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1-21 人間だった冬、バケモノを追う夜

 去年の夏、父が死んだ。他殺だった。

 犯人は終ぞ見つからず、怒りを誰にぶつけるともできず押し込めるだけ。

 そして、それから一年後の冬。父を殺された少年――汐見コウは夜、学校へ忘れ物を取りに行く。

「ほら、最近何かと物騒じゃん?例の連続通り魔犯もまだ見つかってないって言うし?」

 物騒な事件はしかし、世間からしたら物騒なだけで。たかが高校生にできる事など何も無い。


 ――そのはずだった。


「少年。人間を辞めてみるかい?」


 その夜、汐見に投げかけられた声。

 

 一年前、父は何に殺されたのか。

 赤い目の隣人は何者なのか。

 

 蠱惑的なその呼びかけに逆らえないまま、少年は夜を追いかけていく。

 去年の夏、唯一の肉親だった父が死んだ。他殺だった。

 夜中、通り魔に喉を裂かれたらしい。人間業じゃない、と現場検証の警察が零していたのをやけに覚えている。

 茄子が好きで、映画では俺より大泣きして、悪い事をすれば叱ってくれた。どこにでもいる、優しい父だった。殺されるような謂れなどなかったはずだ。


 犯人は未だに見つかっていない。

 ――未だに、見つけられない。

 

 ◆◆◆


「よっす、少年。元気してるかー?」

「……だから俺の名前は少年じゃなくって汐見(しおみ)コウですって。いい加減覚えてくださいよ、真砂(まさご)さん」

「いやいや、ちゃんと覚えてるからね?ただ単にお姉さんが好きでこの呼び方してるだけだよ」

「余計にタチ悪いじゃないですか。それにもう高二なのに、少年って……」

 とある冬。

 学校からの帰り道、いつものようにフラっと現れた長身の女性に絡まれた。執拗に俺の事を少年と呼んでくる彼女は、一年ほど前に隣に引っ越してきた女性、真砂とんぼである。年の頃は学生でも社会人でも通りそうな見た目だが、そのどちらでも無さそうに思える。いつも暇そうに近所をブラブラと歩いているのだ。

 呼び止められたのだから応えない訳にはいかない。わざわざ自転車から降り、並ぶようにして歩く。

「いつも思うんですけど、真砂さんって普段何やってる人なんですか?」

「んー……ゴーストバスターズ!とかはどうかな?」

「いや、冗談とかはよくって……もういいです」

 まともに取り合ってくれないと判断して反論を止めた。このマイペースと適当が四対六くらいでブレンドされた人には何を言っても無駄なのだ。

 言い返すのを諦めると真砂さんは少しだけ上機嫌になったようで、楽しそうに言葉を続けた。

「んで、さっきの質問の答えは?元気?」

「……まあ元気ですよ。真砂さんはどうなんですか?」

「私?私はめちゃくちゃ元気だよ」

「うっざい絡みができるくらいですもんね」

「うわひっど!そんな事言う子に育てた覚えはないよ!」

「こっちこそ、あなたに育てられた覚えはありませんけどね」

 お姉さん悲しいよ、とわざとらしく嘘泣きをする真砂さんを無視して先に進む。パン屋を横切り、タバコ屋を曲がり、電機屋を通り過ぎると、目の前にボロボロの二階建てアパートが現れた。

 その二階の一番奥、二〇四号室が俺の住む部屋だ。鍵を開けて扉に手をかけると、すぐ隣の部屋を同じように開けようとしていた真砂さんがおもむろに振り返って言った。

「そうそう。君、今夜出かける用事とかある?」

「?いえ、何もありませんけど……何でですか?」

 答えると、真砂さんは満足げに頷いた。

「いや、それならいいよ。ほら、最近何かと物騒じゃん?例の連続通り魔犯もまだ見つかってないって言うし?」

「?それって、さっき電機屋のテレビで言ってたアレですか?」

「そうそう」

 いやー怖いよねー、なんて言うその姿は気が抜けるようで、おおよそ凄惨な事件について語っているようには見えなかった。

 そして、それだけでなく。何より気になったのは。

「''連続''って……あれ、全部同一犯の事件だったんですか?そんなの、どのニュースでも言ってなかったと思うんですけど」


 少し引っかかった言葉。何気なく聞くと、すう、と真砂さんの顔から笑みが消えた。

 笑みだけではない。全ての表情が抜け落ちて、人形のような無感情だけが残る。


「……ありゃ、そうだっけか。失敬失敬、勝手にそうだとばっかり思い込んでたよ」

 だがそれは一瞬のことで、次の瞬間には既にいつもの気が抜ける笑顔に戻って頭を掻いていた。

「ま、そういう事だから。それじゃ、気をつけてねー」

「ちょっと、待っ」

 そうして、軽い言葉だけを残して。真砂さんは俺が止めるのも聞かずに自分の部屋へと入っていってしまった。


 ◆◆◆


 夜が来て。

 俺は一人で自転車に跨っていた。

 向かう先は学校。何て事は無い、単に忘れ物をしたと言うだけ。夜でも当直の先生はいる。校舎内に入る事はできずとも、頼んで取ってきてもらう位はできるだろう。

 酷く寒い、冬の夜である。吸った空気は肺を突き刺し、息を吐く度に白い霧が帯となって後ろへ流れていく。乾燥した空気のおかげで、疎らに立つ街灯の光が余計に輝いているようで――


 ――その光の下に、誰かが立っていた。

 二メートルはあるだろう長身だ。上下とも真っ黒い服で固められ、深く被ったフードのせいでその顔つきは視認できない。


「――――」

 いやに不吉なその姿に、思わず立ち止まる(急ブレーキ)

 だってそうだろう。こんな夜中に、何をするでもなくただ突っ立っているのだ。これを怪しく思うなと言う方に無理がある。

 別の道から学校へ向かおうと思って踵を返した、その時。ふと脳裏に記憶がよぎった。

 ――君、今夜出かける用事とかある?


