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マシュマロの呪い

作者: たけ てん

 

「お前のほっぺたはマシュマロみたいだな」


 幼い頃、迷子か何かで泣いていたシェリーを助けれくれた男の子がいた。差し出された手を握ると、心配ないとでもいうように優しく握ってくれた。

 まだ幼かったシェリーは、それが何歳のときで、何処で何をしているときだったのか、詳しくは覚えていないけど、大人になったら結婚しようと約束した。

 単なる子どもの戯言だけど、それだけは覚えている。


「素敵な男の子だったな……」

「シェリーまたその話? 顔も名前も覚えていないんでしょう?」

 シェリーが思い出に浸っている時に、呆れたようにそう言ったのは学友のサンドラだった。

 サンドラは今日も可愛いわね。すっと通った鼻筋と、ぷっくりとした唇、透き通った湖のような青色の瞳に美しい銀色の髪はサラサラストレートだ。

 なぜシェリーと一緒にいるのか分からないと思うほどに可愛い。

 対してシェリーの髪はちょっと癖っ毛でうねっており淡いグリーンだ。目は蜂蜜色だからそこだけは少し自慢。唯一の自慢だと言っても過言ではない。

 周りからは、「シェリーは引き立て役ね」とよく言われるけれど、引き立て役などいなくてもサンドラはどこからどう見ても可愛い。

 こんなに可愛ければ……とシェリーはいつも羨ましいと思って見ていた。


 伯爵家のご令嬢であるサンドラの元には、今でも多数の釣り書きが届いていると聞く。婚約者がいるのにだ。

 サンドラは5歳の頃に婚約した、幼馴染のちょっと冴えないクレートという同じく伯爵家の三男との婚約をずっと貫いている。サンドラからしてみたらクレートはとても格好いいらしい。


 ちなみにシェリーには婚約者はいない。今年15歳になり、来年はデビュタントを迎えるのに、仲のいい男の子の一人や二人すらいない。

 シェリーの家は結構裕福な子爵家で、兄ロランドはとてもモテる。それは家が裕福ということもあるが、母譲りの深い青の髪や、エメラルドのような綺麗な目、背も高く騎士団に所属していて、強く美しいからだ。

 シェリーは兄を狙うお姉様方にはそこそこ人気がある。兄がシェリーを大切にしていることは周知の事実で、シェリーと仲良くしておけば選ばれる確率が上がると思っているんだ。そのせいで、度々呼び出されては「ロランド様によろしくお伝えください」などと言われお菓子などを貰うことが多い。昨日も学校帰りに引き止められて、可愛らしい星の形のクッキーを貰ったばかりだ。

 並ばないと買えないような人気店のお菓子を貰えるのは嬉しいけれど、優しくしてもらっても兄の結婚相手は兄が決めるのに……


「サンドラはいいわね。ラブラブな婚約者がいて」

「私はクレート様に好かれるよう努力しているもの。彼の好きな難しい本を読み込んで話を合わせたり、美容にもお洒落にも気を遣っているわ」

 ラブラブとは言っても、クレートはあまりベタベタされるのが好きではないらしく、愛の言葉の一つも囁いてくれないと、愚痴を漏らされたこともある。でもそのクールなところもいいんだとか。

 ご馳走様です。愚痴というか惚気を聞かされるのは、幸せをお裾分けされているみたいだから嫌いじゃない。好きな人がいて、好きな人と婚約できて、いつでも会える二人の関係が羨ましいと思った。

 結婚の約束をした男の子は、今どうしているのかしら? きっともう忘れてしまっているんでしょうね……


「努力ねえ……」

 行儀悪く頬杖をついて顎を乗せてみる。とても柔らかい感触だ。

 シェリーの顔は丸い。父親譲りかもしれない。シェリーの父親も顔が丸く、丸々と太っているんだ。そして細く美しい母とは対照的にシェリーもまたぽっちゃりとした体型をしている。ティータイムのお茶には痩身作用のあるハーブを入れてもらったり、お茶だけでお菓子は頂かないなど、シェリーも体重が増えないよう気をつけてはいるんだけれど、効果はほとんどない。

 兄に付き添ってもらい、ランニングをしたこともあったんだけど、いきなりそんなことをしたものだから、その日の夜から酷い筋肉痛に見舞われて、数日動けなくなってしまった。

