第8話 願望の箱
「そのアテというものが『代行チーム』の仕事内容に密接に関わってくる。調査チームの連中が用意した資料が有るからそれを見ながら聞いてくれ」
環は説明のタイミングを待っていたと言わんばかりの様子で席を立つ。
そうして議室に置かれている機材の前で足を止めると手際よくそれらを操作すると丁度ヨウとエセルの真正面へとスクリーンを下ろし、そこにスライドを映し出した。
スライドは「代行業とは」という見出しと少量の文章、スライドの半分近くを占める写真とで構成されている──これだけだと画像ばかりで理解が進まないため、恐らくは説明で補うタイプの資料なのだろう。
「この世界には代行業者という人間が星の数ほど存在する。雇用主の代わりに何でも仕事を引き受ける業者の事だ」
「何でも屋ってこと?行政機関は何をしているの?」
「行政機関は存在している。それでも国だけでは手が回らないほどの問題がこの国には存在しているからな」
スライドに載っている人物の画像はどうやら代行業者の例らしい。
武器を持った同じ制服の三人組が肉塊のような怪物と揉み合っている躍動感のある写真だが……環によれば「仕事で変異体の駆除に来た代行業者」の写真だという。
ヨウの世界であれば軍や警察、消防といった組織が国のあらゆるトラブルするのだが、この世界は宇宙戦争とそれに伴う変異体の増加により行政機関だけでは解決出来ない問題が有り触れている。
──そこで国が推奨したのが「代行業」という仕事だ。
元々代行業という仕事は存在していた。しかし戦前の代行業というものは現在と比較すると数が少なく、仕事内容も家事の代行から家出人の捜索……時に農作物の収穫であったり、現在と比べると安全だったようだ。
「現在の代行業者の話に移ろう。現代、彼等の仕事は専ら「戦争絡み」になっている。戦地での救助活動、行方不明者の捜索……それから変異体の討伐、回収」
──正体不明の異星兵器が生み出す変異体、それに伴う異常現象を積極的に解決しているのは代行業者である。
切り替わったスライドには代行業者と思わしき集団が戦地から死体を回収している写真、燃え盛る炎の中で出火元と見られる変異体と対峙する写真が添付されていた。
ここまでの説明でヨウには嫌な予感しかしなかった。大企業の一部署とはいえ「代行」を名乗る以上は自分達がこうして前線に送り出される可能性が無きにしも非ず。生き返るだけマシと言えば聞こえはいいのだが、異世界の環境・待遇を考えるとこれはハズレの部類に入るだろう。
……そしてまだエセルと環の言うアテの正体は見えてこない。
「企業としてそういう仕事をさせられるっていうのは分かった。それに関しては問題ない。ただこの仕事を通じてエセルの願いを叶えられるアテってのがまだ理解出来ないんだけど。……代表の言葉を鵜呑みにしていいの?」
「俺達は仕事を通じて「コレ」に変異体の力を回収する」
ヨウの問いに環は今まで床に置いていた箱のようなものを持ち上げた。
外見は黒塗りの立方体──正面だけが透明のガラス張りのような形状で、丈夫に取っ手がついた箱はバッグにしては変わった形状をしている。こちらに向けて透明な面を拳でコツコツと叩いているあたり、繊細な扱いが必要な道具というわけでもなさそうだ。
「実物見たことないんだけど変異体に力なんてあるの?……まず見えるの?」
「道具無しで見ることが出来る、というのが代行チームの採用条件だ。お前にも見えるだろうし、後々見ることになるだろうな」
「私も事故後から見えるようになったから環さんの言葉は本当よ」
環の言葉をそのまま受け取るのであれば──変異体には「願望」という力がある。そしてそれらは変異体が物理的に破壊、或いは何らかの方法で存在を保てなくなった際に露出する。そして願望を見ることが出来るのは一部の能力者だけ。
……異世界人の自分が能力者であるということまでは理解出来るが、環もエセルも条件だけ考えるならば何らかの能力者なのだろうか?
そして変異体と出会う為の手段として設立されたのが、この代行チームであり──依頼はあくまで手段、依頼を解決しつつ願望を回収し……最終的に従業員が願望を用いて各々の希望を叶えるというのがチームの概要であるという。
雲を掴むような話だが、大真面目に説明されるとかえって対応に困ってしまうのが正直なところだ。ここを出たところで行く当ても後ろ盾も無いのだから従うしかないという状態が組織の質の悪さに拍車をかけている。
「回収が間に合わず気付いたら定年退職とかそういうオチじゃないでしょうね?」
「企業が引き受ける依頼なんだからそんなにショボいものは少ないと思う。逆に言うとそれだけ危険でどうしようもない仕事だと思うわ。……そういえば初仕事についてまだ聞かされてなかったわね」
「それについて今から説明する」
──初仕事は召喚装置の破壊・回収依頼だ。
しんとした会議室に平坦なトーンの環の声が心地よく響く。説明をしつつ機器を操作し、スライドを切り替える手際は相変わらず見ていて気持ちがいいほどだ。
ヨウが戸惑う間もなくこちらが理解した体で物事が進んでいく。ここまで来るといっそ清々しいというもの……召喚装置?
異世界人のヨウにとっても聞き馴染の有る単語が早速出てきたと思いきや初っ端から破壊という単語が飛び出してくる。最悪の場合元の世界に帰れなくなる可能性が浮上しているのだが、そこは例の願望の力とやらで解決するつもりなのだろうか。