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1-19 さよならベルジュラック

 高校一年の俺、都築竜生は、親友である悠斗が渡すラブレターの代筆をしていた。俺も悠斗と同じ女の子を好きな事は胸に秘めて。

 そんなある日、俺は演劇部の芽吹凛子先輩に、入部して脚本を担当しないかと勧誘される。


「君は、シラノ・ド・ベルジュラックみたいだな」

 勧誘を断る俺に、凛子先輩はそんな事を言う。シラノ・ド・ベルジュラックは、戯曲の登場人物。自分が書いたラブレターを親友が書いた事にした男。


 シラノのような人生で良いと思っていた俺だが、次第に表舞台に出たいという内なる情熱に気付き始め……。


 これは、俺が演劇部で実力を付け、脚本家として成功するまでの物語。

 俺が、シラノ・ド・ベルジュラックのような生き方とさよならするまでの物語。

 西暦2025年。俺、都築竜生(つづきりゅうせい)は舞台袖からそっと客席を覗いて呟いた。


「うわあ……沢山いる」


 ここは、都内にある映画館。間もなくここで、今日公開になった映画の初日舞台挨拶が行われる。


「満員御礼なのは当然だろう。公開の約一か月前から、テレビでもネットでも話題になっていたからな」


 俺のすぐ後ろでそう言うのは女優の芽吹凛子(めぶきりんこ)。艶やかな黒い髪をアップにして、紺色のワンピースを身に着けている。切れ長の目も透き通るような白い肌も魅力的だ。

 現在二十八歳の彼女は、俺の高校時代の先輩で、俺が今ここにいるのは彼女のおかげだ。


「……もうすぐ君の名前が呼ばれるな」


 凛子さんが、舞台の方に視線を向けて言う。この舞台挨拶は、キャストや監督、脚本家が一人ずつ名前を呼ばれて舞台に出て行くという趣向になっているのだ。


「……今でも信じられません。俺がこんな舞台に立つなんて……」


 俺が震える声で言うと、凛子さんが笑って答えた。


「何を言っているんだ。君は今まで沢山の努力をして来たじゃないか。自信を持って舞台に立つと良い。……それに、決めたんだろう? もうシラノ・ド・ベルジュラックとは違う生き方をすると」


 シラノ・ド・ベルジュラック――自身の書いた恋文を親友が書いた事にした愛情深い男。そうだ。俺は、彼とは違い表舞台に立つ事を選んだんだ。


「それでは、登場して頂きましょう。『我が愛しの魔女』の脚本を手掛けた、今大人気の脚本家、都築竜生さんです! どうぞ!」


 名前が呼ばれ、俺は舞台へと歩み出す。割れんばかりの拍手。眩しいスポットライト。


――ああ、ここから、俺の新しい人生が始まるんだ。


       ◆ ◆ ◆


「竜生、いつもありがとう。助かったよ」


 西暦2015年。昼休みの教室で、俺の親友の長岡悠斗(ながおかゆうと)が俺に手を合わせる。


「……ああ、別に良いよ。上手くいってるなら良かった」


 俺は、控えめに笑って手を振る。


 当時俺達高校生の間では、レトロなものがブームになっていた。この一年三組でも、メールやスマホアプリではなく紙のラブレターを渡すのが流行っている。


 悠斗は、俺達のクラスメイトである沢野(さわの)ゆまさんに惚れていて、以前からラブレターを渡そうとしていた。しかし、文章を考えるのが苦手な悠斗は、俺に代わりに文章を考えてくれないかと頼んで来たのだ。

