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第4話 異世界の洗礼

「先程もお話した通り、これからヨウさんにこの世界のことをお教えしましょう。ああ、電気治療ぐらいの感覚で受けてくれればいいですよ。ヘッドギアによる情報伝達は痛くも痒くもないですからね」


 通路の先でヨウを待ち受けていたのはごく普通のオフィスであった。企業を舞台にしたドラマで使用されるようなステレオタイプ。廊下や壁、何所をとっても白いデザインは個性的だが。これはまだ現代でも通用するデザインの範疇だ。

 ノエルはヨウを連れていくつもの通路を横切り、何度か違うエレベーターに乗り換え、時に階段を上り……ようやくたどり着いた一室でヘッドギアを被せられていた。

 何故こうなったのか──話は数分前に遡る。端的に言えば通路でノエルが話してた「学習機材」の設置場所に案内された。

 小部屋と呼べる規模の部屋の中央にはマッサージチェアのような形状の椅子が配置されている。椅子をぐるりと囲むように用途の分からない機材が並んでいた。そして傍には恐らく遠隔操作をする為のPC……どちらかと言うと歯医者で治療を受ける時のような圧迫感に近い。そして数人、ノエルと同じ制服を着た職員が控えていた。

 ──そしてヨウはその椅子に座るように促された。


「やるのは技術者で私じゃないんですけど。こんなの滅多に起動するものじゃないですから……容量に問題は無いようですね」

「待って、それ危険なんじゃないの?」

「最初に中身を確認するので……まあプライバシー的な問題はありますけど、身体的には直ちに問題はないですね。うちの職員も戦闘中に記憶を消去された時とかにバックアップデータを復元したりするんですよ」


 ノエルはPCを操作する職員の隣で目を丸くしてモニターを覗き込む。

 彼女曰く学習機材の使用機会は限定的なものらしい──ノエルは包み隠さず機材について話した。これは記憶喪失など記憶に空き容量のある人間に対して行われる処置なのだそうだ。一度も記憶を失ったことがない「一般人」であれば伝達の必要はなく、無理に伝達を行うと発狂してもおかしくはないとのこと。ヨウの感性ではこれが恐ろしく感じたが、彼女の話では普通の職員が日常的に使用しているというのだからこれは恐らく環境の違いによる感覚のズレというものだろう。

 ──そしてヘッドギアを装着した時点で装着者の記憶容量というものは可視化出来る仕組みになっているそうだ。この時点でこちらの容量にはOKが出たという。

 ノエルは笑顔で「情報をあえて押し付けることで精神的に死なせる武器がある」と語ったが、これは今から処置を受ける人間に聞かせる話ではないだろう。

 ……うっかり殺されたらどうしよう。でもそんなに回りくどいことをするかな?

 スリーカウントの後、ヨウの意識は擦れるようにして途切れていった。


――――――――――――――――――――


 退屈な映画を漠然と眺めているような気分だ。

 ぼんやりと脳に直接映り込むようにして複数の映像が映った。恐らく身体的にはかなり無防備な状態なのだろうが、ノエル達はこちらに危害を加えてくるわけでもないためヨウは一先ず安堵の表情を浮かべた。もしかしたら痛覚すら遮断されているのかもしれないが、こうなった以上どうしようもない。


「転生者だとこういうのは元の身体にある情報が読み取れたりするんだよね。後は神様が知識や言語を教えてくれたり……」


 貸し切りの上映室で教材ビデオを見せられているようだ。

 この国は異星人と戦争していること──これは先程ノエルから聞いた。

 異星人が使用する兵器は正体不明。異星兵器は原因不明の「不審死」を引き起こす。これは人体発火から内蔵破裂まで多種多様であり、長い星間戦争の果てに人々はこれを自然災害として受け止めている。

 そして不審死の他に時折人間が「変異体」という怪物に変貌することがあるというビジョン。巨大な羽虫のような姿、六本足の肉塊、目玉だらけの人型、白鱗の竜……姿形も能力も多種多様な生命体が国の至る所で暴れ回っている姿が見えた。

 ──異星人が常に死をばら撒き、ついでに怪物を作っていく。その対処法というものも無いようである。……異世界ガチャ大ハズレなのでは?

