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第1章 母と子

カエレスティス暦10367年。


静かな午後、ルルリアは小悪魔と激しい睨み合いを繰り広げていた。

長い数分は過ぎ、ついにルルリアは視線をそらし、口を開ける。


「えと、あれを真似したい?」


木の高いところにある巣を指さした。

そこでは母鳥が雛鳥に一生懸命餌を与えていた。

小悪魔は、どうやら自然を見習い、同じような世話を切望しているらしい。


「*&*&*!!」


小悪魔は大騒ぎしていた。わがまま聞いてくれるまで、食べるのをいや。


フッと疲れたため息をつき、ルルリアは子供の願いを受け入れた。


「しょうがない」


隣に横たわる魔獣の死骸を持ち上げ、ゆっくりと腕を小悪魔の顔に向かって持っている。

鋭くギザギザの歯が並ぶ口が大きく開き、クラーケンの悪夢のみたいにぬるぬるした姿を思わせる、うごめく触手へと姿を変えた。



ぅげ。


実のところ、ルルリアは軟体動物系の生き物は苦手。異種族に属する自分の子に対する愛情は深かったものの、それでも気持ち悪いものは気持ち悪い。

仕方がない。


グロテスクな変身を初めて見たとき、驚いて固まった。


ルルリアは震える手で、しぶしぶもう一つの死体を悪魔の口に差し出した。

一方、子悪魔は満面の笑みで、もぐもぐ貪欲に食事を頬張っていた。


その表情から放たれる喜びが伝染し、ルルリアは複雑な感情を抑えきれなかった。

ぎこちなくも笑顔を作り、「まあ、キミが満足ならそれでいいや」と呟いた。


「……???*+*&!」


ルルリアの騒がしい心に気づいた悪魔は、その憂鬱さが空腹のせいだと勘違いし、魔獣の死骸をいくつも彼女に押し付けた。


内心顔をしかめた。


「ええと…分けてくれるの?ありがとう。でも、遠慮しとく…」



小悪魔に餌をやる仕事を終えると、彼女は少し距離を置いた。

そしてポケットからメモとペンを取り出した。


「ふむふむ。なるほど。グールと違って、少し新鮮な死体を好むのね」


首を振りながら、ルルリアは小悪魔の好みを熱心にメモした。


目の前には、死亡日が早い順に並べられた魔獣の死体がいくつも並べられていた。

子悪魔が、二、三日で死んだ者を最も美味しいそうに食べるのに気づいた。出会って以来、ルルリアは子悪魔が様々な刺激にどう反応するかを注意深く観察し、日々の習慣や成長を理解しようと努めてきた。

それでも、ルルリアは自分の子を全く理解できていないとうすうす感じている。


万年筆をクルクル回しながら、ルルリアは唇を尖らせた。


「うーん…もっと正確なデータを集めないと…」


「%&*+%!!!」


「何?」


小悪魔の方へ顔を向けた。悪魔は自分のランチをじーと見ている。

乾いたパン、チーズ一枚、薄切りハム、新鮮でシャキシャキしたレタス、そしてピリッとしたビネグレットソースでできたシンプルなサンドイッチである。

好奇心を感じ取り、彼女は「食べてみる?」と尋ねた。


悪魔は頷き、ルルリアはサンドイッチを一口渡した。するとすぐに、苦しそうな咳が聞こえる、ぐひいいいいいと彼女の心臓はバクバク高鳴った。


「…!?」


「&*+&%…*+&+++」


「どうした…!?」


ルルリアは目を丸くして、声を上げた。

小悪魔はもがき苦しみ、顔をゆがめ、小さな口から血が流れ出た。


・・・窒息しているのか?喉に何か詰まっているのか?


どうしたら良いかわからずに、うろうろと迷っていた。


「ちょっとじっとして―グッ!」


彼女が行動を起こす間もなく、小悪魔は翼を大きく広げ、目をキョロキョロ回転させた。

喉の奥から、骨まで凍るような悲鳴がこみ上げてきた。


「&*+*%*+----%*+&&*!!!!!!!*****************!!!!!!!!!!!!」



轟音が轟き、大気中に衝撃波が広がった。

ルルリアは本能的に両腕を上げて顔を守った。

激しい騒乱の正体を悟ると、恐怖がこみ上げてきた。


ぐぅ……もしかして!断末魔を放つつもりか!?