「シェリーにはまだ早いみたいだね」

 そう兄に優しく言われ、向いていないのだと思い、ランニングは諦めて朝にタウンハウスの庭を散歩するようになった。

 早朝のため、兄も仕事でなければ付き合ってくれるし、兄がいない時は、侍女や庭師が付き添ってくれる。敷地内なのだから付き添ってくれなくてもいいんだけど、シェリーが一度一人で散歩している時に池に落ちてからは一人で散歩をさせてもらえなくなってしまったのだ。


 湯浴みをしたらしっかりメイドたちにお肉を揉みほぐしてもらうし、たまに令嬢の間で流行っているというバスソルトを使ったり、ハーブを浮かべて半身浴なんかもしてみるんだけど、効果はほとんど感じられない。

 食事にも気を遣っている。シェフにお願いして、野菜を多く使ってもらい、夕飯ではパンを食べないし、お肉は二日置きにしか食べない。お姉様方から頂く高価なお菓子も、一口は頂くけれど、あとはメイドたちに渡している。

 それなのに痩せないのだ。これはもう痩せない呪いにかかっているとしか思えない。


 シェリーのデビュタントは両親も兄もとても楽しみにしているけれど、シェリーはとても憂鬱な気持ちでいっぱいだった。

 何着も仕立てられたドレスはどれもとても素敵なものだけど、何度鏡で見ても似合っているように見えないのだ。メイド数人でコルセットをギュウギュウに締めてもらうと、とても苦しいし、コルセットの上下から抑えきれない肉がはみ出てしまう。上は無理やり胸に持っていくけれど、胸までいけなかった肉が背中も脇もドレスの上に乗ってしまう。下もはみ出した肉がお尻をさらに大きく見せて、まるで肉のかたまりを真ん中だけ締め付けているような見た目になる。


「そう言えばお見合いしたんでしょ? どうだったの?」

 今思い出したとでもいうようにサンドラが身を乗り出して聞いてきた。そんなこと、聞かなくても分かるだろうに。彼女は悪気なくそんなことを聞くことがある。

「また失敗よ。上手くいっていれば、真っ先にサンドラに知らせたわ」

「そう……」

「先方は優しい人だったわ。でも最後に、『性格は好みだけど、もう少し痩せてもらえないだろうか』って言われて諦めたの」

 きっとシェリーの実家が裕福だから機嫌を取るために優しくしたんだろう。最後の一言がそれを物語っていた。

 シェリーはいつものことだと気にも止めていなかったけれど、サンドラは怒りを露わにした。

「なんなのその男は! シェリーほど魅力的な女の子はいないわ。全然分かってない。そんな男、こっちから願い下げよ!」

 こうしてサンドラが怒ってくれるから、シェリーは救われる部分もある。悲しく苦しい思いも、誰かが怒ってくれたり悲しんでくれたりすると、少し溜飲が下がる。シェリーは自分のことのように、こうして怒ってくれるサンドラが好きだ。

 残念ながらお見合いの連敗記録は更新してしまったけれど、友達のありがたみを実感できたのだから悪いことばかりでもなかった。



 ある日の夕刻、シェリーが学園からタウンハウスへ帰ると、ロランドが友人を連れてきていた。

 美しい人の周りには美しい人が集まるのだろうか?

 美しい金髪に、濃紺の目がとても美しい、兄と並んでも引けを取らない美丈夫がそこにいた。

 綺麗ね。美しい男性が二人が並ぶ姿は圧巻だった。

「シェリー、おかえり。紹介しよう、彼は隣国アメーリアから遊学にきているリベリオ」

「リベリオだ」

 無表情でシェリーをチラリと見て、なんの興味も無いというように、素っ気なく名前だけを告げると、彼は目を逸らしてしまった。

「シェリーと申します」

 シェリーもまた簡単に名前だけ告げると、すぐに兄を見た。

 兄は一体何を思って愛想のないこの人を紹介してくれたのだろう?

