第1章 母というもの
新生児は膀胱が発達するまで、通常 20 分おきに排尿します。親はおしりふきやおむつを十分に用意しておくことが重要です。
ルルリアが『赤ちゃんの育て方: 多様な人種編』の冒頭を読んでいると、自分の尿のプールに座っている小悪魔に目が留まりました。
ああ、遅かったかとつぶやいた。
まだ半分が卵の殻にくっついているこの小さな生き物は、うっかりして小さな池を作ってしまった。
小悪魔は、ひよこのようにポテポテよちよちぐるぐると歩きながら、必死に余分な液体を振り払おうとしていた。
「プッ」
ルルリアはくすくす笑いをこらえながら、唇に手を押し当てた。
赤ん坊の愛らしい動きに夢中になっていると、予期せぬ尿が空中を舞い上がり、靴に落ちた。
酸性の物質が激しく反応し、シューという音を立てて素材を腐食した。溶岩の流れがあらゆるものを破壊するかのようでした。
お気に入りのブーツなのに!
驚いたルルリアはガーンとぷるぷるしてた。
酸は彼女のつま先と皮膚も溶かしたが、痛みなど気にしない。
彼女の体は自動的に治癒したが、服はそうはいかない。魔法は、魔力が流れている物なら簡単に修復できるが、魔力を持たない物には当てはまらない。
「……うう。街に戻らないといけないようだな。オムツを買って、すいでにブーツを直してもらえるかどうか確認しないと」
涙をこらえながら、ルルリアは自分の先見の明のなさを嘆いた。
悪魔と他の種族との生物学的な違いは、天と地のように埋めることのできない溝に過ぎないことを理解すべきだった。
悪魔は一般的な基準では測れない。そんな複雑な背景を持つ子供を育てるための指針となる本があると思い込んだのが愚かだった。
この先に待ち受けている困難な試練に気づき、長いため息をついて、これから起こることに身を固めた。
***
「うーん、これもダメか。このおむつはヒドラやバジリスクのような、致死性の腐食性毒素を出す生き物のために作られたものなのに……」
ルルリアは困ったなと頬に手を当て、悪魔の有毒な排泄物に浸ったぼろぼろの布切れを拾い上げた。
濃い紫がかった色の瘴気の液体は、あらゆる物体を判別不能な廃棄物の山に変え、地中に浸透すると土壌の内部生態系を永久に破壊する。
小悪魔のおむつを替えているときに、また何度もおしっこをかけられた。しかし、ルルリアはもう準備不足ではなかった!
前回の大失敗の後、教訓を生かし、服に防御魔法をかけていたのだ。
とはいえ、彼女の腕は、まだ酸の飛沫から回復中だった。
自分に防御魔法をかけるもできたが、そうはしなかった。
結局のところ、悪魔族にとって致命的な高濃度の魔法に子供をさらして傷つけるリスクを冒したくはなかったのだ。
急いで、悪魔が普通の人々と交流できる、新しい無害な魔法を開発しなければならないな...
ルルリアは親の愛が全く知らないので、理解出来るため親の行動を真似するが最大の近道だと考える。
悪魔の軍勢と戦うために世界中を旅する間、子供と両親のあらゆる関係を出くわした。
さまざまな文化や人種を越えて、すべてを見てきた。和やかで心温まるものもあれば、理想とはほど遠いものもあった。
しかし、良いものを見習うとすれば、『母親は何よりも子供の安全を優先する』と。
初めて母親の子供への愛情を目の当たりにしたは、彼女の中に永遠の印象を残した。
それは、下位の悪魔に襲われた田舎の村での出来事だった。
その悪魔は特に強力ではなかったが、それでも厄介な敵であることに変わりはない。
聖騎士団が悪魔を倒した後、最後の抵抗として騎士団と村人に強力な呪いをかけた。
その結果、ルルリアは地元の教会から彼らに降りかかった呪いを解くよう依頼された。
***
「お願いします、どうか、息子を先に治療してください!」
ベッドに横たわり、全身にグロテスクな呪いの模様を持ち人間の女性がルルリアに懇願した。
ひび割れた青い唇からは大量の血がこぼれていた。
彼女が死の淵に立たされ、苦しみに打ちひしがれているのは、医者でなくても、誰の目にも痛いほど明らかだった。
しかし、苦しみにもかかわらず、彼女は自分よりも息子を優先し、必要な助けを後回しにした。
どうして?とルルリアは女性の必死さに驚いた。
「キミの状況は息子さんよりも深刻だと思います。それに、彼はダンピールなので、呪いに対してキミよりも強いだよ」
大丈夫と優しく説明し、より重篤な症状の患者の治療する間、息子は必ず持ちこたえられると。
しかし、人間の母親は諦めず、息子と順番を交換すると主張した。
面倒くさい……とルルリアは思わず、呆れたように溜息をついた。
「患者は負傷の重症度に応じて治療されなければなりません。キミの自己犠牲的な態度は困ります」
女性は一瞬驚いた表情を見せた後、悲しげな笑みを浮かべた。
「これは自己犠牲ではありません。息子が癒され、苦しみから解放されるまで、私は安心できません。これが母親というものです。だから、お願いします、パラディン・セイント様」
偽りなき言葉。
上から目線も大げさでもなく、その言葉は心の奥深くから湧き上がったものだった。
無条件の愛。
純粋でただただ美しい。
だから天人の心を打たれた。
その瞬間、ルルリアは母の愛の力に感銘を受けた。天人である彼女にとっては異質な概念であり、心の中で羨望と憧れが芽生えた。
***
いつか、彼女のように自分の子を深く愛せるようになるのかな...?
