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第7話 事故の後で

 翌朝──ヨウは空腹で目を覚ました。

 昨日通されたばかりの自室には食料の類が段ボールに詰められた状態で用意されていた。それらは全て缶詰であり、夕食と朝食の二食が揃っていた。

 とはいえヨウが「今まで」家で食べていた食事量と比較するとどうにも物足りない。肉が数切れとパンの缶詰、ほんの少しの果物と飲料水。水に関しては綺麗なものが飲めるだけありがたいのかもしれないが、現代人からすると非常に味気ない。

 空腹ではないが、満たされてもいない。

 生活に関して大いに不満はあるものの帰還の目途が立たない現状彼等に従う他無いのだろう。ヨウは食料とは別に支給されていた「制服」の段ボールに手を掛けると昨日今日用意したにしては身体に合ったロングコートに袖を通した。


 自室に辿り着くまでに必ず会議室を経由しないといけない構造というのは少々特殊かもしれない。自室を出て廊下を通り、突き当たりのドアを開くと昨日指定された会議室に辿り着く。

 中央に円卓、その周囲に疎らに椅子が用意された会議室──予定時刻より30分前に来たというのに。既に環ともう一人の先客は席に着いていた。

 身長の低さ、艶やかな茶髪のロングヘアーからして……女性だろうか?


「貴女がヨウさん?私、エセル。姓が無いから名前で呼んじゃって。……自己紹介始めていいんだよね?環さんは昨日もう済ませてるんでしょ」


 女性は会議室の扉に背を向けて座っていた。足音はしただろうが、ヨウが声を掛ける前にすっと席を立つと彼女は無言でヨウに隣の席を勧めた。

 昨日のノエルに引き続きやはり女性というにはまだ若々しい年頃だ。

 ──異世界人は労働人口が若年層に偏っているのだろうか……?

 行儀が悪いとは思いつつも隣の席のエセルの横顔をまじまじと見つめるヨウ。広く見積もっても±5歳の年齢差だろう。ロングコートにブラウス、黒いネクタイ……全く人の事は言えないが、制服に着られている感じが否めない初々しい雰囲気だ。

 エセルの問いに正面の席に腰かけている環はこくりと頷いた。

 ……環に関しては昨日の自己紹介以上の情報開示は現状無いらしい。


「何から話そっか。うーん……私はフェノムセクター、つまりここが地元なの。それで新卒でフェノム・システムズの警備職員として今年就職したの。仕事内容としてはオフィス内の警備。異世界の人にイメージ湧くかな……つまりね?」


 エセルはフェノム・システムズが統括するこのセクターの出身者であり──地元で就職した社会人である。大企業に就職するということはエリートなのかと思いきや「戦闘に携わる職種」というものはそうではないらしい。

 エセルは高校を卒業した後、いくつかの企業に履歴書を送った。そして運良く地元企業に採用された後は至って普通の社会人をしていた。先日の「学習機材」の企業概要の中にあった警備チームというのが、正にエセルのいた部署であろう。

 ここまでは理解出来た──問題は新卒の彼女が何故、入社早々新設チームに一人で異動になっているかである。

 食い入るようにして話に聞き入るヨウとは対照的に環はぼんやりと天井を見上げていた。


「ウチの事業内容は多分教わってるでしょ?」

「一応ね」

「警備チームの仕事は大きく分けて二つ。一つ、処理チームがしくじった時にトラブルを解決すること。二つ、外部からの侵入者を排除すること。オフィスには戦地から回収された廃品に死体に変異体も沢山いるんだよ」


 ヨウはタブレットを起動し、先日ノエルから指示された通りにデータベースへと接続した。情報自体は情報機材で見聞きした内容と変わらないが、こうしていつでも見返せるのは便利だ。

 フェノム・システムズの主導する技術は物質浄化・相転移技術 ──汚染された物質を分解し、浄化・変換する技術。固体、液体、ガスの相転移を駆使し、危険な物質を安全な形に変える。事業内容はその技術を用いた「異星兵器による汚染物の研究・処理」である。