 同じ美しい男性でも、シェリーは優しい笑みを向けてくれる兄の方が好きだと思った。


 それからリベリオと名乗る男は、よくシェリーの屋敷に来た。兄と三人で一緒に食事を取ったり、お茶をすることもあったが、素っ気なく口数の少ないリベリオのことが、シェリーは少し苦手だった。

 お二人が仲良しなのは分かっているけれど、シェリーまで一緒にいなければならないのは疑問であり、少し窮屈な時間に思えた。


 ある休日の午後、いつものように三人で庭を散歩していると、シェリーが躓いてしまった。前のめりに倒れそうになるシェリーの腹に、後ろから手を回して支えたのは兄ではなくリベリオだった。

「柔らかいな」

 そう耳元で囁かれ、シェリーはこの腹に回された腕が兄のものではなくリベリオのものであることに気付いた。それにしても失礼である。シェリーは太っていることを馬鹿にされたのだと思って悲しくなった。

 いくら兄の友人であっても、助けてくれたのであっても、悲しいと思う気持ちを止められなかった。

「ありがとう……」

 小さく呟くと、途端に泣くまいと堪えていた涙が溢れ出してしまった。


「リベリオ、シェリーに何を言った? もう帰れ」

 いつも優しい兄からは想像できないほど低く恐ろしい声が聞こえると、シェリーの涙は一層増した。

「ちっ、違う。すまない。傷つけるつもりはなかった。今日は帰るが、改めてお詫びさせてほしい」

 リベリオは慌てた様子で手を忙しなく動かしながらそう言うと、その場を立ち去った。シェリーは兄と共にそんなリベリオの後ろ姿を見送った。

「とうとう澄ました顔が崩れたな」

 兄がおかしそうにそう言うと、シェリーもいつも冷静で淡々としているリベリオの慌てようを見てしまったから、本当にそんな気はなかったのだと思い、涙は止まった。むしろ泣いてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 翌日、リベリオは夕刻に一人で真っ赤な薔薇の花束を持って屋敷にやってきた。

 リベリオの来訪を知らせに来た執事から、玄関でいいと仰せだと言われ、シェリーはそのようなところでお待たせするなど失礼だと、慌てて玄関へ向かった。

「本日、兄は夜勤なのでおりませんよ」

「知っている。今日はロランドではなくあなたに会いに来た」

 昨日、シェリーが庭で泣いてしまったことだろうと想像はできたけれど、いつも会う時は三人だったのに急に二人きりなど、とても緊張するし気まずい思いだ。それに真っ赤な薔薇の花束など、お詫びに相応しいとは思えない。何を考えているのか分からず、とても不安な思いでいっぱいだ。

 会いに来たなどと言われても、なんと答えればいいのか分からないし、シェリーはどうしたらいいのか分からず途方に暮れることになった。


「今日はあなたにこれを渡しに来ただけだ」

「ありがとうございます」

「これは昨日のお詫びでもあるが……」

 リベリオは語尾を濁した。その先は口を噤んでしまったから、シェリーはますます意味が分からないと首を傾げるばかりだ。


「いや……どうか受け取ってくれ」

 シェリーがリベリオの手から花束を受け取ろうと両手を伸ばすと、その手を掴まれ強引に引き寄せられた。そのせいで二人の間に挟まれた薔薇の花束はグシャッと潰れた。

「俺のものになれ」

 耳元でリベリオに低音ボイスでそう囁かれると、驚きに目を丸くしている間にリベリオは、シェリーを玄関に一人残しさっさと帰ってしまった。

 なんだったのかしら……? シェリーはそのまましばらく玄関で放心していた。

 グシャッと形が歪んでしまった花束を眺めていると、はっと我に帰り、慌てて部屋に戻った。まるで現実味がない。それなのに目の前には潰れた花束があり、あれは紛れもない現実なのだと主張してくる。


 ーー俺のものになれ

 それって……

 幼い頃に助けてくれた男の子とは真逆に見える。シェリーの理想は幼い頃に結婚の約束をした男の子のような、優しく頼もしい男性であって、リベリオのように強引に引き寄せるような男ではない。それなのに、リベリオが触れた手が熱い。少し硬くて、大きくて温かかった。その日シェリーはドキドキしてほとんど眠れない夜を過ごした。


