第1章 偽りの母と子
「ふむ……餌をたっぷり与えていれば元気に育つのかな?」
ルルリアは独り言を言いながら、自分の思考を整理していた。
半日の間、彼女は次に何をすべきか迷っていた。
生涯を戦場で過ごしてきた彼女は今、予期せぬ苦境に立たされている:
異なる種族の養子にした赤ん坊の世話はどうすればいいのか?
子育てが、古い機械を強く叩いて動かすだけという単純なものだったらいいのに...
ルルリアは根っからの戦士だ。
問題解決の切り札は常に暴力か拳である。
残念なことに、そのような野蛮な方法は自分の窮地に当てはまらないことを分かっている。
この子をきちんと育てなければ、世界は終わるかも...
現在、ルルリアは巨大な古木の涼しい木陰に座り、物思いにふけっている。
ぼんやりと小悪魔の羽を弄び、上下にすいすい羽ばたかせた。小さな生き物は陽気なクークーという鳴き声で反応し、何だかんだで楽しんでいる。
「何をしている?あの悪魔の子を仕留められないのか?」
突然、思考を切り裂く声がして、現実に引き戻された。
振り向くと、自然そのものからかたどった半透明の人物が頭上に浮かんでいた。人物の頭からは神話上の獣の枝角のような枝が伸び、周囲にはひらひら舞い踊る緑色の葉。
森の原始精霊…?
自分の隣に立っている古代の木の中に宿る強力な存在だとすぐに気づいた。
彼の発言から、ルルリアは自分が助けた悪魔に対して強い敵意を抱いていると推測した。それも無理はない。
ルルリアが来る前に、悪魔の親は森の大部分を荒廃させていたのだから。
原始精霊は、水、植物、火、宝石、空気、土といった自然の基本要素から生まれた生命体であり、宇宙を満たす無数の現象そのものの象徴だ。
さらに、これらの存在は不死の特性を持ち、彼らを生み出した惑星が存在する限り、永遠に存続する。
前にいる原始精霊は、きっと不思議の森の始まりから存在する、最も古い精霊のに間違いない。
彼の目は冷ややかで、まるで彼女が世界の複雑さや残酷さを全く知らない、若くて世間知らずな少女のように感がする。
「しませんよ、そんなこと。この子はボクの子だ」
むっと、ルルリアはきっぱりとした口調で言い返した。
木の精霊は信じられないと眉をひそめた。
「子?解せぬ、天人は子供を産むことはあるまい」
「養子にしたから」
「ふーん...変わった小娘」
ルルリアは横を向き、彼の発言に不快感を示すように黙りこくった。が、木の精霊は無視してもひるむことなく、彼女に話しかけ続ける。
「その子の名は?」
「分からない」
一拍の間をおいた後に、彼女はためらいながら答えた。
「それ、大事?」
「分からない? お主あの子の親じゃないか。親の最も重要なるは、子孫に名を与えるであろう」
木の精霊は苛立ちを含んだ声で説明した。
「そうなの?」
ルルリアが首を傾げると、木の精霊は深いため息をついた。
「命を軽んじてはいけない、小娘よ。その責任の重さに耐えられないのなら、今すぐその子の存在を終わらせるがよい。それこそが慈悲というものだ。なによりも、お主のような血に染まった者が、世間に忌み嫌われる悪魔の子を育てることなど、到底不可能であろう。遅かれ早かれ、世の中にとって脅威とされる時、その子を殺してしまうのではなかろうか」
「!!絶対しない-」
「まことに? 我々には嘘は通じぬものなり」
そう言うと、木の精霊は頑丈な幹に消え、ルルリアは彼の言葉の重さを噛みしめることになった。
不安、恐怖、疑念の鎖が彼女の心を締め付け、身体を縛りつける。
果てしなく、逃げられない暗い空間の中で凍りついていた。
天人には親子という概念がないため、親子の関わり方についても何も知らない。
ルルリアは七百年生きてきて、これ以上の難問に直面したことはなかった。
ルルリアは視線を落とす、空の手のひらに過去の悪夢を映し出した。
肌には、血の温もりがまだ残っており、罪の記憶が消えぬまま、ただただ心の傷跡に佇む。
…たくさんの命を奪った。ボクのような人が母親になる資格があるのか?