 そういえば、昼に真砂さんが何か言っていたような――

 

 刹那、人影が光の下から掻き消えた。

 いや、掻き消えたのではない。気付けばソレはすぐ目の前に立っていて相手の姿勢は低く斜め下に潜り込むようにして接近されたのだと気付いて――


 すれ違いざま、その手が振るわれた。


「っかッ、は――」

 首に走った鋭い痛みで膝をつき、倒れ込む。

 たまらず喉元を抑えた掌は、べったりと真っ赤に塗れていた。血が付いていると気付くのに数秒、喉を裂かれたのだと気付くのにまた数秒必要だった。かひゅ、と息をする度に喉から空気が漏れ出、同時に命まで溢れていくようで。

 耐えきれずうつ伏せに崩れ落ちた俺の体に、かつかつと誰かの足音が近付く。

「おや。まだ、息があるのか」

 声が降ってきた。驚いたようなその声は男のもので、それが俺の喉を掻っ切った奴だろう、と思い当たる。

「……ッ、あ――」

「力加減は十分だったと思うんだが……どれ、少し顔を見せてくれ」

 髪を掴まれて頭を持ち上げられ、そこでようやくその人物と目が合った。

 爛々と輝く赤い目。他の印象を全て塗りつぶすような強烈さで以て、俺を射抜く目。

 直感する。間違いなく、コイツが''あの''連続通り魔だ。

「ああ、何だ。アイツのじゃないか……なら、仕方ない」

 だが、男は何かに気付くと途端に興味を失ったような顔をした。そうして、くるりと踵を返してどこかへと歩き去ってしまった。


 足音が聞こえなくなり、残されたのは死にかけの俺だけ。

 喉を切られた後、死ぬまでどれだけかかるかは分からない。分からないが、そう長くは無いだろう。

「……もう、いいか」

 諦めて仰向けに転がり、天を見上げた。

 冬の高い星空には、遮るものなど何も――


「……少年。何をやっているんだい?」


 そんな夜空に影が差した。

 逆さまに覗き込むその顔は心底怪訝そうで、こんな時にまでいつも通りなその気の抜けた声に却って感心までする。声の主――真砂さんは、腰を曲げて俺を覗き込んでいるようだった。

「……見てわから、ないですか……死にかけ、てるんですよ……」

「ああいや、それは分かるんだけどさ。てかよく喋れるね。案外根性あるな、少年!」

 何を言ってるんだこの人は、と思う。こんな状態なのに、救急車を呼ぶ素振りすら見せないのだから。

「――く、くくっ、あは、は――」

 そう思うとなんだか無性に楽しくなってきて、つい笑いが零れる。血が足りないせいで(ストッパー)のどこかが外れたのだろうか。

「おいおい。急に笑い出してどうした?」

「……もう、死ぬんだなって思ったら……笑えてきて」

「なんだい少年、心残りとかは無いのかい?」

 問われ、回らない頭で考える。

「死んでも良いってのかい?」

 ――いや、考えるまでもない。

 やり残した事、知りたい事。山程あるのだから。

「……良いわけ、無いですよ……!」

「……でも。このまんまじゃあ、君は遠からず死ぬ。見た感じ、しっかり深いところまで切られてるっぽいからね」

 さて、と言いながら真砂さんがしゃがみ込む。顔が近付き、夜空の全てが覆い隠された。いつも通りの、気の抜ける笑顔である。

 果たして何を言うのかと思えば――


「少年。人間を辞めてみるかい?」


 言うに事欠いて、である。随分馬鹿げた質問だ。思わず笑ってしまうほどに。

 ――けれど。

「そうすれば……俺は、死なないんですか?」

 そうすれば、まだ死なないのなら。

「うん。しばらくはね」

 そうすれば、父の死を解き明かせるのなら。

「なら……辞めてやりますよ。何にだって、なってやりますよ」

 そうすれば、アイツに追いつけるのなら。

「……そっか。なら、いくね」

 短く呟くと。

 真砂さんはがり、と指先を噛んで、その先から血を垂らした。一筋垂れたそれが、俺の半端に開いた口へと滑り込む。

吸血鬼(ヴァンパイア)って聞いた事あるでしょ?血を与えて眷属にする、とかさ」

 どこか甘く、脳の奥が痺れるような味。内臓を捏ね回されているような不快感と、布団に包まれているような安心感が同居する。

 ――蛹の中で何かに造り変えられるような、不可思議な感覚。


同族殺し(ヴァンパイアハンター)、なんかも創作の定番だけどさ――まあ、そういう奴らだと思ってくれればいいよ」

 独り言のように言っていた彼女はしかし、俺が血を飲み終わるのを見届けると口を噤んだ。

 一つ、問う。


「……あなたは、何者なんですか?」


 星空を背負う彼女はそれには答えず、心底楽しそうに。

 残酷に、凄惨に、凶悪に、鮮烈に。

 どこまでも魅力的な笑顔を浮かべて、彼女は言った。


「――ようこそ、(バケモノ)の世界へ」

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