 翌朝の早朝、日課の散歩をするために外に出ると、なんとリベリオが一人で待っていた。

 昨日のことがあるから、シェリーはリベリオの顔がまともに見られなかった。

「おはよう、ございます……」

「おはよう」

 まるで昨日のことは夢か幻とでも言うように、いつもと変わらない様子に見える。挨拶だけで他に会話は無いし、昨日の答えを聞かせろとも言ってこない。

 その代わり、途中で左手を差し出された。

「ほら」

 シェリーは幼児ではないのだから、そうそう転びはしないし、手を繋ぐなど……と思い、その手を取っていいのかと迷っていた。


「また転ぶといけない」

 リベリオは迷っていたシェリーの右手を強引に掴むと、戸惑うシェリーの心を置き去りにして歩き出した。もう何度も兄も含め三人で庭を散歩しているから、リベリオはうちの庭を把握している。どこにどんな花があって、どんなふうに道筋があるなどは、分かっているんだろう。迷いなく進んでいく。

 手を引かれたまま薔薇園に行くと、薔薇のアーチの中でリベリオはくるりとシェリーを振り返った。何?

 驚く暇も与えられないまま、握っていた手が引き寄せられ、いきなりのことに体勢が崩れてシェリーはリベリオの胸に倒れ込んでしまった。

「ごめんなさい」

 シェリーは咄嗟に謝って、慌てて離れようとするも、そのまま抱きしめられた。


「逃げるな。わざとだ」

 わざとだなんて言われても、シェリーはどう答えていいのか分からない。

「私のことを揶揄っておられるのですか? 揶揄うのはもうおやめください」

 シェリーに言えるのは、これくらいだった。どう考えても揶揄っているとしか思えない。男性はみんな、腰が細く華奢な方が好きで、シェリーのようなぽっちゃり体型は求められていない。シェリーは見合いを断られる度に実感していた。そう実感するほどの回数、断られてきたからだ。


「俺は本気だ。俺のものになれ」

「人違いじゃありませんか?」

 そんなことを言われても困る。シェリーには幼い頃に結婚の約束をした男の子がいるのだ。子どもの戯言だとしても、叶わない恋だとしても、シェリーにとっては大切な思い出で、そして理想はあの男の子のような男性なんだから。リベリオとは違うのだ。


「間違うものか。やっと地盤を固めてシェリーを迎えにきたんだ」

「え?」

 シェリーは戸惑った。迎えにきた? どういうこと? リベリオとは過去に会ったことがあるんだろうか? 記憶の糸を手繰り寄せながらリベリオの顔をじっと見つめた。

「そんなに見つめるとキスするぞ」

「やめて下さい。まだ私たちはそんな関係ではありません」

 ここはきっちりと断らなければならない。貞操観念が緩いと思われたくないし、そんなつもりもない。太っているのは事実だから仕方ないとしても、そんな誤解をされるのはごめんだ。


「お前のほっぺたは相変わらずマシュマロみたいだな」

 不躾に頬に触れたリベリオにそう言われてシェリーは一瞬息が止まった。

「なっ、なぜ?」

「忘れたのか? 俺のこと」

 マシュマロみたいなほっぺただとシェリーに言ったのは、あの男の子だけだ。その話をしたのはサンドラだけであり、サンドラが人の思い出をペラペラと他人に話すとは考えられない。だとしたら、リベリオがあの男の子なのだろうか?

 シェリーは理解が追いつかず考え込んでしまった。


「忘れてないよな? 『このほっぺたを目印に迎えに行くから、ずっとこのほっぺたをマシュマロに保て』そう言った俺との約束を守ってくれたんだろ? 嬉しいよ」

 そう微笑んだリベリオが、あの日の男の子と重なった。


 そうだ。シェリーは痩せたかった。周りはみんな細くて綺麗で、それなのになぜ自分だけ痩せないのかと思っていた。その一方で、このほっぺたの柔らかさを失ってはいけないと思っていた。だから痩せられなかったんだ。食事を減らしても、運動をしても、不安になって夜になると菓子を食べてしまった。

