表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

1-16 今日も狐塚くんと出かけます。

残業中に「癒されたい!」と叫んだたちばなあおい。そんな彼女を後輩の狐塚くん(本物のキツネ)が、おすすめの店に連れて行ってくれて――

この日をきっかけに美味しいものを知ってる狐塚くんとあおいは、一緒にでかけるようになっていく。

キツネ×お出かけ×ごはん、ほっこり癒し系ストーリー!


 ふわりと立ちのぼる湯気と出汁の香りに、思わず口元が緩む。黄金色のスープに油揚げが浮かび、両手で器を持つと、指先から熱がじんわり伝わってくる。

 ひと口すすると、熱々の出汁が喉を滑り、体の芯から温めてくれた。

 

「……美味しい」


 つるんと喉ごしのいいうどんも、じゅわりとした油揚げも、食べ進めるたびに、疲れた心が癒されていく――

 


  ·˖✶࿐


 

「あぁ――癒されたい!」


 私――(たちばな)あおいは、叫びながら机に突っ伏した。

 だって仕方ない。クリスマスに残業なんて、悲しいにも程がある。

 

「先輩が残業を引き受けたからでしょう?」

 

 隣で書類を整理しながら、後輩の狐塚くんが口をひらく。彼は総務部の後輩、そして――キツネだ。比喩ではなく動物のキツネ。琥珀色の瞳とピンと立つ大きな耳があり、もふもふの尻尾の先端は雪のように白い。


「うっ、だって……係長から『家族でクリスマス会をする』なんて言われたら、断れないよ……」


 恨めしく視線を向ければ、尻尾が呆れたように揺れる。

 

「先輩ってお人好しですよね」


 もう八時半を過ぎたオフィスには、私と狐塚くんしか残っていなかった。街はキラキラと華やいでいるのに、ここはとても静かだ。


「でもさ、狐塚くんだって残業してるじゃん」

「僕は、係長に恩を売っておこうと思っただけです」


 目を細めて、したり顔を浮かべている。その表情はキツネっぽい。いや、キツネだから当たり前なんだけど。

 私の場合、一緒に過ごす相手もいないし、街の浮かれた雰囲気に取り残されるのが嫌で、仕事に逃げている。とはいえ、いつまでもオフィスにいるのは嫌なので、集中して目の前の資料に取り掛かった――


「よし、終わった!」

「僕も終わりです」


 帰る準備を済ませ、オフィスの外へ出ると、冷たい夜風がぴゅーっと通り過ぎる。 吐く息が白く舞う。


「……うう、寒い」


 マフラーに顔を埋め、狐塚くんと並んで歩き始める。彼は私より頭一つ分背が高く、二足歩行で歩くたびに尻尾が揺れる。スーツに尻尾専用の穴があるのだろうか、と考えていると狐塚くんがふと立ち止まった。



「――先輩、まだ癒されたいですか?」

「え?」


 突然の質問に彼を見上げる。


「さっき、癒されたいって言ってませんでした?」

「……っ! 癒されたいですっ!」

「僕、これから癒されに行くんですけど、先輩も一緒に行きますか?」


 思いがけない誘いに目を瞬かせた。


「――行きたい!」

「……先輩、もう少し警戒心を持ったほうがいいと思いますよ」

「え? 変なところなの? はっ、もしかしていかがわしい感じ!?」

「いえ、まったく」

「じゃあ、問題ないよ」

 

 どうせ今、帰ったところで、冷えた部屋でコンビニのチキンとケーキを独り食べる未来しか見えない。それは絶対に寂しい。だったら狐塚くんと一緒のほうが面白そうに決まっている。

 

「…………まあいいや。じゃあ、ついてきてください」


 なぜか呆れた顔の狐塚くんを無視して、私は勢いよく頷いた。

 クリスマスソングが流れる街を二人で歩く。尻尾が音楽に合わせるように揺れる。イルミネーションが街中をキラキラ照らし、私の気持ちも弾む。


 狐塚くんに連れてこられたのは、路地裏の小さな割烹屋。『コンコン』と書いてある暖簾から温かな光が漏れている。


「ここです」

「…………へえ」


 完全に想定外だった。和風で、クリスマスの雰囲気は欠片もなかった。まあ、ロマンチックでムード満点な場所に連れてこられても、それはそれで困ってしまうけど。


「行きますよ、先輩」

「あ、うん……っ」

 

 狐塚くんが慣れた様子で暖簾をくぐる。私も慌てて後を追う。外の寒さとは打って変わって、店内はほっとする温もり。木のカウンターと畳の小上がりが落ち着いた雰囲気だ。

 カウンターには数名の人が座り、奥の小上がりには鹿の老夫婦が静かに談笑している。なんだか肩の力が抜けて落ち着く。田舎のおばあちゃん家に来たみたいな、そんな感じ。


「いいお店だね」

「先輩ならそういうと思いました。僕のお気に入りなんです。ここのきつねうどん、絶品なんですよ」

「キツネがきつねうどんを……」

「共食いみたいに言わないでくださいよ」

「はは、確かに」


 メニューを見ていると狐塚くんの三角耳がぴこぴこと動く。ヒゲもぴくぴくして嬉しそう。


「ここ、おいなりさんも美味いんですよ。普通のと、わさびの茎が入った二種類があって」

「へええ。わさびのおいなりさん、気になる!」

「残念ながら、おいなりさんは予約制ですけどね」

「ええ〜! 食べられないってこと?」


 期待でよだれが出そうになったのに、無情な現実を突きつけられた。ひどい。

 

