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1-14 星々の彼方から、愛を込めて

星と星とを繋ぐ列車は、今日も正常に運行している。

――はずだった。

列車の動力源であるコアが全滅したことにより、辺境の小さな星での足止めを余儀なくされるまでは。


「……まさか『大廻廊』の影響ですか?」

「それくらいしか心当たりがねえ。メインコアが壊れるなんざよっぽどだ」


唯一の乗客であったリゼは、運転士に協力を申し出る。

十年前に大廻廊が謎のエラーを起こしたことにより、すでにいくつかの星は人の住めない環境になっていた。

星間航行探索部隊の一員であるリゼは、任務の一環として起動中の大廻廊を停止させることを決意する。

どんなに危険な任務でも、彼女には必ず生きて帰るべき理由があった。

 こちら星間航行探索部隊、アシュタロス星雲担当のリゼです。

 現在の位置情報、銀河標準座標045.01-139.92、惑星キリルメーア。星間列車の車両不具合により、この星の軌道ステーションに停車中。修理完了まで滞在する予定です。


 ……最近不具合が多すぎないかって? 仕方ないでしょう。ここはアシュタロス星雲の端の端。ここまで来れば列車も型落ちの中古車両が使われているので、あちこち不具合が出てもおかしくないです。


 はい。というわけで、航行予定に遅れが生じますので。といっても、あとはリッツベルムに帰還するだけですが。とりあえず観光でもして時間を潰すことにしますよ。なにか欲しいものがあれば買……私の写真が欲しい?

 あなた毎回そう言いますけど、もう私よりも私の写真を持っているじゃないですか。これ以上増やしてどうするんですか。……ええ、まあ。確かにここは映像送信可能圏外なので、顔を見て話したりとかはできませんけど。


 それでは、この星を発つ時にまた連絡します。はい。定時連絡はいつも通りに。……おやすみなさい、隊長。良い夢を。



☆*。☆*。☆*。



 さて、とリゼは通信を切ってレシーバーを片手に振り返る。そこには列車の運転士がいて、難しい顔で動かない車両の点検をしていた。


「どうですか、修理できそうですか?」

「ああ。修理自体は難しくねえ。だが……」


 難しい顔のままの運転士が、白いお髭を撫でながら唸っている。ずんぐりむっくりした体がちょっとだけ熊を連想させた。


「よりにもよってメインコアまでやられちまってる。これは修理よりも調達のほうに時間がかかりそうだぞ」


 リゼはわずかに眉を寄せた。いくら型落ちの中古車両とはいえ、そう簡単にメインコアが壊れるわけがない。というか、本来メインコアは()()()()はずの代物だ。


「……まさか『大廻廊』の影響ですか? この近くに大廻廊があるだなんて初耳ですけど」

「だが、それくらいしか心当たりがねえ。メインコアが壊れるなんざよっぽどだ。ったく、厄介なことになっちまった。すまねえな、お客さん」


 運転士に頭を下げられて、リゼはすぐに「気にしないでください」と首を横に振った。事実、運転士はなにも悪くないのだ。乗客がリゼだけだったのは、不幸中の幸いだと言えるだろう。

 それにしても、確かにこれは厄介だ。メインコアは希少な代物なので、場合によっては調達だけでも数ヶ月待ちになる可能性がある。

 だがそれ以上に厄介なのは、コアが壊れた原因が大廻廊かもしれないということだった。もしそうであるのなら、新しくコアを手に入れたところですぐにまた壊れる可能性が高い。


 とはいえ、運転士にとって今日一番の不幸が今であるとすれば、今日一番の幸運も今この瞬間であるといえた。なぜなら。


「そういうことでしたら、役割分担しましょう」

「ん? なんだ急に」

「申し遅れました。星間航行探索部隊に所属するリゼと申します。大廻廊の調査でこの周辺を回っていて、ちょうどリッツベルムに帰る途中だったんですよ」


 星間航行探索部隊。それを聞いた運転士はぎょっとしたように目を見開いた。


「こりゃあたまげたな! リッツベルム銀河帝国のエリート様じゃねえか!」

「そんな大層なものじゃないですよ。有名なのは行動範囲が広いからで」

「いやいや、謙遜する必要はねえよ。あんたらのおかげで大廻廊の被害が最低限に抑えられてるんだからな」


 大廻廊というのは、宇宙全体に張り巡らされている巨大システムの名称だ。そしてコアというのは動力源であり、大廻廊から放出されるエネルギーを取り込むことによって、生命維持に必要な様々なものを機能させてきた。

 しかしその大廻廊が、十年前に謎のエラーを起こして、生命エネルギーとは真逆のものを放出し始めたのだ。その影響で多くのコアが破壊され、いくつかの星はあっという間に人が住めない環境になってしまった。

 そのため人類は生存可能な星に移住して、星間航行探索部隊と呼ばれる特殊部隊が、大廻廊の暴走を止めるべく飛び回っている。


「幸いこの星はまだ無事ですが、起動中の大廻廊が近くにあるのは確かでしょう。探し出して機能を停止させるので、運転士さんはコアの調達をお願いします」

「わかった。そっちは頼んだぞ」


 しかし時刻はすでに二十五時。ひとまずは宿の確保を優先すべきだ。当面の拠点となる場所を見つけないと話にならない。


「とりあえず宿を探しに行こうと思うんですけど」

「ああ、それならアルカン通りにある二階建ての宿がおすすめだ。この時間でもまだやってるはずだしな。どうせ明かりがついているのはその一軒だけだ。見ればすぐにわかると思うぞ」