断末魔は、命が危険にさらされたときに悪魔たちが使う最後の手段である。

生き残るために必死の形相で、彼らは肺の奥深くにすべての魔力を集め、空に向かって放つ。

周囲の全てを消滅させる壊滅的な爆発を引き起こす。その破壊の規模は悪魔の魔力によって異なり、時には数キロメートル圏内のあらゆる生命を絶滅させ、後には静寂だけが残ることもあった。


周囲の風景が歪み、変化し、異界なるの光景が繰り広げられた。

時間そのものが制御不能に陥っているかのようだった。


まずい!不思議の森の端近くに村と複数の集落がある!排除しないと-


警戒した彼女の最初の本能は、潜在的な脅威を排除する。


心の中では、虐殺の道具は目の前の悪魔を倒すための最もシンプルで確実な方法を思い描いていた。


喉を掴み、翼を縛り、心臓に致命的な一撃を加えろ。


わずか一秒も経たないうちに、彼女は次の行動を決定し、冷酷な処刑人という性格に変化した。


殺せ!本能が叫んだ。

殺せ!理性が命令した。

悪魔を殺せ!悪魔族への憎悪と軽蔑が彼女の心に溢れ、強制された。


殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。


視界は鮮やかな赤に染まり、魔力が激しく湧き上がった。


なのに。


なのに。殺そうとした瞬間、ぽちぽちと一緒に過ごした時間が蘇った。


二人が分かち合った至福の笑い、流した涙、優しい抱擁、直面した困難、慌ただしい日々、そして愛しい温もり。

それらすべてが、真夜中に輝く星の安らぎのように、彼女の心に蘇ってきた。七世紀の間、彼女はただの武器でしかなかった。

だが、小悪魔と暮らし始めてわずか七週間、あの穏やかな日々、長年彼女を定義づけてきたアイデンティティを忘れさせてしまった。


いやだ!


いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!

いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!


―殺すなんて、いやだ!


天人は、思考の明晰さを取り戻すため、殺人衝動を力ずくで抑え込んだ。


「自分」を殺した。


自己保存を放棄した。


何世紀にもわたる憎しみを手放した。


「グっ」


ルルリアは舌を噛んだ。

危うく赤ん坊の心臓を突き刺し、完全に潰してしまうところだった。

かろうじて手を止めた。

腕に一筋の血が流れ落ちたが、休む暇はなかった。

ほんの数秒で、自分の子は罪なき者たちを巻き込もうとしている。


何があっても、この子と村人たちを守らなきゃ!一か八か!この子が体内の魔力を溜め込む前に、助ければ多分......!


彼女は歯を食いしばり、小悪魔の口に手を突っ込み、嫌悪感と抑えながら吐かせようとした。

苦しむ自分の子を抱きしめ、優しく背中をポンポン叩いた。

するとついに、小悪魔が半分消化されたサンドイッチや食べた魔獣の手足などを混ぜて吐き出した。


「&*&#*+&! &+&*+*!」



「大丈夫、大丈夫よ。ママはここにいる」

泣きじゃくる自分の子をぎゅっと抱きしめた。

やがて小悪魔は彼女の腕の中で眠りに落ちた。



危険は去った。


過ぎ去った。


「ふぅ。危なかった」


心臓がまだドクンドクン響いてる。

額の冷や汗を拭うと、胸に誇らしさがこみ上げてきた。

彼女の迅速な判断のおかげで、子供を救った、村人たちをも守った。

血を流さず、他者を犠牲にすることなく命を守ったという確信は、信じられないほど大切で、計り知れない宝物だった。


流血に彩られた過去を振り返りながら、ルルリアは今、自分が良い時代《場所》にいると信じていた。苦労して手に入れた平和こそが、彼女にとって最高の報酬だった。


『泣くな、ルルリア。君の泣く姿を見ると、調子が狂う。勘弁して、な。僕のこと忘れて。戦争が終わったら、旅して、人生の色々な味を経験しろ。憎しみも、悲しみも、怒りも、愛も、幸せも。使命に縛られる必要はない。世界が反対していても、君には自由になる権利があるからさ』


「大切なもの見つけたよレルーシェイ」


彼女の唇には晴れやかな笑みが浮かんだ。


「ちゃんと母親になった」


自分を母親と言えるかどうか不安だったが、その迷いは今消え去った。


『親の最も重要なるは、子孫に名を与えるであろう』


「キミの名前はキルヴァニャ」


ルルリアは眠る小悪魔に、溢れる愛情を込めて囁いた。


「古代語で『最大の祝福』という意味よ」


彼女の口から優しい旋律が流れた。

葉から滴り落ちる朝露のように繊細で甘美な音色。

子守唄の甘い慰めも、抱かれて眠りにつく温もりも、彼女は知らなかった。

それでも、彼女が歌う賛美歌は風に乗り、森に静謐で眠気を誘う魔法をかけた。


昼の星が地平線の下に沈むと、暖かな光が空を覆い、すべてを鮮やかな色に染め上げた。

オレンジの濃淡が鮮やかな赤に溶け込み、藍色や紫藍色の筋が織り込まれ、やがて広大な深い青へと溶けていく。

きらめく星々の下で、母子は静寂に包まれ、二人のひとときを大切に過ごした。夜の守護神、闇の女神は、二人に安らぎ祝福をもたらした。



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