「そうなりますね」

「…………狐塚くんっていい性格してるよね」

「くくっ、先輩……今、チベットスナギツネみたいな顔してますよ」


 キツネにキツネ扱いされてしまった。しかもチベットスナギツネをスマホで検索したら、全然可愛くなくて二度見した。ひ、ひどい。

 なんとも複雑な気持ちでいると、女将が注文を取りにきた。女将は小柄なタヌキ。割烹着を着こなし、シマシマの尻尾がピーンと立つ。

 

 きつねうどんの店にタヌキ女将。なんだろう、このもやもや感。女将にちらちら視線を送る。


「……先輩、女将はタヌキではなくてアライグマですよ」

「ええっ!?」


 思わず声を上げる。すると、女将が笑いながら口をひらいた。


「ふふっ、いいんですよ。よく言われますから。顔は似ているんですけどね、タヌキは尻尾が茶色で短いのですよ」

「そうなんですね!」

「どうぞお見知りおきを」


 改めてアライグマ女将に、きつねうどんを注文した。カウンターに戻る女将のシマシマ尻尾を見つめながら、ふと疑問がわいた。

 あれ? 狐塚くんは、なんで私がタヌキと勘違いしたってわかったんだろう。


「――もしかして狐塚くんって、妖狐?」


 疑いのまなざしで狐塚くんを見ると、目を細めてニヤリとした。えっ、まさか本当に妖狐なの!?


「さすが先輩、妖狐と言われたのは初めてです。でも、残念。僕はただのキタキツネですよ。女将の件は、先輩の顔に書いてありました」

「え……?」

「あんなにじろじろ見てたら誰でもわかります。女将のこと二十回くらい見てましたよ」

「そ、そんなには見てない、と思うよ……たぶん」


 ズバッと言われて、しどろもどろになる。


「くくっ、先輩……今度はひょっとこ顔になってますよ」

「っ! ひ、ひょっとこ……!?」

「本当、先輩は見てて飽きないですね」


 狐塚くんが揶揄うように笑う。この後輩は口が悪い。でも尻尾がぶんぶんするのはちょっとかわいい。もふもふは正義―― と、心の中で叫んだ瞬間。



「お待たせしました」

 

 湯気のあがるきつねうどんが運ばれてきた。香る出汁に、油揚げが柔らかく輝いている。いただきます、と手を合わせて食べはじめた。


「――美味しい!」


 出汁の優しい旨味と油揚げの甘じょっぱさが口の中で溶け合う。はふはふ食べ進めると、お腹がぽかぽかして、疲れがふっと溶けていく。

 お腹も心も満たされて、ふう……と息を吐いたら、狐塚くんと目が合った。


「先輩、癒されました?」

「うん、ありがとう! 狐塚くんについてきてよかったよ。美味しかった」

「それはよかったです」

 

 狐塚くんの瞳が、くすっと笑いながら細くなる。

 食後に温かなほうじ茶を飲んでいると、彼が口をひらいた。


「そういえば、先輩ってお正月は実家に帰るんですか?」

「悩んでる。帰るたびに、彼氏できた? 結婚はまだ? って聞かれるから帰りたくないけど、特に予定もないし……」


 実家に帰れば、あれこれ遠慮なく聞かれる。さらに、ここ数年はお見合い話も飛び出すので、本当は帰りたくない。


「狐塚くんこそお正月どうするの?」

「――干支盃をもらうために並ぼうと思ってます」


 触れられたくない話題をそのまま戻したら、尻尾が大きく揺れはじめた。あの揺れる尻尾の先に手をそっと置きたい。きっと、もふもふだろうな。狐塚くんは嬉しそうだけど、馴染みのない言葉に首を傾げた。

 

「干支盃……?」


 私の質問に狐塚くんの瞳がランランと光る。


「近所の松並区にある清円寺なんですけど、元旦にだけその年の干支が描かれた盃でお屠蘇を振る舞うんです」

「そんなのがあるんだ!」

「そうなんです! その年の干支が描かれた盃は、厄除けと無病息災のご利益があって持ち帰りができるんですけど、数量限定だったから去年はもらえなくて……」

「なるほどね」


 尻尾が力なく落ちた。よっぽど残念だったのだろう。素直な尻尾だ。

 

「今年はもらえるといいね」

「頑張ります。それにしても、キツネ年がないのが残念です」

「ははっ、そればかりは仕方ないねえ」


 元気を取り戻した尻尾が激しく揺れる。

 

「干支盃も楽しみなんですけど、参道に出る紅白しるこも絶品なんですよ。あと焼き団子も美味しくて。今年は早めに行って絶対食べます!」

「……美味しそう」


 想像して思わずつぶやいた。そんな私を見て、狐塚くんがニヤリと笑う。


 

「先輩、一緒にどうですか?」

 


 狐塚くんの尻尾が誘うように揺れた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第26回書き出し祭り 第1会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は2026/01/10(土)18:00まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
あったかい気持ちになりました! 狐塚くんに引っ張り回されたい……! 続きが気になるお話でした。 それにしてもキツネうどんの美味しそうなこと……。
私も狐塚くんのような後輩がほしいです……!!! きっと一日中眺めちゃいます。もふもふは正義なので♡ 出てくるごはんも美味しそうでたまらなかったです。お出汁のきいたきつねうどん、食べたくなっちゃう(*´…
可愛い!! ほっこり癒されました! 私も狐塚くんのもふもふしっぽに触れてみたいーっ。 わさぎ茎入りのおいなりさん食べてみたいです。どんな味なんだろう、初めて聞いたのでびっくり。 きつねうどん美味しそう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