第五話生姜交渉と魔女の涙
「ご馳走様でした」
目が覚めたばかりの私はいつもは食堂で家族と食事を共にするが,念の為に夕食は自室で摂ることになった。
消化に良い様に野菜を柔らかく煮込んだホワイトシチューにリンゴのすり下ろしとハチミツとヨーグルトを混ぜた物だった。
(5日も食べてないけど、物凄くお腹が減っているわけでもないし、人の身体って不思議よね)
そんな他愛のないことを考えながら口元をナプキンで拭いていると部屋の向こうからノック音が聞こえる。
「ベレーナ私だ」
「どうぞお入り下さいお父様。ヴィオラ,ドアを開けてちょうだい」
「畏まりました」
「具合はどうだベレーナ」
声の主がお父様だとわかると,食器を片付けていたヴィオラに指示を出しドアを開けて貰う。
お母様達と食事を済ませその後に私の所に顔を出してくれたのだろう。
「お父様これっと症状はありませんでしたわ。食事も全部摂れましたし,ただ……」
「ただ…どうしたんだい?」
心配そうな顔をするお父様にこれはチャンスと言わんばかりにすかさず切り込む
「お薬がとてもとても苦くて…。お医者様が私の為に用意してくれたのは分かってはいるのですが……」
「確かにこの国の薬はとても苦いからね無理に飲まなくてもいいんだよ。子供のベレーナには辛いだろう」
一度目の人生で殿下の気を引く為に編み出した嘘泣きで涙を潤ませながら扇で口元を隠しながらヨヨヨと少し姿勢を崩すと,お父様は心配そうに背中を擦ってくれる。
殿下には全く効かなかったが,あっさりと引っ掛かったお父様には逆に心配になってしまう。
「飲まない事も考えたのですが,苦くなくて他に代用出来るものがないか薬草図鑑で調べてみたら興味深い物がありまして……」
「こちらで御座います」
そう言ってヴィオラにパチンと目で合図を送ると、ヴィオラが図鑑を開いてお父様に渡してくれる。
「この生姜なら飲めるのではと思いまして…。お医者様に伺っていただけないでしょうか?」
「ふむ,確か生姜なら肉料理の薬味としてシェフが保存している筈だ。早速客間に待機しているお医者様に相談してみよう。それにしても生姜にこんな効果があったのか…」
「お父様ありがとう御座います!!」
図鑑を興味深そうに見ながら呟くお父様に私は嬉しくて腕に抱きつく。
(やったわ!これで早ければ明日からあの苦い薬を飲まずに済むわね)
「生姜の事についてはまた明日伝えるから今日はもう着替えて寝なさい。お休みベレーナ」
「分かりましたわ。明日を楽しみにしています。お休みなさいお父様」
お父様にお休みの挨拶を済ませ腕を開放すると私から離れヴィオラがドアを開け退出して行った。
「お嬢様私もお湯とタオルを取って参りますので一度失礼致します」
そう言ってヴィオラも食器を運びながら退出して行った。
そして戻って来たヴィオラに身体を綺麗に拭いて貰い,髪を櫛でといて貰ってから寝巻きに着替えベッドに入る。
ヴィオラは片付けを済ませるとカートに何故か薬草図鑑を乗せていた。
「ねぇ,その図鑑はどうするつもりなのかしら?」
「お嬢様の事ですから夜通し読書をされる可能性がありますので夜間は預からせて頂きますね。旦那様には了承済みです」
「うっ…」
痛いところを突かれて押し黙るしかなかった。
「昏睡状態から目を覚まされたばかりなのですから,お身体をご自愛下さい。それではお休みなさいませお嬢様」
「心配してくれてありがとうヴィオラ。お休みなさい」
挨拶を済ませるとヴィオラは壁にあったスイッチを押すと,光魔法で明るくなっていたシャンデリアが薄暗くなる。
コツコツと足音が聞こえなくなるのを確認するとベッドから下りる。
(ごめんなさいね。でも私には時間がないの。魔法の練習もしておきたいし1人なっている今がチャンスなの)
心の中でヴィオラに謝罪をしてステータスを開くと光る星マークが目に入る。
「新しく何か増えているわね。何のマークかしらこれ?」
星マークに触れると今度は文字が映し出されそこには,
新しい毒魔法を獲得しました
〜魔女の涙LV.1〜
魔法消費 5
毒の涙を流し,涙を見た相手は自分の言いなりに出来る精神干渉魔法だが,簡単な指示しか出せない。
また相手との友好度・魔法への抵抗力によって成功率にムラが生じる。
と書かれており,思わず歯を食いしばってしまう。
(魔女って何よ,魔女って!!普通は【乙女の涙】とかじゃないのかしら!!私まだいたいけな10歳…じゃないわね。中身は18歳になるわね)
思わず魔法の説明にイラッとしてしまったが,自分の年齢の事を考え冷静さを取り戻す。
「一度目の時に発動してなくて良かったですわ。殿下に掛けていたら…,それこそ大変な事になっていましたわ」
思わずお願いを聞いてしまう殿下を想像してゾッとしてしまい,頭をブンブンと横に振りあることを思い出す。
(そういえば,殿下の笑顔って見たことないわね…)
私以外の方にも愛想笑いはするものの,新しい婚約者にすると言った令嬢と二人きりの時を目撃した瞬間も笑顔を見ていない事に気づく。
「っていけないわ。今は殿下の事より魔法の事よ。この新しい魔法を使えば私が毒魔法使いである事を上手く隠せるかしら…」
魔法で他人を操る事に申し訳なさで胸がキュッとなるが,背に腹は代えられない。
「取り敢えず悪い事ではないお願いで使ってみましょう。その為にはお願いの表情の練習ね」
そうして鏡の前で表情やポーズの練習をし過ぎて寝不足になるのであった。
〜ベレーナの破滅脱却プラン〜
殿下と婚約しない!(現在進行中)
刺客に襲われても大丈夫なように鍛えて貰う (お母様の修行まで後4日)
New毒魔法を判定時に知られないようにする
為に魔女の涙を使いこなす