⑥③就任
若干寝不足の俺とステトは朝食を終え、いつも通り応接室でお茶を飲んでる。数日振りにステトが女中ビラさんから貰った、あの際どい服を着ていた。でも誰かに言われたのか上に一枚羽織ってる。露出補正してるつもりだろうが卑猥から淫らになってるだけの効果だった。
まぁまぁまぁ無いよりはいい、と思う
昨日朝からスタダ領に行って戻って直ぐに、正妻さんと弟君が滞在してる一軒家に向かった。妹さんもパパさんが不在の為残り少ない家族との時間を一軒家で過ごしてる。カーラは義母と義弟に平民となって追放された後の計画を伝えた。2人の反応は驚きと不安と感謝が入り混じっている様子らしかった。カーラは領主代行の役目もあるから臨時領主館として貸し切っている高級宿で寝泊まりしている。そこまで彼女を送り、ようやくメリステエール商店に帰って長い一日が終わったのだった。
「おはようございます!!」
朝からウルの爽やかな挨拶が店に響いて、奥の応接室にも聞こえて来る。
すっかり夜型の俺達には爽やか挨拶なんて迷惑なだけだがウルに罪は無い。
応接室に番頭レンが入って来た。
「ではフツ殿にステト殿、宜しくお願い致します。」
「本人に話は?」
「いえ私からは何も。お嬢様から直接お聞きした方がよろしいと思いまして。」
「じゃカーラの所に連れてきゃいいんだな?」
「はい、馬車をご用意致します。」
「気持ちは有難いが眠気覚しに歩くよ。」
俺は相棒に確認して歩いて行く事にした。ステトも頷いている。昨日もずっと馬車だったしな。
ウルは今日も『取引所』に行くつもりの様で、丁稚ホクと資料の確認をしている。
「おはようございます!フツさん!ステトさん!」
ホク、声がでかい。
「お早うさん。」「オハヨー。」
「ああフツ君おはよう、其方の女性は?」
そうかステトとは絡んで無かったから初対面か。
「俺と一緒に仕事をしているステトだ。ステト、この爽やか男はウル・コウムだ。宜しくしてやってくれ。」
「ステトだよ、フツの相棒でエンチョーの護衛。」
「こちらこそ宜しく。エンチョー??」
「気にすんな、それよりウ、、」
ウルはステトの胸に魂を奪われている、気持ちは解るが帰って来い。
「お~い。」
「あ、ゴホン、ごめん。何!?」
「悪いけど今日の『取引所』は無しだ。俺達と一緒にある場所に行って貰う。」
「え??で、でも」
「番頭のレンも了承済みだから安心ろ。」
「フツ君とある場所に行く?また何か危険な、、、、」
「それも無いから安心しろ、いいから行くぞ。」
俺達はウルを連れて店を出た。
丁稚のホクは悪いけど連れて行けないので店で仕事。
ごめんなホク。
そうして仮の拠点である高級宿の近くまで着くと、ウルはその建物を見上げながら溜息を付いている。
「どうした?」
「いや、いつか高級宿を利用出来る様な商人になりたいなと思って。」
「有名なのか!?」
「メスティエール商店に居候してても、ナンコー領の事は全然知らないんだね。この宿は「ヨノ館」と言って領都で一、ニを争う高級宿なんだ。それなりの地位にある方々がご利用なさる宿で、私の様な零細商が入るなんて夢のまた夢さ。」
「夢じゃないよ、ホントにフカフカで寝心地良かった。」
「え?何言ってるのステトさん、フツ君の相棒だけあって冗談が下手だよね。」
俺はお前に冗談言った事あったっけ?
名前を知った高級宿「ヨノ館」の入口まで俺とステトは向かう。
「ちょ、ちょっと!入るのが夢って言ったけど不味いよ。私達の身なりじゃ門前払いになるに決まってるんだからっ。」
「大丈夫だよ、今は貸し切りだ。」
「貸し切り??」
入口に立っている護衛と従業員に「フツとステトだ」と名乗ったら通してくれた。
「ええええ????」
「いいからお前も来い、話があるんだよ。」
「話!?いや誰と?ねぇ!!」
ウルを無視して待合空間まで入ったが執事さんの姿が見えない。
あの人も忙しいんだろう。受付の従業員に「フツが来た」伝えてくれと頼んだら、「部屋までお越し下さい」との言付けを預かっていると言われた。部屋の場所を尋ねると最上階の奥の部屋を執務室代わりにしてるらしい。
五階建てのヨノ館は上の階になるほど部屋数が少なくなるが、その分部屋が広かった。
ウルは混乱した様子で俺達に付いて来ている。
教えて貰った奥の部屋の扉を叩くと、開けてくれたのは中年の人族の男。
俺達が部屋に入ると一礼して出て行った。
領主の代行をしている雇い主は大きな机に書類を広げ何か書き込んでいる。
「悪い、仕事中だったか!?」
「いえ丁度一段落した所です。」
カーラは筆を置いて前にある椅子を進めてくれたので適当に腰を降ろした。
「今出て行った人は?」
「彼はナンコー領の外交の実務を補佐してる人ですよ。今はお父様が居ないので私に報告してくれているんです。ナンコー領に滞在してる方々も先日の一件の事で色々不安に思わてたので、もう大丈夫な事を皆様ご説明して下さってたんです。お2人共、朝早くからわざわざ来て頂いてすみませんでした。」
「いや俺達は構わないんだけど、、、、」
まだ立ったままウルに全員の視線が集まる。