そのとき、チカチカと光るものが目に飛び込んできた。懐かしい色合いだった。
スカートのポケットからペンダントを取り出し、そっと胸に当てた。
それは愛する兄の形見だ。
埋め込まれたルビー色の水晶から、彼の魔力が微かに感じられ、自分の心臓の鼓動と共鳴している。
***
「愛しいルルリアよ、君のことずっと哀れと思った...」
最愛の人から最後に受けた言葉の痛切な記憶が、目に浮かぶ、胸の奥でジリジリ痛み続けている。
「混乱の時代に生まれ、天人《僕たち》の母、光の女神ソラリスの創造物として、君の人生は戦いと戦争ばかりだった。未来のため、世界のため、ずっと戦って、数えきれない悪を倒し、多くの命を救ったが、平和っていうものにはまだ知らないまま。
ったく、なんて滑稽だ」
「レルーシェイ!レルーシェイ!」
治癒魔法が効かない!? なぜだ…!? 呪いがどんどん広がっている! くっ、止まらない…!
何度も彼の名前を呼び、治癒魔法で傷を癒そうと努力したが、無駄だった。
不吉な黒い模様が肉を貪り、彼の姿は目の前で崩壊していった。上位の悪魔がかけた邪悪な呪いであり、兄は彼女と違って、強烈な祟りに対抗する免疫を持って生まれなかった。
「泣くな、ルルリア。君の泣く姿を見ると、調子が狂う。勘弁して、な。僕のこと忘れて。戦争が終わったら、旅して、人生の色々な味を経験しろ。憎しみも、悲しみも、怒りも、愛も、幸せも。使命に縛られる必要はない。世界が反対していても、君には自由になる権利があるからさ」
ルルリア一瞬ためらったが、小さく頷いた。
レルーシェイのワインレッドの唇にかすかな笑みが浮かんだ。
そして彼はまだ崩れない手を胸に突っ込んだ。
衝撃的な出来事にルルリアは唖然とし、言葉を失った。
ズルッツ、ピシッと気持ち悪い音とを立てながら、彼は心臓とともに手を引っ込めた。
魔力が溢れ出し、まだ鼓動している心臓を、銀の線条細工で装飾されたペンダントに変えた。
「……!レルーシェイ!何を―」
「ほら。僕からの最後のプレゼントだ。約束を守れなくて本当にごめん。その代わり、これを受け取って。人付き合いが苦手な君に、役に立つはずだ」
***
彼の言葉通り、ペンダントは彼女の心を守ってくれた。
虚しさと絶望の暗雲が今も心の上に立ち込めていたが、その感情に蓋をし、小さな微笑みを浮かべた。
ペンダントから放たれる温もりが、選択が間違っていなかったことを安心させてくれた。
「……そうだな、レルーシェイ、キミの言う通りだ。分からないことがあれば、時間をかけて学ぶべきだ。母親に向いていない?だから何?やってみろ!ゼロから学んで完璧な母親になる。手始めに、ボクの子を傷つけようとする者は、原始精霊であれ、王であれ、全世界であれ、叩きのめしてやる!」
もし亡くなったレルーシェイが彼女の無茶振り発言を耳にしたら、「世界を敵に回すなんて一言も言ってないだろうが。べらぼうめ」と突っ込むでしょう。
残念なことに、彼女のむちゃくちゃな態度を指摘してくれる人は誰もいないし、ルルリアは自分の決断を極端にするタイプである。
この悪魔の子、自分の子供として育てると決心していた。
たとえ全人類が彼女の決断を拒絶したとしても、そう簡単に諦めるつもりはない。
「だって、悪魔との戦いは終わった」
そう。終わったんだ...
新しい時代を迎える時が来た。
新たな目標に突き動かされ、翼を広げ、近隣の村や町を訪れ、子育てに関する本を探し回った。
数時間後、不思議の森に戻ったが、子供の尿を浴びる羽目になりました。
「どうしてこうなったの...?」