⑧④取引に出発
夜明けに目が覚め、とりあえずやる事も無いから食堂にでも行こうと、まだ眠っているナサを起こさない様に部屋を出る。食堂は早過ぎて誰も居なかったが、飲水魔具とその横にグラスがあったので一杯水を汲み、それを手にして席に座った。
今日が取引の日か。
先代のセフ祖父さんが依頼を受けてそれをカーラが引き継いだ。圧倒的に亜人族が多いツルギ領に「院社」があるのかは解らないが、あるとしても人族以外診ない「院社」じゃ頼りになんかならない。薬師じゃ限界があるし薬が欲しいのは当然だと思うけど、何故デンボじゃ駄目なのか。混血の商人では違法でも薬など仕入れられないのか?色んな薬の中で『薬』を求めた理由は何なんだろうか?
色々と解らない事だらけだ。
『薬』の効果は本人が死に掛けてても心臓を動かし続け、生かし続けるもので、高価な類のそれをカーラは結構な数を持っていた。処方制限もあるくらいだから身体に負担を強いる類の薬だろうし、そんなに使うか?侍従コヒ・メズが助かった事で役に立つのは解ったが、ああいった状況って滅多に無いぞ?それともあんな状況が頻繁に起こってるとか?
だとしたら奴隷達以外の住民が少ないのも当然だ、誰も来たきゃねぇよそんな領に。
そんな事を考えてると階段から誰か降りて来る。
ツルギ領の商人と言うデンボ・ハレノで、会釈して俺の向かいに座った。
「早いなデンボさん」
「おはようございます、貴方もお早いですね」
「慣れない場所だからか目が覚めちゃって」
「ナンコー領の方では無いと仰ってましたが「外側領」の方でも無い?」
「聞いてどうする?」
「いえ深い意味は有りません、ただの世間話です」
探りを入れてるかも知れないが俺は取引自体に興味は無い。
ここでわざわざ悪感情を抱かせる事もないか。
「悪い、詮索されるのに慣れてなくてね。俺はフツ、ただのフツだ。昨日カーラの隣に居た猫娘はステトで一応俺の相棒だよ」
「フツさんにステトさんですね、承知致しました」
「さっきの返事になるか解らないけど俺は王都出身で、ステトは‥‥そういや聞いて無かったな」
「王都ですか?それに相棒さんの出身地をご存知無い?随分と不思議な関係ですね」
「そうか?雇われ従者なんかそんなもんだろ」
「カーラさんの身の上を?」
「知ってるよ」
「ナンコー領主であられるクスナ伯爵の御令嬢から直接お雇われになるなんて、何か理由でも有ったのですか?」
「やけに食い付くじゃねぇか、出会ったのは偶然で何故か気に入ってくれて雇われただけだぞ。怪しいと思うんなら終わるまでこの宿で待ってても良いけどよ」
俺の言葉に少しだけ思案する顔を見せたが直ぐに首を振る。
「いえ、昨晩ナサさんがお2人が居なければカーラさんはいらっしゃらないと。それでは私が困りますので」
「あれは言い過ぎだ。まぁいいや、今度はあんたの事を聞いても?」
「どうぞ」
「奴隷達が沢山、それも自由に動き回ってる領で商売なんて成り立つのか?」
「領民自体の数が少ない我が領では致し方無い方法なのですよ、どんな経済規模でも働き手は必要ですからね。それに商人と言っても私は官民の様な立場でして、ツルギ領が主なお客様です」
「『受け』とは違う?」
「依頼された商品の売買だけでは無く生産の進捗具合や出来高を確認して、それを何処の誰に売るかをお伺いし、相手方までの輸送も手配しています。ですので「商品を置いて無い『構え』」とでも言いますか、事務所を営業しています」
「それって倹税官みたいな役人の仕事と被ってるよな?」
「どうでしょう?中央から来られるお役所の方々にはツルギ領は不人気の様でして、赴任する形だけ取って何処かに身を移していらっしゃるみたいです。代わりに私がそのお勤めをしているとも言えなくは無いですが」
本当にそうなんだろう。余計な事を知られない為に金でもやって追いやり、自分達に都合が良い内容だけを倹税官に渡し報告させてるんだ。産業もこれまでの林業としているのかもな。
「昨日飲んだ酒、王都で飲んだ事の無い酒だった。あれはツルギ領産の酒か?」
「製造はそうですが、その他は全てチスク国のドワーフの方々から持ち込まれた物ですよ」
「ふ~んチスク国からねぇ、ツルギ領が他国と貿易してるなんて知らなかった」
