1-18 僕の、特異点
『君が見ている怪異は、未来の死人だ』
廃校で出会ったニシダ博士の言葉が、僕の運命を変えてしまったんだ──
僕には、人には見えない“人”が視える。
そのせいで、高1の夏休み、クラスメイトの裕真に誘われ、廃校の肝試しに行くことになってしまった。
参加者は、裕真の彼女であり、女子大生の陽真理さん、なぜか堅物美人の内海さんまで!
怪談話が絶えない理科室にいたのは、まさかの、“百年先の未来に生きていた”という博士の幽霊だった。
博士は言う。
『3年後、人類の7割が消える。その始まりは── 君だよ、ソラ』
やがて街に現れ始める〈未来の死人〉。
もちろん、僕らの“未来”も現れる。
時に優しく、時に激しく拒絶する彼らと対話していくなか、未来の僕が告白する。
『僕が設計した“量子観測AI”が原因だ』
……たとえ世界が終わるとしても、僕は、僕の未来を救うと、決めたんだ。
『君は観測者になる。そして、世界が選ばれていくんだ……!』
半透明の博士は夏休みの夜、そう、宣言した。
それは、僕の未来の結末を、観測していくことなんだと、今ならわかる。
決して平坦じゃない、僕の結末を───
僕は自室のエアコンの温度を下げた。西陽がきついため、四六時中エアコンは必須だ。
風を浴びつつ、僕は高1の夏休みになって、進学する大学について調べていた。
高校に入学して早4ヶ月、物理の授業で“シュレディンガーの猫”の話から量子に興味がわいた僕は、独学で【量子を観測すると世界が決まる】という“コペンハーゲン解釈”を知る。
そこから量子論を深掘りできる大学を選択したく、AIを駆使して探していたわけだ。
「……当面の目標は、H大学の理学部、かな」
学習スケジュールも組み終え、カレンダーに同期させようと、スマホを充電器から取り上げた。瞬間、震える。
見れば、裕真からメッセージがある。しかも12通。
ただ裕真とは、不安からつながった関係だ。
同じ中学からK高校へ入学できたのは、僕らだけだった。
卒業式に『よろしく』とスタンプを押したきり、連絡などなかったのに。
メッセージを開くと、
宙くーん、お返事まだかなー?
新手の詐欺か? 警戒しつつ、返信を打ち込んでみる。
なに
すぐに文字が返ってくる。
肝試しいこー!
唐突になんだよ
そう、返しそうになるが、やめた。
いかない
裕真の返信も早い。
宙さ、幽霊みえるっていうじゃん
覚えてたのか。
つい、舌打ちが出る。
中1の頃、何かの弾みで話してしまった自分が悪い。
そのせいで友だちだったクラスメイトに笑われ続け、3年間、勉強に没頭できたわけだけど。
しかし、その半透明の白髪男以外、視たことがない。今更だが、視えるといっていいものか、自分でも判断できていない。
内海ちゃんが、宙にも来てってうるさくて
唐突な『内海』という文字に、僕は即返できずにスマホを落とした。
表を向いた床のスマホに、文字が増える。
カノジョが内海ちゃんの家庭教師なの
車も出すから、いこー
……ええいままよっ!
いく
ヤッターというスタンプが押された。
8時、迎えにいくー
OKと返信しつつ、今からシャワーに入って、髪型整えて、服は何着ればいい?
「大急ぎね」
階段を降りた背中に声がかかった。
振り返れば、部長らしからぬよれたスーツのジャケットを脱ぎながら母が「ただいま」と笑っている。
「母さん、おかえり。あと、出かける」
「これから?」
「8時に裕真たちが迎えに来る」
「肝試し?」
図星の質問に僕の体が固まった。
どう答えようかとモゴついていると、
「塩、持ってきなね」
母のおおらかさに救われた僕は、身支度を急いで整えていく。
腹ごしらえに菓子パンを頬張っていると、父が帰宅。部屋に向かうと思っていたら、リビングに顔を出した。
「宙、廃墟の不法侵入は」
母が楽しげにスマホをいじっていたのは、父に報告していたからか。
だが母は父が小言を言い出すと思っていなかったようだ。立ち上がった母の後ろで僕はスマホを開く。
ついたー
僕は「出る」と打ち込み、立ち上がった。
「いってくる」
「宙、」
「塩、塩!」
母から塩を握らされて出て行くと、EVのコンパクトカーが停まっている。
近づくと後部座席のドアが開き、僕は裕真のとなりに腰を滑らせた。
「なんか言われたー?」
裕真のニヤついた顔に、僕は片眉を上げる。
「父から不法侵入するなとか言われたけど、無視して出てきた」
「そういう強引なことするんだ」
この声は間違いなく内海さんだ。
助手席で前を向いたままなのに、いつもの凛とした響きに背筋が伸びる。
「ソラくん、初めましてだよね? あたし、ユーちゃんの彼女の陽真理」
バックミラー越しに手を振られた。会釈した僕に裕真が続ける。
「ヒマちゃんはね、H大の女子大生なんだ」
大学名に驚きながら、
「ど、どの学部ですか?」
「理学部だよ。……あ、興味あったり?」
また陽真理さんとミラーごしに目が合った。
僕は乗り出した体をシートに沈めて、息を整える。