「ウルさん、座って下さい。お連れして頂いた理由をお話しますので。」
「座りなよ。」
まだ固まってるウルの足をステトが叩く。
「あ、すいません。では、しし失礼します。」
「諸々の説明は後程します、ウルさん支店長になる気は無いですか?」
「は??」
いきなり話を切り出され、更に混乱したウルだったが、カーラはスタダ領に支店を開きたい旨と、その運営方針など一つ一つ丁寧に説明した。
「し、しかし私に務まるでしょうか!?正直「流し」ではここ最近失敗続きでしたし、、、」
俺を見て言ってるけど、俺のせいじゃ無いからなあれは。
「初めから順調に儲けが出る商売なんて有りませんよ。最初の一年はスタダ領や周辺領の生産者達との信頼関係を築いて下されば宜しいかと思います。その間に少しづつ本店から受けた品目と数量の買い付ける頻度を増やして行けばいいかと。仕分けや価格計算、出荷作業などはもう既に本店でお任せしているので大丈夫でしょう。生産物によっては個数買い計り買いなど変わってきます、彼方のその才能があればこれも問題にならないですし。」
「、、、、、光栄です。」
「ただし、これには少し事情もあって無理を承知で受け入れて頂きたい事柄が有ります。」
「何でしょう?」
「まず従業員の殆どは現地で採用して下さい。全てがスタダ領の者で無くても構いませんが、ナンコー領の者は避けて頂きたいのです。その土地に何かしらの貢献をもたらした方が悪印象を与えませんし、認知度も格段に上がるでしょうから。」
これには正妻さんと弟君の事も関係してる。ナンコー領の者だと、もしかして顔を見た事があるかも知れないからだ。
カーラの一言一言に納得した反応を見せているウルの表情は、もう気弱な「流し」商人では無くなっている。支店とは言え夢が叶うと同時に、責任の重さを感じている顔付きになっていた。
「言葉は悪いですが下請け業務といって差し支えないですけど、ここまお話してどうでしょう?
引き受ける気になって頂けましたか!?」
「・・・・はい。御世話になってまだ日の浅い私にこの様なお話をして頂き感謝に堪えません。」
「そんなに気負わなくてもいいですよ、それに最後にもう一つだけ条件があるんです。」
「御聞かせ下さい。」
「支店の運営とは関係無いのですが、2人住み込みで雇って頂きたいのです。」
正妻さんと弟君の事だ、支店の半分はこの2人の為に考えたと言ってもいい。
「それ、、だけですか!?」
「それだけです。ただこれが一番大変だと思います。実はこの2人というのは元ある貴族の身内だった人達で、一般常識もままならないし、庶民がする普通の事が全く出来ないんです。」
「没落貴族様ですか?」
「同じ様な境遇の方々です。平民となって第二の人生を始めるつもりなのですが、縁があって私が少しばかり生活が成り立つ様お手伝いする事になりました。2人は親子で母親は家事など一切家来ません、息子は体を使う分には問題無いですが、商売事を苦手としています。」
座ってカーラの話を聞いてると、改めて本当に面倒な親子だな。
こりゃ苦労するぜウル。
「商売の方は時間を掛けて教えれば何とかなると思いますが、家事となると私も全く出来ないもので、、、」
「ウルさんのご両親は屋台を営んでいらっしゃるんですよね?」
「はい、領外の宿場町でやっています。家がその近くなもので。」
「高齢でいらっしゃる?」
「両親と六十に届かない歳です。それが何か!?」
「もしよろしかったらご両親も支店でお雇い差し上げたらどうでしょう!?お母様に家事をお任せして、母親の方にご教示頂けたら?お父様は元々「構え」でいらっしゃったのですからウルさんのお力になられるかと思います。」
その言葉を聞いてウルが肩を震わせた。
「家族の事まで、、、有難う御座います、本当に本当に有難う御座います、、、」
「無理をお願いしてるのは私の方です、では引き受けて下さいますね?」
「はい!!!微力ながら背一杯務めさせて頂きます!!」
無事に話が済んでウルの支店長就任が決まった。
朝から酒は不味いので、カーラがお茶を手配してくれ皆で乾杯する。
興奮冷めやらぬウルは俺に感謝の言葉を言い、ステトの胸に気を取られ、カーラに質問をした。
「でも何故カーラ様は「ヨノ館」に?フツ君が貸し切ってると言ってましたが、いったいどういう訳で??」
「カーラはエンチョーだけど、カクシャク様と親子なんだ。」
ステトが自分専用の甘い茶を飲んで説明してやる、が多分通じてないぞ。
「さっきも聞いたけどエンチョーって何ステトさん?カクシャク様??」
ステトを見ても返事が無いので俺に目を向けて来た。
俺が教えて良いのも解らないから、俺もカーラを見て助けを求める。
「ウルさん、私の以前の名は『カーラ・ナンコー』でナンコー領、領主クスナ・ナンコーの娘です。」
「・・・・・・・・・・・・・・え?
えええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」
朝の爽やか挨拶よりうっせぇ。
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