ルルリアは、まだ自分のおしっこでびしょびしょになっている小さな悪魔をちらりと見下ろし、鼻をつまんだ。
言うまでもなく、彼女の愛情はまだ浅く、揺るぎないものとは程遠いものだった。
「とりあえず、片付けだ。オムツのことは後回し」
指を鳴らすと、光の女神ソラリスから授かった洗濯の魔法が悪魔を取り囲み、瞬時に汚れを落とした。
もう一度手首を振ると、腐食性の尿で破壊された土壌に金色の光が集まり、完全に蘇生した。
タラタラ、きらきら、チリンチリン。
周囲の汚れや腐敗をすべて消し去った。
彼女の強い光魔法への特性により、新芽を出現させ、小さな美しい花が咲き、甘い香りが充満する。
「%&*+&%!!!!」
子悪魔は目を見開いて、ルルリアの魅惑的な魔法が風景に織りなす様子を観察し、喉から奇妙な笑いが湧き上がっていました。
喜びに小さな腕をバタバタ振り回しましたが、ふわふわ黒い羽が花びらに触れた瞬間、花の色が薄れる。
葉には墨汁のような黒い斑点が広がり、やがて花は迫り来る影に屈し、しおれた灰の山となって風に吹き飛ばされた。
「....au*&+-」
その光景に驚いた小悪魔は、腕を下ろして、かつての美しい花を失ったことを嘆くかのように、柔らかく、もろいしゃっくりをした。
子犬だったら、間違いなく耳と尻尾は垂れ下がっていただろう。
「おや、優しい子だなキミは」
ルルリアは赤ちゃんを見ながら、笑みを浮かべた。ひざまずいて、地面に散らばった枯れ葉を一掴み集め、そっと息を吹きかけた。
息は魔法となり、枯れ葉が色とりどりに輝き、絡み合って、素敵な花冠になった。
人差し指を軽くたたいて、枯れないようにさらに保護魔法をかけた後、花冠を小悪魔の頭に置いた。
「ふふ、はい」
小さな悪魔は嬉しそうに鳴き、興奮して腕をワイワイ伸ばした。
蝶が飛び交い、彼女が咲かせた鮮やかな花の周りを舞った。
静寂に包まれていた森は、鳥やリスが巣から慎重に飛び出し、ざわめき始めた。空気は小さな生き物の優しいさえずりで満たされ荒涼とした風景に生命が戻ってきた兆しである。
が、森の住人たちの態度には、かつて平和な領域に侵入してきた悪魔に対する恐怖という、まだ警戒心が残っていた。
森は徐々に活気を取り戻した。
「&*+&!!」
子悪魔は、近くを滑空する一匹の蝶を見て飛び上がり、その表情には驚きと不安が入り混じっていた。
いや、まさか…恐怖で怯えているの?それとも、蝶に危害を加えることを心配しているだけなのか...?
ルルリアにとって、どちらにせよ滑稽な話だ。思わずくすくす笑ってしまった。
「うんうん、可愛い、きゃわいい」
ルルリアは愛おしさで胸がいっぱいになった。
その光景があまりに尊く、たまらず赤ん坊を優しく撫で、顔をほころばせた。
それに応えるように、小悪魔は彼女の腕に頭をうずめた。
数十年前まで、彼女が冷酷に悪魔を退治していたという事実は、まるで夢のようだ。
悪魔は存在するだけで周囲を荒らす生き物だ。
体液だけでなく、悪魔の体全体が有害である。
それゆえ、人類は悪魔との共存を不可能とみなし、駆逐を進めてきた。
しかし今、彼女の腕の中に抱かれているのは、苦しく愛おしく思う子悪魔。
どんな犠牲を払っても、この小さな生き物を全世界から守る覚悟を決めた。
ルルリアは自分の子の事情を良く把握していた。
存在が知られた瞬間、人類は必ずやこの子を狙うだろう。
一応、魔法の森の奥深くで子悪魔を育てることに決め、人々を寄せ付けないように結界を張った。しかし、これではまだ足りない。
悪魔が世界に災いをもたらす限り、無邪気な子悪魔を悪意から守ることはできない。
根本的な問題を根絶するには、共存するための共通点を作る必要がある。
光の女神から多くの祝福を受けた天人であるルルリアは、瘴気は効かないし、悪魔と接触したりしても全然問題なかったが、ほとんどの人はそうではない。
恐怖は悪意をもたらす。
自分の子がこの世界で居場所を見つけるためには、普通の人々と交流することが不可欠である。
「母がキミを守るからな」
「%&##!」
無邪気な元気な声で返事してた。
小悪魔は彼女の言葉を理解できなかったかもしれないが、彼女の愛情の温かさは確かに感じていた。