プロローグ
「ベレーナ・ドナマルバージャ公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!フィオーレ・ソーニョ男爵令嬢への度し難い非道な仕打ちには我慢ならん!!」
「ベレーナ様どうかお認めになって!これ以上罪を重ねても何の意味もありません!」
今夜は学園の卒業パーティーの最中に私ベレーナ・ドナマルバージャは突然の婚約破棄に茫然とする。
私の婚約者であり帝国の皇太子であるアルジェント・サントインペラ殿下は私のエスコートをそっちのけ,傍らに他の令嬢を侍らせている。
傍らの令嬢はあろう事か殿下に寄り添う形でスーツの脇部分をギュッと握っている。
長年続く学園の形式ある卒業パーティーで淑女として如何な物か一言申したくもなる。
「これよりアルジェント・サントインペラはフィオーレ・ソーニョ男爵令嬢を新たな婚約者として迎える所存である!」
「ウフフ…アハハハ!アーハッハハッハ!」
その言葉を聞いた瞬間私は狂気に冒されるように笑いが止まらなくなる。
周囲の人達は気味悪がって私から距離を置いて後ずさっていく。
10歳で殿下の婚約者になり,未来の王妃として厳しいマナー・ダンスのレッスンに加え王族へのお茶会・夜会に幾度となく参加してきた。
それなのに殿下と一緒に参加した事は殆どなく,誕生日祝いすら貰ったことが無い。
挙句の果てには毎年殿下誕生日祝いを送っていたのに,昨年から拒否される始末である。
「私はこんなにも貴方様を愛していると言うのに…まだお解りになっていただけないのですね。アルジェント殿下」
私は先程の笑い狂った姿から一変して涙を流しながらも冷え切った表情へと切り替わる。
そして私の周りから紫黒色の大蛇が現れパーティー会場全体に咆哮が轟く。
大蛇の咆哮によりシャンデリアは割れ,床や壁に亀裂が入り余りの事態に会場は阿鼻叫喚に見舞われる。
「白銀牢獄」
そんな中殿下は眉一つ動かさず魔法を発動させると,大蛇は一瞬にして白銀の氷に覆われ砕け散る。
(殿下の魔法は本当に綺麗ね…)
上からヒラヒラと舞い散る氷の欠片に見とれているといきなり胸に激痛が走る。
「えっ!?」
胸へと視線を変えると地面から氷の槍が生え,自分の胸を刺し貫いているのだった。
「かはっ…!」
口から真っ赤な血がこぼれ落ちる。此度の卒業パーティー用の為に誂えた紫のドレスも傷口から段々と真紅が広がっていく。
氷の槍が消えると私はバタンと床に倒れ込む。私は力の入らない体で視線だけでもと殿下の元へ向ける。
「…」
大量の血を流し体温が下がっていくのと,人を刺し貫いても無表情の殿下を見て,段々と冷静になってくる自分がいた。
(あぁ,殿下って本当に私に興味がなかったのですわね…。私も殿下もお互い長い時間を無駄にしてしまいましたわね。)
「はぁ,はぁ」
呼吸も浅くなり,視界がぼやけてくる。
(殿下はえーっと誰だっけ?他の方を新しい婚約者にするんでしたっけ?どうぞお幸せに。私だって次があるなら私に色んな表情を見せてくれる殿方と一緒に居たいですわ…まぁ,ここで人生を終える私に次なんてないのでしょうけれど……)
そうして私の意識はブツリと途絶えたのだった。