 それを引き受けた俺は、悠斗にアドバイス。そのおかげか悠斗の告白は成功し、二か月前から悠斗と沢野さんは付き合っている。


 その後も悠斗は何度も俺にラブレターの文面を考えてくれるよう頼み、今に至る。俺も沢野さんに惚れていたという事は、墓場まで持っていくつもりだ。


「じゃあ、俺、ゆまと話してくるから。本当にありがとう、竜生!」


 そう言って、悠斗は立ち去っていった。


       ◆ ◆ ◆


 その日の放課後。俺は誰もいない教室でノートにペンを走らせていた。俺は昔から物語を書くのが好きで、こうして誰にも邪魔されない場所で脚本のようなものを書いている。


「うーん、これだと辻褄が合わなくなるな……」


 俺が独り言を言いながら頭を掻くと、不意に声が聞こえた。


「お、いたいた。君が都築竜生だな?」


 振り向くと、教室の後ろの扉付近に一人の女子生徒がいるのが見える。彼女は艶のある長いストレートの黒髪を靡かせ、俺の方に近付いてきた。

 切れ長の目に透き通るような白い肌。美人だ。


 彼女は、座ったままの俺の前に立つと、腰に手を当てて言った。


「君、都築竜生だろう? 長岡悠斗のラブレターの内容を考えたという」

「どうしてそれを……!!」


 俺は思わず呟いていた。俺が陰でラブレターの内容を考えていた事は、悠斗本人しか知らないはずだ。


 彼女は、不敵な笑みを浮かべて言う。


「ああ、悠斗は私の幼馴染でな。たまたまアイツが持っていたスマホを覗き込んだら、ラブレターの案がアプリに書き込まれているのが目に入ったんだ」


 悠斗がこんな素晴らしい文章を書けるわけないと思った彼女は悠斗を尋問し、俺の名前を聞き出したというわけだ。


「……それで、俺に何の用ですか?」


 俺が訝し気に聞くと、彼女は俺の目を真っ直ぐと見て言った。


「単刀直入に言おう。都築竜生、君、演劇部で脚本を書く気は無いか?」

「脚本?」


 彼女は、胸に手を当てて自己紹介する。


「ああ、名乗るのが遅れて済まない。私は三年一組の芽吹凛子。演劇部の部長をしている」


 演劇部?……つまり、俺の文章力に目を着けて勧誘しに来たわけか。

 俺は、目を伏せながら答える。


「……ここの演劇部って言ったら、強豪じゃないですか。そんな部活で脚本だなんて、そんな重要な役目、俺は果たせませんよ。……俺は、こっそりラブレターの文面を考えるくらいがちょうど良いんです」

「君は、シラノ・ド・ベルジュラックみたいだな」

「え?」


 俺は、困惑して顔を上げた。先輩は、首を傾げて聞く。


「ん? 知らないか? 『シラノ・ド・ベルジュラック』。君なら知っていると思ったのだが」


 知っている。『シラノ・ド・ベルジュラック』は、実在の人物をモデルにした戯曲。17世紀のフランスが舞台だ。その前半のあらすじは、ざっと次のようなものになる。



 シラノ・ド・ベルジュラックは哲学者や理学者などの顔を持つ多才な人物。まあ、文系にも理系にも強い人物だと思えば良いだろう。

 そんな彼は、従妹のロクサーヌに恋をしている。


 しかしある日、シラノはロクサーヌが、シラノの友人であるクリスチャンに惚れている事を知らされる。そして、クリスチャンもロクサーヌに惚れていた。

 クリスチャンは言葉が貧しいが美しい青年。それに比べシラノは、多才だが長い鼻で醜い容姿。

 そしてシラノは、自身の書いた恋文を、クリスチャンが書いた事にしてロクサーヌに渡すようクリスチャンに言う。



 まあ、その後も色々あるのだが、とにかくシラノ・ド・ベルジュラックとはそういう人物なのだ。確かに、悠斗のラブレターの内容を考えていた俺と似ている。


「……そうですね。確かにシラノと僕は似ているかも。でも、それで良いんです。俺は、そういう生き方に納得しています」

「本当にそうかな?」

「え?」


 俺は、思わず先輩の目を見た。そして、ゾクリとする。先輩は、俺の心を見透かすような鋭い瞳で、真っ直ぐと俺を見据えていた。俺は瞳を逸らしたいのに、何故か瞳を逸らす事が出来なかった。


 先輩は、大げさに手を広げ、笑顔で言う。


「別に、私はシラノの生き方を否定しない。陰で人を助ける。結構な事だ。……しかし、君は本当にそれで良いのか? 私には、君がそれで満足できるような人物とは思えないのだがな」


 俺の心臓がバクバクする。……俺は、自分が表舞台に立つ事を望んでいるのか? いや、俺は日陰者くらいが丁度良くて……。

 でも、俺がスポットライトを浴びる姿を想像して、俺の気持ちはどうしようもなく高揚した。


「……まあいい。私は放課後、大抵視聴覚室にいる。もし気が向いたら来てくれ」


 そう言って、先輩は教室を後にする。教室には、机の上でギュッと握り拳を作った俺が一人取り残された。


       ◆ ◆ ◆


 その翌日。放課後に俺が教室でノートを取り出していると、悠斗が俺の席に近付いてきた。


「竜生、昨日、凛子ちゃんに勧誘されたんだって?」


 凛子ちゃん?……ああ、昨日の先輩の事か。俺は、苦笑して言う。


「ああ、びっくりした。……でも、俺があの演劇部に見合う脚本を書くなんて出来るわけ無いよ。丁重に断った」


 すると、悠斗は眉を顰めて言う。


「そんな事無いよ。竜生のラブレターの文面、すごく良かった。……演劇部に入れよ、竜生。お前は表舞台に出るべきだ」

「でも……」


 煮え切らない俺を見て、悠斗が俺の前の席に腰掛ける。俺と向かい合わせになった悠斗は、笑顔で言った。


「俺さ、昨日の夜……ゆまに、ラブレターを書いたのは俺じゃないって言ったんだ」

「え!?」


 驚愕する俺に構わず、悠斗は言葉を続ける。


「ゆまは、『正直に言ってくれる悠斗君も好き』って言ってくれた。……だからさ、竜生。お前は、もう陰で文章を考えなくて良いんだよ。好きなように生きろよ。お前には、表舞台に立ちたいっていう情熱があるように見えるんだ」


 俺は、昨日の事を思い出した。あの先輩に誘われた時、俺がスポットライトを浴びる姿を想像して心が震えた。期待してしまった。観客の拍手が、歓声が、俺に向けられるのを!


 気が付くと、俺はガタンと椅子から立ち上がっていた。そして、口を開く。


「……俺、視聴覚室に行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」


 悠斗が優しい笑顔で俺を見つめる。俺は、自分のカバンを引っ掴むと、バタバタと教室を出て行った。


 廊下を走りながら、俺は期待に胸を膨らませた。やってやる! 俺の脚本を、俺の名を、学校中に、いや世界中に知らしめてやる!


 廊下の窓から、春の爽やかな風が吹いた気がした。

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