 あの男の子との約束……


『このほっぺたを目印に迎えに行くから、ずっとこのほっぺたをマシュマロに保て』


 シェリーはあの男の子のことが好きだった。だからいつか迎えにきてくれることを信じて、自分にマシュマロの呪いをかけていたんだ。


「シェリー、迎えにきたよ。ロランドから体型を気にしているのだと聞いた。俺は今のままのシェリーが大好きだけど、悩ませたくはない。

 ごめんね。マシュマロの呪いなんかかけて。誰にも取られないために俺が呪いをかけたみたいなものだ」


 今のままのシェリーが好きだと言ってくれる人がいる。シェリーは信じられなかった。でもずっと腕の中に閉じ込められていると分かる。どこか懐かしい香りがしたから。

「でも、でも……細くて可愛い女の子の方がいいでしょ? みんな男の人はそうだもの。あなたに再会できるなら、もっと綺麗になっていたかった」

 約束を守りたかった。それも本音だったけど、綺麗な自分になって再会したかったのも本音だ。女心は複雑なのである。


「シェリー、それは私のせいだな」

 後ろから声が聞こえて、振り向くと兄がいた。

 シェリーは自分が太っているから見合いを断られるのだと信じて疑わなかったし、実際にそう言って断られらたこともある。しかし、兄が話す内容を聞いてシェリーはなんだか気が抜けてしまった。



 ここは12年前の隣国アメーリア王国の王城。

「シェリー、おそいぞ!」

「まって〜」

 子どもにとって5歳の差は大きく、3歳のシェリーは8歳のロランドとこの国の王子リベリオが歩くスピードについていけなかった。

 ズンズン自分のペースで進んでいくロランド、シェリーに手を差し伸べてくれたのは兄ではなくリベリオだった。

「ほら」

「ありがとう」

 シェリーの母がアメーリア出身ということもあり、アメーリア新国王の戴冠式に家族で来ていた。そこで出会ったのがリベリオだ。周りが王子王子と煽てくるのが気に食わなかったリベリオは、自分を見ても物怖じしないロランドを気に入った。当時はただわんぱくなだけだったが、二人は同い年ということもあり、すぐに仲良くなった。そこにくっついてきたのがシェリーだ。

 プニプニで柔らかいほっぺたが可愛かった。握った手も柔らかくてリベリオは守ってあげたいと思った。

 戴冠式を含め新国王の誕生ということで何日にも渡ってパーティーが開かれ、その間ずっと三人は一緒にいた。

 シェリーは迷子になったわけではなく、ロランドに置いて行かれて泣いているところを、リベリオが慰めていただけだった。

「ロランド、僕はシェリーを嫁にもらう」

「好きにすればいいだろ?」

「準備を整えて迎えにいくから、それまではシェリーに男を寄せ付けないでくれ」

「仕方ないな」

 そんな約束をロランドとリベリオがしていることをシェリーは知らなかった。



「妹に手紙でも書いたらどうだ?」

「ダメだ。感動の再会からの燃え上がる恋を計画しているんだ」

「お前、アホだろ」

「俺はアメーリアの王子だぞ? 何だその物言いは!」


 こういう奴のことを初恋拗らせてるって言うのか……ロランドはため息をついた。

 度々シェリーの近況を尋ねる手紙を送ってきて、適当に最近のことを書いて送り返してやると、俺の天使だの女神だの気持ちの悪いお礼状とお礼の品が送られてくる。

 だから、2年ほど前に使者の護衛としてアメーリアに行った時、久々に再会したリベリオに手紙を送るならシェリーに送れと言ってやったら、謎の計画による拒否を告げられた。


 シェリーは意外とモテる。物腰も柔らかいし、ぽっちゃりしているがそれが可愛いし、学園の成績は優秀だ。

 だから必然と見合い話は多かった。その度にロランドは、友人であるリベリオとシェリーのために破断になるよう仕向けるということを裏でこっそりとやっていた。中にはシェリーが太っているのが嫌だという男もいたが、大半はぽっちゃり体型のシェリーを肯定する男ばかりだった。


 人気がないのであれば見合い話もこないはずなのだが、シェリーはそこまで気が回らないらしい。

 そして意外に人気があるシェリーに焦ったのはリベリオだ。

 デビュタントを迎えてしまえば、今まで以上に狙われるようになるぞと脅しをかけてやれば、前倒しでシェリーを迎える準備を整え、急いでやってきた。


「ロランド、姫への紹介は頼んだぞ。そんなことはしなくても、姫は俺に気付いてくれると思うが」

 おめでたい男だと思いながらリベリオを家へ連れていくと、シェリーはまだ帰っていなかった。

 帰宅したと聞くとリベリオを連れてシェリーの元へ向かう。どんな反応をするか楽しみだな。リベリオはシェリーがすぐに気付くと思っているようだが、当時3歳の幼児が、名前を覚えているとは思えないし、もう10年以上経ったんだから姿形も変わっていて絶対に分からないだろうと思った。

