回想録 – 回りくどい表現へのこだわり
それは、そよ風のささやき、熟したリンゴの甘美な香り、そして古紙のかび臭い匂いに誘われる、遠い過去の思い出。
霧雨が窓ガラスを叩き、鈍い灰色と透明な水滴が彼女をノスタルジアの海に漂わせる。
***
「×⸍⸝◟ ⸌╮⸌╮◟ˎ、ᛁ ⸌ˎ╮ᛁ ᛁˎ╮.」
ある日、レルーシェイは突然、わけがわからない言語で彼女に声をかけた。
「え?今、何を?」
「ふふ、滅びた文明の古代言語だよ。意味は『おや、筋肉女見つけ』」
ルルリアはため息をついた。
「バカバカしい。滅びた文明の古代言語なんて分からないけど、ボクたちの種族は嘘を見抜くことができる。本当のこと言って」
レルーシェイは半分面白がり、半分いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「いやいや、それじゃぁつまらんでしょう。これはゲームなんだ。一年。一年以内に僕に言った言葉を理解出来たら、とておきご褒美をあげよう」
「断る。キミのくだらない遊びには加わるつもりはない」
世界は悪魔との激しい戦いに巻き込まれていた。人類最後の希望の砦であるパラディン・セインである彼女には、そんな無益な試みに費やす時間も余裕もなかった。
ルルリアは立ち去ろうとしたが、レルーシェイが阻止した。
「ああ。冷たいな。少しその筋肉頭をゆるんで、教養を身につけることに専念したらどうだい?それとも、僕のような『テレパシー』の才能がないからて、負けを認めるのかい?」
レルーシェイのソウルレガリアは、どんな言語でも、たとえ使われなくなった言語さえも、意思疎通を可能にした。
だからこそ、ルルリアがどんなに頑張っても、この「わけわからん言語」を覚えられる保証はない。
とはいえ、彼女は少し、 そう、少しだけ苛立っている。
ルルリアは馬鹿にされても別に気にしないが、彼女の騎士道精神は喧嘩を売られた時を無視することを許さない。
そう、彼女は負けず嫌いなのだ。
そして、彼に内緒で、彼女は数え切れないほどの古書を熱心に読みふけり、もはや誰も話さない言語を習得した。
それはまさに骨の折れる作業だったが、数ヶ月にわたる果てしない学習を経て、ついにレルーシェイの言葉を理解した。
「レルーシェイ、もっと素直にできないの?」
ルルリアはため息をつきそうになるのをこらえながら、自分の発見を報告した。
「『愛しいルルリア、愛している』って、この前の言葉の意味だよね?」
一瞬、レルーシェイはえ!?と驚いた様子を見せたが、やがてゲラゲラ笑い出した。
「ははは!わざわざ意味を調べてくれたのかい?」
ルルリアは容赦なく彼の耳をつまんだ。
「いたえぇぇ!ごめん、 ごめん、悪かったよ。だけどね、ほら、ストレートに言っちゃったら安っぽく聞こえてない?」
「よく言うよ。ふざけるのはほどほどに」
「ほらほら、すねないで。そうだね、死ぬ間際に、この口からその安っぽいセリフをちゃんと言うよ...かも」
「バカ」
ノン ノンと彼は振り子のように指を振った。
「「バカ 」はよくない。もっとクリエイティブにね。僕なら、『バカ』の面白い言い換え100万通り以上思いつくよ」
「暇すぎるなんだよキミは」
彼女が顔を背けた瞬間、レルーシェイは彼女の頬にちゅキスをした。
「...!なんでまだいきなり?」
「とておきご褒美をあげるって約束したでしょう?よくやったね、えらいえらい」
レルーシェイはニヤリと笑い、よしよしと彼女の頭をなでる。
「……子供扱いするな!」
・・・本当に、困った人だ。
ルルリアは視線をそらした。ほのかに頬が赤らめた。
彼女は彼の意図に気づかなかったわけではない。
...戦い続けるボクに休んでほしかった
と彼女は悔しさと恥ずかしさを感じながら気づいた。
レルーシェイは確かにひねくれていて、食わせ者で、口達者で、つかみどころがない人だ。
しかし、その複雑な外見の下に、彼が慈悲深い心を持っていることを彼女は知っている。
彼は辛抱強く彼女の感情を教え、常に傍らにいてくれた。
彼女にとって最も大切な人だった。