「あったり、します」
「オレといっしょだー」
「私だって。だから陽真理さんが家庭教師なんだし」
『──あんたは、いっつも人の真似ばっか。母親に似たんだね』
幼少の頃育ててくれた祖母の嘲笑った声が聞こえてくる。
黒い気持ちをどうにか抑えこんだが、そのせいか、続く会話が途切れてしまった。
静かな車内は信号から左折し、繁華街に入っていくが目的地がわからない。
「ね、裕真、どこに行くの?」
「それは内海ちゃんからどうぞ」
内海さんの鼻先が向いた。
「水野くん、C廃校の怪談、知ってる?」
「えっと、方位磁石が狂ったりとか、理科室に白い人が立ってるっていう?」
「そこ! あ、スピリットボックスってわかる!?」
「いや、し」
「スピリットボックスっていうのは、ラジオノイズを通して、幽霊の声を拾えるもので!」
いつもの生真面目な内海さんとは別人だ。すこし早口で、声も大きい。
陽真理さんの左手が上がった。チェーンベルトの腕時計がネオンの光で白く煌めいている。その意味は、内海さんに対し『抑えてね』という意味だ。
モゴモゴと口を塞いだ内海さんに代わり、陽真理さんが続けた。
「C廃校はH大学附属の小学校で、今は大学の物置。今回はデータの持ち出し任務のついで訪問。違法じゃないから、安心して」
どうやら、幽霊を検証するための肝試し、らしい。
不意に内海さんが助手席から体を乗り出した。
「……あの、水野くん? 視た幽霊って……?」
駅前に差し掛かったときだった。
僕はフロントガラスの、さらに先に向かって指をさす。
「白髪のおじさん。ほら、そこの交差点あるでしょ? ……あ、もうすぐ横切る」
車内が静まり返る。
ヒュッと息を吸う音が、裕真から聞こえた。
「……そこ街灯の下。今も、いる」
白い上下の作業着を着て、微動だにせず、ただそこに立っている。
「でも、おじさん以外、視たことなくって……」
「そっか」
内海さんは生返事で、僕が教えた街灯をじっくり見つめている。
裕真は僕の肩を叩いて笑った。
「オジさんしか視えないの、めっちゃウケるんだけどー」
裕真の声に、陽真理さんがハンドルを回しながら言った。
「その霊と波長とかが合うのかな? すごいね」
他愛のない雑談のなか、20分ほどで廃校が現れた。だが管理されているのもあり、見た目はとても普通だ。
ぐるりと覆われた鉄網フェンスの一角に、カードキーをかざして開ける門がある。
陽真理さんはカードをかざしながら、
「自動でまた閉まるんだよ」
何気ないやりとりが続いているが、みんな口数が少ない。
どこか静かなテンションのまま、僕らは校内へ。
備え付けのスリッパに履き替えたせいで足音がペタペタと騒がしいなか、内海さんが飛び跳ねるように前に出た。
「じゃ、理科室にっ。スピリットボックス、出しておきますねっ」
廊下には人感センサーライトはもちろん、電気も灯る。
全く怖く感じない。スピリットボックスも砂嵐ばかりだ。
陽真理さんの案内でいくつかの角を曲がったとき、僕の横を歩いていた内海さんが止まった。
「……回り始めたっ」
小さな手のひらの方位磁石が方角を示さず、回転している。
「あー……」
裕真が指をさしたのは、理科室の看板だ。
怪談の話通りの反応に、僕の足がすくんでしまう。
ドアのガラス窓の先は真っ暗だ。校舎の裏側なのもあり、街灯すら届いていない。
陽真理さんは臆することなく理科室の鍵を開き、すぐに部屋のスイッチを跳ね上げた。
……いる……!
「宙?」
裕真の声に返事をする前に、スピリットボックスが、喋った。
『はぁ……肝試しか』
あまりにはっきりした声に、僕らは顔を見合わせた。
後ずさる僕と反対に、内海さんは一歩前に踏み出していく。
「そこに、いますか?」
反応がない。
嫌そうに僕らを眺める怪異は、白衣姿の男性だ。
年齢は50代ぐらい。髪の毛は茶色、目が青く、間違いなく外国人だが、流暢な日本語だった。
裕真が小声で尋ねてくる。
「……いるの?」
「うん、怪異、いる。そこ……」
僕が場所をさして答えると、怪異はいぶかしげに僕を見た。
『私が視えるのか?』
「え? あ、……はい?」
唐突な耳鳴りの痛みに顔を歪めた。
頭を振って、どうにか堪えると、怪異は驚いている。
『……まさか、私と話せるのか?』
「聞こえるので、まあ」
怪異の表情が嬉しそうにやわらいだ。
そして思いついたことがあるのか、眉を揺らす。
『なあ、君、今は何年なんだ?』
「……今、って?」
『西暦何年かを知りたい』
「20XX年だけど……」
『……ん? 今は、私が死んだ、百年前なのか』
怪異はそう言って、愉快そうに笑いだした。
『君が見ている怪異は、未来の死人なんだな』
どういう意味だ……?
なぜ、未来の死人が、『今』いるのか?
僕は反論しようと唇を開く。
開いたが、声が出ない。
……なぜなら、背後がおかしい。
僕ら以外いないはずの学校で、理科室のドアが、鈍い音を立てて開いていく────