 ヨウは数々の悲惨な光景に目を逸らそうとしたが、脳に直接伝達されているためか目を閉じても避けようがなかった。


「ようやく自己紹介が始まるわけだね。はあ……長かった。外でも独り言喋ってたらどうしよう。寝言ってことにしてくれないかな」


 ここでスライドが切り替わるようにして現れたのが、先程ノエルが口にしていたフェノム・システムズという企業と地理の概要であった。

 この世界は50のセクターに分割され、各々組織団体が統治している。そこでこの組織もまたセクターを持つ団体の一つであるということ──「州」のような規模ではあるようだが、一先ず一定以上の組織に属せたのはいいスタートかもしれない。

 物質浄化・相転移技術 ──彼等が主導する技術。汚染された物質を分解し、浄化・変換する技術。固体、液体、ガスの相転移を駆使し、危険な物質を安全な形に変える。ノエルの属する組織は「異星兵器による汚染物の研究・処理」を主な事業として相当な規模を誇っているようだ。


「普通は国に属するのが丸いんだけどね。まあいっか……」


 ノエルは組織の中で「調査チーム」に属しているらしい。

 スライドが次へと切り替わる──ノエルをはじめとする職員達はそれぞれ正規職員が担当する研究・警備・事務・戦闘・調査、そして非正規労働者による処理チームがあるという。変異体や不審死について研究する部署、社内の警備を担当する部署、事務を行う部署……そして戦闘チームと調査チームは先程こちらを迎えに来た時のように現場仕事のようだ。

 ──そして最後に映った処理チーム。これは捨て駒としか言えないだろう。

 アルバイトと思わしき人々が戦地から回収したであろう物や死体に対し、ひたすら何らかの処理を施している映像が映った。

これが放射性物質だったりしたらどうするのだろう……。

 ヨウは今まで映画を観ているような感覚でこの世界を眺めていたが、あまりにも人間の命が軽い有様にやや引いている自分に気が付いた。

 ──長い沈黙、映像が途切れた後に誰かの声がヨウを呼び覚ました。


――――――――――――――――――――


「はい、お疲れ様でした。一応生活で不自由が無いように社用端末はお渡ししておきますね。それで本題なんですけど、伝達処理を行っている間にいくつかヨウさんの中を確認させていただいたんですよね」

「……プライバシーとか無いの?この世界」


 もう既にヨウは「加入前提」で扱われているようだ。

 そしてノエルは間髪入れずに情報伝達中にヨウの脳内情報を確認したと告げる。他人の思考に直接アクセスするなど、恐らくヨウの故郷であれば万一そのような技術が誕生したとして厳しい法規制が行われるだろう──例えば犯罪者にしか使用できないだとか、そういった制限が細やかに決められるはずだ。

 しかしながら異文化の人間を否定したところでどうにもならない。

 こちらはアウェーの人間で、圧倒的少数派。いくら吠えても法も何も変えることが出来ないだろう。ヨウは黙って頷いた。


「一応あるにはあるんですけど……ヨウさんは『身元不明』じゃないですか。普通はスラムのチンピラですらきちんと登録されてるものですからね。だから一度何所の出身かちゃんとお聞きしておきたいと思って」


 一応こんな国でも規制自体は存在しているらしい──自分が含まれないだけで。

 「異世界には人権がない」「法の適用外」というのが彼女の言いたいことだろう。

 文句は山ほどあるが、一々突っ掛かっていても先に進まない。

 ヨウはノエルの質問に答えてやろうと思ったが、出身という話題に対して言葉に詰まってしまう。


「西養町……」

「家族構成は?」

「父、母、兄、それから私……」


 どうせ聞いても何にもならないであろうアウェーのことを何故聞くのだろう……ヨウはそれを疑問に感じつつも出身地を口にした。生まれも育ちもこの町、四人暮らし、ペットはいない。家から電車で40分ほどの距離の私立高校に通っている。

 「自分」のことだから、当然つらつらと情報が出てくる。記憶は無事だ。

 しかしヨウの中に一つの違和感が残っていた。気持ち悪いとすら感じる。

 まるで他人のプロフィールを読み上げているようだ。一つ一つの情報にはアクセスできるのに具体的なところまで手が届かない。

 ──自分は一体何者なのだろうか?

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