「最近始めたばかりでして、王宮には税を納めているので問題はないかと思いますが」
よく言うぜ、金で誤魔化してるだけだろ。もっと芋や新しい産業の事を聞きたかったが、本来口止めされてる事を俺が知ってるとなると、きっと漏らした犯人を捜し出す。それだとニノに迷惑が掛かるし、これ以上藪を突くのは止めておこう。
食堂の従業員達が現れて朝食の準備を始め、会話は世間話になってデンボは鳥人との混血だと教えてくれた。意外にもツルギ領は混血が少ないらしく、ナサには親近感を抱いてると言う。ステトも四分の一人族の血が混じってると伝えると同じ様な感情を持ったみたいだった。
朝食の時間になると残り3人も食堂に下りて来て全員揃ったところでデンボが説明を始める。
「大変申し訳有りませんが、馬車では走りにくい道ですので徒歩での移動でお願いしたいのです」
「私達は大丈夫です。これまでも歩いて来ましたから」
「有難う御座います、昼には着く距離ですので宜しくお願い致します」
パンと豆のスープの軽い朝食を済ませて、早速コシエ舎を出る事にした。
デンボが先頭でカーラとステトが直ぐ後ろをを歩き、俺とナサは少し離れて付いて行く。人族のカーラと俺に他の3人が足取りを合わせてくれている。
「お主、今朝早かったがあの男に何か用があったのか?」
「いや偶然デンボさんも早く食堂に来たから世間話してただけだ。何だよ気になるのか?」
「俺に直接会いたいと言う御仁が、な」
「気持ちは解るけど、今から気にしても仕方ないぞ」
「うむ‥‥そうなのだが」
知り合いも居ないって言ってたから気になるのは当たり前か。
ツルギ領は、その領土の殆どが山の麓なので傾斜が多い。流石に大通りは舗装されていたが、それは領都でも変わらないみたいだ。領都内では奴隷達に邪魔をされる心配も無いので、順調に歩き続け、町の中心部から外れると集落らしき建物が点在しているのが見えた。造りは領外の奴隷集落のものと違わないが住んでるの領民だろう。
デンボが通りがかりの集落で休憩を挟もうと言うのでそれに従い、建物の前に着くとデンボが声を掛けたる。
「どなたかいらっしゃいませんか!?」
「ちょっと待て!よっこらしょ、何だデンボさんじゃないか。どうした?こんな所まで」
出て来たのは鷲顔の男でデンボを知っているみたいだった。
「こんにちはヤト、少し休憩させて貰ってもいいかな?」
「いいぜ、その辺の箱に適当に座っててくれ」
俺達が建物出入り口の脇に無造作に置かれている木箱にそれぞれ腰を下ろすと、ヤトと呼ばれた鷲顔の男がカーラと俺に目を向ける。
「珍しいな人族のお客かぃ」
「ヤト、喉が渇いてんるんだ済まないが‥‥」
「おっといけねぇ、待ってな茶でも用意するよ」
「有難う」
「此処はどういった集落なんですか?」
鷲顔が中に入るとカーラがデンボに話し掛けた。
「鷲人族の集落です。私がよく立ち寄るものでこうして仲良くしてくれています」
「人族が来るのは珍しい事なんですか?」
「お恥ずかしい話ですがツルギ領は閉鎖的な所が御座いまして。何しろ長年差別を受け、侮蔑の目にさらされて来た歴史があるものですから。人族が皆カーラさん達の様でしたらこうはならなかったでしょう」
「私達?」
「貴女は亜人族になんの感情もお持ちで無い、先代のセフ殿もそうでしたし、メスティエール商店の従業員の方々は亜人族が多いとか。それに‥‥あのフツさんも同様の印象を受けました」
「彼は寧ろ味方をしてくれていますね、店の従業員を庇って中央から来た人族の方達を懲らしめてくれた事も有りましたから」
「ほう、それはまた。貴女が彼を気に入って雇ったのも納得致しました」
「え?ええまぁそうですね」
2人が話をしている間、俺とステトとナサの3人は種族談義をしていた。
「鳥人て目だけで見ないだろ?いつも首ごとこっち向くから驚くんだよな」
「ナンで動かさないの?」
「動かさないのでは無い、動かせないのだ」
「ナンで??」
「それは、知らん」
「あは、ナサ兄さんも大したコトないな~」
「ぐっ」
そんな風に遠慮無く言えるのはお前だけだぞ。
次回は6/1更新予定です。
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