 「研究」と「処理」の為にオフィスには大勢の処理職員が在籍し、対象となる廃品・死体・変異体が山積みになっている……そこで発生した問題を解決するのがエセルのような戦闘チームの人間なのだという。ここまでは理解が出来た。


「影の怪物とか、八本腕の死体とか色々いたけど……まあそれはいいの。慣れちゃったし。入社早々にどうして私がここに異動になったか気になるんじゃない?」

「それはまあ……そこそこ」

「それがね、困ったことに記憶がすっぽり抜け落ちてるの。家も仕事の事も覚えてるから記憶喪失じゃないんだけど。私、ここ最近の記憶が無いのよ」

 

 記憶喪失ではないが、記憶が抜け落ちている──エセルは軽い調子で話しているが、少なくともヨウが暮らしていた世界であれば大事件である。最初に疑われるとすれば精神病やストレスによる弊害というところだろう。

 エセルは手元のペットボトルの水を勢いよく流し込んだ後に溜息を吐いた。とはいえ表情は変わらず、それほど湿っぽい雰囲気でもない様子である。


「環さん、話しちゃっていいよね」

「ああ、どうせ調べてればすぐ出てくることだからな」

「あー……ヨウさん、落ち着いて聞いてほしいんだけど。この企業ね、最近リフォームしたのよ。企業名で検索すれば絶対ニュース記事が引っかかるわ」


 ──記憶喪失とオフィスのリフォームとで一体何の関係が有るのだろうか?

 促されるままヨウがタブレットの検索機能を用いてニュース記事を検索すると彼女達の言う記事は直ぐにヒットした。ご丁寧に比較用の写真付きで記事が並んでいる。リフォームとは到底言えない「爆発事故」の記事ではあるが。


「事故でオフィスが縦に伸びたの。それから空間が滅茶苦茶になって……何か月か建物の内外を出入り出来なくなったのよ。私はそこに監禁されちゃったと」

「……食料とかどうしたの?」

「その記憶が一切無いのよ。私はオフィスの地下で倒れているところを救助されたから。同僚やチームの皆は死体で発見されたのに。どういうわけか蘇生が出来なかったみたい。」


 表向きは爆発事故。

 非現実的な話ではあるが、社内の何らかの事故(エセル曰く変異体の暴走の可能性が高いらしい)により、ある日突然オフィスの空間が滅茶苦茶になったという。ドアが別の部屋に通じていたり、廊下が変形したり……オフィスが迷宮と化した。

 エセルにはその事故に「困った」記憶は有るのだが、自分がどのように数か月その空間内で生き延びたかがまるで思い出せないらしい。

 目覚めた時には医務室のベッド、そこで仲間の訃報を聞かされていた。


「それでね、ベッドで寝てる私に代表が直々に会いに来てくれたの。『君さえよければ新しいチームで働かないか』ってね。」

「それって口封じじゃないの?」

「そう思ったけど……代表はここで働くことで私の記憶も仲間の事も取り戻せるって言ったのよ。だから私はその申し出に応じたの」


 企業の代表がわざわざ病床の社員を見舞う──一見すると美談のようだが、その内容を聞く限りではどうにも裏があるように思えて仕方がない。

 エセルも当然それを疑ったが「記憶と仲間を取り戻す」という取引に応じたらしい。ヨウは何となく自分がこの企業に勧誘された時の事を思い出していた。

 ……もしかすると環もまた何らかの取引を持ちかけられて入社したのだろうか?


「アテはあるの?」

「それが話の本題なのよ。ここからは環さんの方が詳しいよね」


 何か月も前に死んだ仲間を蘇生し、ついでに記憶まで取り戻す。

 夢のような話だが、エセルの様子から察するに何らかのアテがあるようだ。


「アテはある。それが俺達の仕事の話にも通じるんだ」


 話を振られるまで暇していたのだろう。環は唐突に名を呼ばれ、やや驚いた様子で瞼を開けると少しだけ眠そうな表情で二人に向き直った。

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