 そして案の定、この人は誰? という表情をするシェリーに、ほらみろと内心笑いが止まらなかった。

「シェリー、おかえり。紹介しよう、彼は隣国アメーリアから遊学にきているリベリオ」

「リベリオだ」

 何が感動の再会だ。こいつ緊張しているのか? 一瞬シェリーを見て、すぐに目を逸らし、リベリオは名前しか名乗らなかった。

「シェリーと申します」

 シェリーもやはり気付いていないようで、名前だけを簡単に名乗った。塩対応だ。

 食事は一緒にしたが、ほとんど会話はなかった。ロランドはリベリオを連れて二人で部屋に戻ると、疑問を口にした。

「感動の再会はどうした?」

 ロランドはシェリーがリベリオを覚えていないのは当然だと思っていたが、リベリオは想像以上にショックを受けていた。

「ショックだ。姫は俺を覚えていない。だがしかし、約束は守ってくれている。相思相愛には変わりない! まだ希望はあるぞ!」

「お前、なんか残念な奴だな」

「ロランドはいつも失礼だな」


 しかし、その後もリベリオを何度か家に連れて行き、三人で過ごしたり、何度もチャンスを与えてやっているのに、素っ気ない返事をしたり、距離を詰める感じもなく、シェリーもリベリオに苦手意識が芽生え始めていた。

 そしてとうとうリベリオはシェリーを泣かせた。

 帰れと言うと、焦った様子で言い訳をしながら逃げるように帰っていった。


「柔らかいな」の発言も、あの頃と何も変わらないシェリーに嬉しくなったことで思わず呟いてしまっただけらしい。それなのにシェリーが泣いてしまい、計画がおかしくなったと愚痴られた。そもそもの計画がおかしいのだと思ったが、面倒なのではいはいと適当な相槌で流した。


 やっぱりあいつはアホだな。

 ロランドがいるからリベリオはロランドに頼る。付いてきてくれというリベリオの誘いを断り、無理やり夜勤を入れ、一人で行けと騎士団から追い出した。

 それなのにリベリオはまた落ち込んだ様子で帰ってきた。

 とうとう決意を固め、赤い薔薇の花束を買って屋敷に向かったらしい。なのにせっかく買った花束を潰して、「俺のものになれ」などと言って、しまったと思って逃げ帰ったのだとか。


「やっぱりアホだな」

「助けてくれ」

「自分で何とかしろ。言えばいいだろ、あの時一緒に遊んだのは俺だと、迎えにきたんだと」

 ロランドは変に拗れてしまったリベリオとシェリーの関係に呆れて、全部正直に明かせとアドバイスした。いや、アドバイスというより、もう面倒になったと言った方が正しいだろうか?


 しかし、翌朝リベリオが出ていくと、二人の様子が気になった。これ以上拗れて、シェリーが泣くところは見たくない。


 そうしたら二人は抱き合っていて、なんだ上手くいったのかと思ったが、シェリーが男は細くて可愛い女の子が好きだからと、まるでどの男もシェリーを受け付けないようなことを言った。


「シェリー、それは私のせいだな」

 体型のことを気にしているのは知っていたが、自分のことを卑下してほしくはなかった。見合いが全てダメになったことがシェリーを傷つけていたことに気づいたロランドは、全てバラしてやった。

 見合いをダメにしたのはロランドとリベリオだと。


「ごめんシェリー、誰にも渡したくなかった。シェリーが人気だって聞いて急いで迎えにきたんだ。俺と結婚してください」

「はい」

 シェリーは戸惑いながらも、リベリオが差し出した手を取った。

 なんだ。リベリオが相思相愛とか言っていたのは本当だったのか。拗れかけたが収まるところに収まったということか。

 二人が幸せになるなら、ロランドが駆け回ったことも無駄じゃなかった。


 結局シェリーとリベリオはすぐに結婚というわけにはいかず、婚約だけしてシェリーが学園を卒業後にアメーリアに旅立つことになった。

 二人は頻繁に手紙をやりとりしているらしいが、たまにロランドのところにも飛び火して惚気が送られてくる。

 シェリーはあんな残念な奴のどこがいいのかと首を傾げるロランドだった。





(完)


最後までお読みいただきありがとうございました。

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