ヴァレンタインに本命チョコを受け取りながら、義理チョコ宣言を受けたくだり(好事百景【川淵】出張版 第十五i景【チョコレート】)
ラヴコメなんて、私が描くものじゃありません。
※ 香月よう子先生追悼の【バレンタインの恋物語企画】参加作品です
本日は2月14日、ヴァレンタインデイ。
クラスメイトであり生徒会長でもある超お嬢様、美柔院 麗娘から、彼はチョコレートを渡されようとしていた。
平 凡一郎は、とりえもないモブ男子なのに。なぜか彼女とのあいだに起きた数々のハプニングを通じて、いつしか親しくなり、いまでは毎日いっしょに、手をつないで下校する仲へと。そして、たった一度きりだけれど——交わしたあのキス。
それでもどちらかから、きちんとした告白をしたわけではないため。「ひょっとして、おれたちつきあってるんじゃないの?」と、口には出せない想いを日々つのらせていた。
もちろん、真面目な彼女が、ほかの男子ともそんなことをしているはずはない。毅然としたお嬢様キャラであるので、デレることはたまにしかないのではあるが、その態度や言動からも、たしかにいくらかの好意は汲んでとれるのだ。
だけれど、モブ男子である 凡一郎は、自分と彼女は釣りあわないからこそ。麗娘の口から「ふたりはつきあっている」「あなたが好き」と、言質のようなそのことばを引き出したいのであった。
そのために絶好の機会は、このヴァレンタインデイ。彼のほうから好意は何度も伝えてはいるものの、それに対するコメントを口にしてこなかった彼女も。それとわかる本命チョコをくれたのなら、ひとまず安心していいはずだ。くれるとしたら、ふたりきりになっていっしょに下校する放課後だろう。
凡一郎は、期待と不安のミックスジュースで胸を満たしながら、そのときを待っていたのだが。
かくして、麗娘からチョコレートは差し出された。
高級デパートの紙袋を覗けば、中には丁寧だが明らかに手づくりといった包装の箱。
授業のあいまにクラスメイトに配ったのは、高級ながらも市販の小箱だったうえ。「あなたのぶんは、ここにはありませんから」と、あとから手渡しすると予告でもするような物言いで、このチョコが特別であることはまちがいない。
「あ、ありがとう、麗娘さん」
これまでのもやもやを払拭するような幸福感に、頬をゆるめてニヤつやつきを抑えられそうにない凡一郎に。
顔を赤らめながら、麗娘が発したことばは。もにょもにょとしていたため、部分的にしか聴きとれなかったが、彼をふたたび煩悶の底へと突き返すものだった。
「……義理ですからね。……べつに……好きなわけじゃないんだから、勘違いしないでくださいましね」
翌日、明らかに落ち込んだ様子の凡一郎を。これまたクラスメイトでおさななじみである戸鳴 近は、からかい半分で問いただす。
とはいえ、たちの悪い野次馬根性からではない。麗娘とも仲がよく、彼女にきちんと本命チョコを渡せとアドバイスしたのも、なにを隠そう近だったのだ。
どうせ幸せいっぱいの顔をして登校してくるだろうから、そのときこそ、思いきりからかってやろうとたくらんでいたのに。予想外な彼のテンションに、どうしたことかと慌てたのだった。
そして、放課後。
いつもは麗娘といっしょに帰る凡一郎を待たせておいて。近は彼から聴いた顛末を、彼女の口からも確認することにした。
照れ隠しにしても、本命チョコを渡しながら、あの台詞はないだろうとあきれ顔の近が、麗娘はほんとにそんなことばを口にしたのか。その場面を再現するように彼女へ提案したところ。
「わ、私も緊張してしまって、ところどころ聴きとりづらかったのかもしれませんが」
そう、前置きして。
麗娘は凡一郎に告げた台詞を、再現してみせる。
告げたあいてが、好きな男子である凡一郎ではなく、女友達の近であったため。今回の彼女のことばは、もにょもにょとせずに、はっきりと聴きとれるものであった。
「恋人どうしなら、本命チョコを渡すのもひとつの【義理ですからね。】ヴァレンタインだなんて、【べつに】こんな浮かれた行事が【好きなわけじゃないんだから、勘違いしないでくださいましね】」