本当の父たちではなかった、とお早い」

「どういうこと?」

 意味がわからず問う悠人に女は口を開く。美しいが無機質の声音が部屋に響く。

「肉は彼らの子ですが魂は違います。流転の力によって――」

「そんな理屈、子どもが理解できるわけなかろう。分かりやすく言ってやれんのか」

 男が現れ、部屋の中を歩きながら大仰にため息がつく。女と対とでもいうように、漆黒の髪と目の偉丈夫であった。

「攻撃機構統括。マスターに失礼な物言いはよろしくない」

「お前に言った、防衛機構統括。そしてマスター。俺はあなたの攻撃機構統括……だが、かなり育ってないお姿でお帰りのようで」

 大柄な男に見下され、悠人は怯えた。父に愛おしさがあっても、殴られた恐怖はぬぐいようがない。男はそれはを知ってか知らずか、続けて口を開く。

「簡単に言うと、マスターはあの家族と本当の親子ではない。かつて『マスター』が言っていた。常に仮初めの肉に魂を宿し不死となる……らしい」

「どういうこと?」

 悠人は、今度は嫌な予感とともに聞いた。

「あなたの言う、お父さん、お母さん、お姉さんは他人のあなたを家族にしてた、がわかりやすいか」

 男は少し哀れんだ顔で静かに言った。黒い目が宝石のように光を反射し、人でないことが分かる。

 ――あんた気持ち悪いのあたしの子じゃないよ

 幾度か母の言った言葉。父も姉も気持ち悪い、と言っていた。産まれた時の写真を見せながらはるか先に向かってほしいって名付けたの、と撫でてきた母はいつの頃からか気づいたのだ。産んだ子が異物であると。

 う、あ、と小さく呻いたあと

「うあああああああああっ」

 悠人は床に伏せて身も世もなく号泣した。酷い、酷すぎる虐待を受けてもなお、彼は家族を愛していた。その家族にとって、己こそが不幸の元凶だったのだと幼心に理解し、泣き続けた。

 泣いて泣いて泣きじゃくり、気づけば女の膝の上で泣きじゃくっていた。

「僕、もう家に帰っちゃダメなの、どうしたらいいの」

 目のまわりをパンパンに腫らした悠人が背を丸めてつぶやいた。女がその頭を優しく撫でながら口を開く。

「マスターの本拠地はこのダンジョンです。この場こそ帰還すべき聖地」

「だから子どもに通じん! ここがあなたの新しい家だ。この防衛機構統括も、攻撃機構統括の俺もあなたの言うことなら何でも聞く」

 悠人は、のっそりと起き上がり、ぼんやりとした目を向けたあと

「じゃあお父さんとお母さんになって」

 と言った。

「了解しました。マスターのお望みのままに」

 女が即答する。男が頭を抱える素振りを見せたが

「了解した。この俺、攻撃機構統括はあなたが望む限り父となろう」

 と言った。悠人はホッとした顔で眠りにつく。何も考えていなかった。七歳の幼児にとって己の存在意義は父と母である、それだけの話だった。


 五年後――。

「父さん、あの池に罠を仕掛けたんだ、きっとエビがたくさん捕れてるよ」

「こらマスター! また一人で知らない場所に行ったのか、父さんを連れて行けと言ったろう」

 ガサガサと草むらを分け入って走る悠人――ハルトは一般的な十二歳の子供に見えた。男は軽く怒りながらも小さな索敵機を放って警戒を怠らない。()()()()脅威は見当たらなかった。

 ハルトが池の淵にたどり着き、罠を引き上げようとしたとき、

「あなたね、勝手に罠を仕掛けたの。ここはわたしの()()なの!」

 と、同じ年くらいの、裸の少女が真横に立ちはだかっていた。ハルトは肝をつぶしたようにへたり込んだ。姉以来の同世代の少女、しかも裸である。そう、裸である!

「ここは聖女ラフィアの水浴び場と知ってのこと?」

 ラフィアは己の体を隠すことなく、仁王立ちで立っていた。

 

 この聖女との出会いこそ、ハルトが魔王への道を選ぶ運命的な出来事であったが、それはまだ未来の話。

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