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第6話 異世界ガチャの大ハズレ

「先にコレをお渡ししておきます。福利厚生の一環、リンクデバイスという装置です『正しい死因以外で死ぬことができない』と書類にも書いてありますよね?」

「死んでも生き返るってこと?そんな軽々しく言うこと?」


 ──この世界は比較的に人間の命が軽いんですよ!

 サインの済んだ契約書に目を通した後、ノエルはヨウの右腕に有無を言わせず黒いバンドを巻き付けた。そしてヨウを安心させるように自分も同じ装置を装着している様を突き付けるようにして見せた。

 ノエルはヨウから受け取った書類の福利厚生について書かれた欄を指差すと自分達が装着している機器の説明を始める──「リンクデバイス」は一見すると腕時計のようだが、中身は全く異なるという。装着していれば死亡時に再生するということだが、そんなことが有り得るのだろうか?

 ヨウは楕円形の黒い半球……恐らく装置サイズの本体を指でなぞってみる。時計としての機能を持たない玩具とそう変わらない。ヨウはうっかり何処かに置き忘れそうな気がして、きつく巻き付けるようにバンドを調整した。


「嘘みたいな話ですけど本当です。私も二回死亡したことがありますが、この通り問題無いでしょう?外勤と一部の内勤の職員にはこれが支給されているんですよ」

「じゃあ持っていない人もいるの?」

「施設内で死亡した場合は装置無しで再生の恩恵を受けられますからね。コレは外勤の職員が施設内にいる時と同様に再生出来るようにする装置です」


 どうやら内勤の職員が冷遇されているわけではないらしい。

 異世界人が相手でも現地人同様に装備を支給する点に関しては評価出来るかもしれない……その再生のメカニズムであったり「正しい死因」という条件がやや引っかかりはするものの、これは黙って受け取っておくべきだろう。

 異世界としてはハズレかもしれないが、組織としては当たりかもしれない。


――――――――――――――――――――


「先程お渡しした社用端末にもフロアマップは入っていますが……しばらく本社へ戻ってくることも無いでしょうし、本社について急いで覚える必要もないですね。ではまたお会いしましょう、ヨウさん」


 ノエルはヨウにタブレット型端末の使用方法を教えた後、「社員寮」へと案内をした。先程のようにオフィス内を複雑な経路に沿って進む中でヨウはフロアマップの必要性を感じたが、それを見透かしたようにノエルはその必要性をばっさりと切り捨てた。そして「中に入れば分かりますよ」とノエルは小さく言い残した。

 ヨウの中にある疑問は一つ。ここ本社の中にある社員寮に通されたのに「しばらく戻ってくることもない」とは一体どういうことなのか。仮に外勤だとしても仕事が終われば社員寮へ帰るのだから位置情報程度は把握しておくべきではないだろうか。

 ──思えばオフィスの端の端、とも言うべき場所に案内された気がする。

 何も無いフロアの廊下の突き当たり。何の変哲もない白い扉が一つ有るだけ。

 ここへ入る以外に選択肢は無いのだが、何となくイメージとは異なる入口にヨウは拍子抜けしてしまった。ここから社員達が出勤している様子が想像できない。

 少し間をおいてヨウがドアノブに手を掛けると、一人の男がヨウを出向かえた。

 

「俺は環。名前と用件は聞いている。ヨウ、だったな」

「ヨウ……ですけど、何か?」

「上に今日と今後の案内を頼まれた。最初に言っておくが、俺達に上下関係は存在しない。全員同じ立場だからな」


 パンツスーツに黒いネクタイ。眉が隠れる程度に長い前髪のショートカット。射干玉色の双眸。長身で痩せ型。ヨウは二十代半ばぐらいかと思ったが、東洋人らしい身体的特徴を持つ青年を前に案外もっと年上である可能性を考えた。

 先程のノエルと異なりあからさまに年上だと分かる容姿ではあるが……。

 これが上司──と思いきやその疑問も先回りして潰されてしまう。確かに上司にするにしては脆そうな、強く握ったら折れてしまいそうな男だ。

 緊張をほぐす為なのかと思えば、環は「同僚」の存在を示唆し始めた。


「明日からお前は代行業チームに加わる。そこまではいいな」

「説明を受けたので、まあ」

「詳しい説明は明日以降だ。今日は社員寮の案内、それから部屋に通すことだけ命じられている。深いことは考えるな。技術だけを考えればそれほど悪い所でもない」

「それフォローになってませんけど」


 環は会話が苦手なのかもしれない。

 淡々とした物言いといい、変化に乏しい表情といい……異世界人と直接会話をしたのはこれが二回目の為に彼等だけを判断材料にするわけにはいかないが、今のところかなり不穏だ。

 一先ず今日は社員寮の案内だけで終わるらしい。ヨウの答えを待たずに環はすたすたと廊下を歩いていく。環の一歩は大きく、ヨウは早足で環について行く。

 環が扉を開いた先には──大広間と呼べるほどの広さの空間が広がっていた。部屋中央には円形のテーブルが配置され、テーブルに合わせて疎らに椅子が置かれている。その様子からして会議室なのかもしれない。

 ヨウは部屋の様子を環の背後でぐるりと見渡してみる。


「明日はここに集合だ。集合時間は八時。席は自由に座れ」

「会議室ですよね?……へえ」

「もうここに用は無い。次はお前の部屋だ」


 明日の集合場所は会議室──そういえばこの世界に労働基準法の概念は有るのだろうか。「異世界人」は身元不明だ。朝早く出勤させて日付が変わるまで残業させる可能性もあるのではないだろうか。ヨウの中でふつふつと嫌な想像が過った。いざとなれば彼を殴って逃げだす事も視野に入れるべきだろう。

 環はヨウが考えていることなど露知らず、彼女を置き去りにするほどの速さで会議室を通過する。そうして小さなテーブルが置かれた共有スペースを横切り、辿り着いた廊下の部屋の一つの扉に手をかけた。


「ここがお前の部屋だ。鍵も渡しておく」

「他に人は住んでるんですか?社員寮にしては狭いような気がするんですけど」

「ここはチームの寮だ。必要最低限の作りでいい」


 ヨウの質問は呆気なくスルーされてしまった。

 環はヨウに鍵を渡すと「明日会議室で」とだけ言い残し、そそくさとその場を後にした。避けられているような感じはしなかったが、人付き合いが面倒な人間特有のコミュニケーションという気がしなくもない。

 それにしても設備が必要最低限でいいとは。謙虚なのか何なのか。

 ヨウが扉を開くと案の定部屋の中は殺風景。寝具などの最低限の家具だけが並んだ狭い部屋であった。脱衣室に浴室、トイレなどちょっとしたアパート程度の設備は揃っているが……とてもいい部屋とは思えないというのがヨウの感想だ。

 ヨウは漠然と部屋の空いたスペースに置く家具について考え始めていた──今後この部屋をカスタマイズ出来る余裕が有るのかは不明だが、この独房のような部屋で生活していくと身体より先に心を駄目にしそうである。

 ……そういえば、食事は付かないのだろうか?

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