 ちなみに運転士は列車の中で寝泊まりするらしい。なんでも関係者用の仮眠室があるようだ。リゼは運転士にお礼を言って、アルカン通りとやらを探すべく歩き出す。

 ナビの案内に従って大通りに出ると、そこからさらに小さな通りが枝分かれしており、その一つがアルカン通りのようだった。そこに足を踏み入れると、運転士が言っていた通り、確かに一軒だけ明かりがついている建物がある。

 扉を押し開けると、チリンチリンと軽い音がして、カウンターに座っていた若い女性と目が合った。


「こんばんは。やってます?」

「やってるよ。旅人さんかな。ここに記帳して、二階へどうぞ」


 言われた通り帳面に必要事項を書きながら、リゼはきょろきょろと周囲を見回す。こんな時間までやっている宿なので、てっきりロボットが対応するのかと思っていたのだが。


「随分とレトロな雰囲気ですね。素敵です」

「ふふ、そうでしょ。ここをやっていた叔父さんの趣味でね。私もこの雰囲気が大好きで、叔父さんが引退する時に引き継ぐことにしたの」


 あちらこちらで灯されている照明は、すべてガスランタンやオイルランタンのようだ。柔らかな光が目に優しい。そんなことを考えながら、ふとリゼは滞在日数の欄で手を止めた。


「長期滞在ってありですか?」

「ありだよ。予約とかも入っていないしね」

「じゃあ一ヶ月とかでも大丈夫ですか?」

「大丈夫。長期旅行で来たの?」


 そうしてリゼは事情を説明して、一ヶ月分の宿泊費を前払いすることで当面の拠点を手に入れた。鍵をもらって二階に登り、部屋に荷物を置いて人心地つく。それからレシーバーを取り出して、この状況を隊長に報告することにした。



☆*。☆*。☆*。



 こちら星間航行探索部隊、アシュタロス星雲担当のリゼです。

 定時連絡ではありませんが、緊急事態が生じましたので連絡を……いえ、違います。私はピンピンしています。別に事故に遭ったとかでもないです。いいから落ち着いてください。それで現状ですが……。


 ……はい、そうです。どうやら近くに大廻廊があるようで。列車のメインコアを破壊するほどの影響力ですから、内部に入るための『扉』を見つけ次第……なに言ってるんですか、突入するに決まってるでしょう。とりあえず機能を停止させるだけですからさほど危険ではありませんよ。

 は? ワープ? 動かない列車は見捨てて私だけリッツベルムに戻れと? なに血も涙もないことを言ってるんですか。というか私情でほいほいワームホールを開通させないでください。職権濫用ですよ。


 とにかく大廻廊の扉を見つけ次第、突入して機能を停止させます。……大丈夫ですってば、心配しないでください。

 じゃあ私が戻るまでティティのことをお願いしますね。それと、今後もし私と連絡が取れなくなった場合は死亡したと判断し、速やかにこの周辺を要警戒区域に指定してください。では。



☆*。☆*。☆*。



 ――リゼからの通信が一方的に切られた。レシーバーを強く握り締め、隊長であるセオは舌打ちをする。


「くそっ……」


 こういう時、立場上リッツベルムを離れられない自分が心底嫌だった。本当は彼女のもとに駆けつけたくてたまらないのに。

 大廻廊に突入する。それは星間航行探索部隊にとっては至極当然の任務であった。それはセオも理解しているし、実際リゼは何度もこの任務を全うしている。そもそも彼女以上に大廻廊の仕組みを理解している人間は、他に誰もいないのだ。

 だが、それは非常に危険な任務でもあった。生命エネルギーとは真逆のものを放出する大廻廊。その内部に突入するということは、つまり死地へと赴くのと同義であり――。


「パパ」

「……ティティ。悪い、起こしたか」


 寝室から出てきた幼い娘が、眠い目をこすりながらも膝の上によじ登ってくる。


「ママの声が聞こえたの。ママとおしゃべりしてたの?」

「ああ。元気そうだった」


 この子がいる限り、セオはなんとか踏み留まっていられた。逆に言えば、この子がいなくなれば誰もセオを止めることはできなくなる。


「ママ、もうすぐ帰ってくる?」

「いや。乗っていた列車が動かなくなったらしいから、まだもう少しかかるだろうな」

「そっかあ……」


 寂しそうな顔をして、ティティはセオの膝の上で丸くなって寝てしまう。一気に重くなった小さな体を抱えて立ち上がり、セオは娘を寝室へと連れて行った。

 ベッドに寝かせる間際、ふと壁に貼られた写真に目を向ける。思いのほか低い場所にたくさん貼られたそれは、ほぼすべてがリゼの写真だった。毎日ママの顔が見たいと、ティティが一生懸命作ったスペースである。セオも結構気に入っていた。


「……リゼ。無事に、帰ってこい」


 ――星々の彼方から、愛を込めて。

 最愛の妻へと向けて呟かれたその言葉は、人知れず闇の中へと消えていく。

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― 新着の感想 ―
のっけから、リゼさん、溺愛されてるねぇと当てられてしまいました。 大回廊やコアといった物を飲み込むのに少し梃子摺りましたが、星間列車や夜の街の雰囲気が良かったです。 運転士さんや宿屋の女将さんとのや…
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