第9話 夢のない仕事
「知っての通り……ああ、一度復習を挟むか。召喚装置というのはお前が召喚された現場があったセクターに頻発している『異常現象』の一種だ」
「置物っていうか機械でしょ?それも異常現象?」
スクリーンに映し出されたスライドには異常現象についての概要が記されていた。
異常現象──宇宙戦争から格段に数を増やした国内の問題を差す。「変異体が暴れている」という単純なものから「町中が凍っている」「嵐が止まない」といった奇怪なものまで内容は幅広い。人間が起こした犯罪はこれらに含まれず、あくまで人間の枠を超えた事件を差す。「人間が変異体を何らかの方法で操っている」というような事例が特殊事件と呼ばれることもあるようだ。
異世界……知識ゼロの余所者向けの教材とでも言うべきだろうか。現地人のエセルと環はこれらが既に頭に入っているようで二人はヨウの理解を待っていた。
「それで召喚装置っていうのは異性兵器の産物なの?人間が兵器の影響で装置に姿を変えて問題起こしてることでしょ?」
「そういうことになるな」
「少なくとも私が召喚された時に近くにあった装置は壊してるけど、何個もあるの?それに普通機械って動かなくない?二足四足のロボットならともかく。ただの置物みたいなビジュアルだったけど……」
ヨウは昨日の召喚現場の様子を漠然と思い浮かべた。大広間のようなフロアに大勢の召喚関係者、イズミアヤという女性、赤い絨毯……それから粉々になった装置。金属片。召喚装置の成れの果て。破壊する前のビジュアルをハッキリと思い出せない。そもそも部屋にある置物など眼中になく人間のついでに偶然破壊してしまった。
沈黙するヨウを前に環はスライドを切り替えた。
スライドには大きく写真付きで『召喚装置』の現物とその性質が記されている。召喚装置の写真の隣には全く同じ形状の機器の画像が並んでいる。
「わあ、シミュラクラのゲートそっくりね。訴えられたら負けそう」
「シミュ……」
「シミュラクラセクターが売ってる移動用の機械なんだけどヨウの世界にはこういうのなかった?ゲートを通ると別地点のゲートへ一瞬で移動することが出来るの。決まった場所にしか行けないけどとにかく早いのよ。高級品だけど」
「見た目は空港の金属探知機そっくりだね……」
ヨウは手元のタブレットで「シミュラクラセクター」を検索するとご丁寧に概要が表示される──ゲートという画期的な移動手段を開発した組織であり、一つのセクターを治めている。セクターの特色として各地に大量のゲートが配置し、住民達はそれを用いて快適な生活を送っているようだ。
ヨウは顔を上げ、スライドに視線を移した。スライドに添付されている「二つの装置」のビジュアルは簡素極まりないものである。
ドアの扉の部分を外し、輪郭だけを残したと言わんばかりの無機質なアーチ状の黒いオブジェの写真が二つ並んでいる。幅は人が一人通れる程度の広さ。室内に置いてもそれほど場所は取らないだろう。記憶に無いのも無理はないと思える程度には存在感の薄いオブジェだ。
写真のうち左は召喚装置、右はエセルのいうゲートという商品らしいが……企業のロゴと思わしきマークの有無以外には違いが分からないほど酷似している。
「それと『召喚装置』に何の関係が?ただ形が似てるってだけじゃない。特許を取得した技術を無断で使われてるとかそういう話?」
「今回装置の破壊・回収依頼を出したのはシミュラクラだ」
「自社製品とそっくりな道具があちこちで悪さをしてるから都合が悪いのよ」
ヨウには彼等の話が見えなかった。
シミュラクラはゲートという移動手段を開発し、移動事業で発展した組織──そして彼等が治めるセクター内において自社製品と類似した『召喚装置』が突如現れた。
最初は機能を同じくする類似品が溢れたことへの危機感かもしれない。
然しながらヨウにはエセルの言う悪さという言葉が引っかかっていた。
「お前は当事者だから分かるだろうが、召喚装置は「異世界人」を呼び出す」
「そうね。私も呼ばれてきたね」
「その召喚装置は一つではない。全部壊せばいいと思うだろうが、現状壊しても増え続けている。そして装置の全てが人間を召喚し続けている」
ただの人間なら何もせずとも野垂れ死ぬだろうが……。
環の話はまだ続いている──ようやくヨウにも少し話が見えてきた。
召喚装置は異世界人を召喚する。装置が一つならばいいが、話はそこまで単純ではないらしい。装置は自らの複製を場所を問わず不規則に生成する。道路、家の中。セクター内の各地で目撃例が有るという。
そして装置は異世界人を呼ぶ──彼等はヨウのように能力を持っているため一歩対応を誤れば大量の死人が出る。また装置に呼び出された異世界人を取り込もうとする勢力、異世界人と現地住民との紛争……たった一つの装置が齎す災害は多岐に渡る。
スライド曰くこの装置は増え続け、時折瞬間移動までするという。これに頭を悩ませたシミュラクラが考え付いた結論として「装置狩り」の人員を組織の構成員のみならずセクターの内外から大量に集めるということだった。
代行チームだけに特別に与えられた依頼というわけではないようだ。
「多分、政府がシミュラクラに圧掛けたんじゃないかな。自社製品の疑いを晴らす為ってのもあるし、召喚装置の件が対処出来なかったら最悪セクターを剝奪されるかもしれないのよ。なりふり構ってられないんだと思う」
突然、湧いてきた災害みたいなものだけど。
エセルは円卓の上に置いていたペットボトルを手に取ると喉を鳴らして水を飲み始める。災害、抗争……ヨウにとっては非日常そのものと言っても過言ではない要素だが、環もエセルも淡々とこれらの要素を受け入れている。
環に至ってはスライドを次の現場の地図に切り替えてしまっている始末だ。
──ところで、ここから何で現場に向かうのだろう?