⑥②支店構想
伯爵家族が一夜を過ごした一軒家は借家でナンコー領の外れにあった。
パパさんが戻ってくるまで死人の母息子は一軒家に滞在させている。
平民の暮らしなど詳しく知るはずも無い、だから一般的な知識と実際にそれをする練習をさせるんだそうだ。元伯爵令嬢で元領主の夫人だった母親が買い物なんてした事が無いのは当然で、貨幣など持ち歩いた事も無いだろう。元領主嫡子も肉体労働などの経験があるはずが無かった。生活していく上で最低限の事柄を自分達で行える様にならなければこの先苦労するのが目に見えている。それを教える為に店から数人向かわせたとカーラが教えてくれた。
「それはそうと妹さんはどうしてる?」
「オシカは今回の事件の発端が自分の母や兄だとは知らなかったので、名も変え平民となって追放される経緯をもお父様が寝る前に説明したんです。離れて暮らす事になるのもショックだったみたいで大泣きしていました。可哀想に正直まだ立ち直っていません。それでも今朝は気丈に振る舞ってましたけど辛いでしょうね。」
いきなり母親と兄が他人となるんだ、気持ちの整理が付かなくて当然だよな。でも本来は死罪の身だったんだから生きてるだけでも幸運なんだよ妹ちゃん。
「もう少し大きくなれば事の重大さを解ってくれるでしょう。」
「残念だがこれはばっかりはな。それで2人をどうするつもりなんだ?追放して終わりじゃ無いんだろ!?」
「実は支店を開こうと思っています。」
「支店ってこれと関係、、、、なるほどここで『商認証クーリッシェル)』を使うつもりか。出ると言うのはまたスタダ領に行くって事よな!?」
「お父様も仰ってますが流石ですね、その通りです。」
「またあの蜂蜜食べれるかも知れないね!!」
いや無理だろ、あれは献上品だって。
「でも支店を開いたからってあの2人に商売が出来るはずも無いし、何をさせる?」
「リウ様には家政を、ケンダは支店の従業員として働いて貰うつもりです。」
「カセイ??」
「飯を作ったり洗濯掃除したりする事だよ。お前には無理だ。」
「オレは食う方が好きだからな!!」
自慢して言う事じゃ無いぞステト。
「カーラの考えてる事は解った。俺達は護衛なんだから当然一緒に行くよ。でも誰に支店を任す?言っちゃ悪いけどスタダ領じゃ取引する品も知れてるだろ?」
「ええ、そこで今晩にでも私達の考えを聞いて下さい。フツさんの意見もお伺いしたいのです。」
やっぱり親子だ。
ウルは通いだが他の皆は寮生活だ。営業を終え食事が済んだ従業員達は、それぞれ各自の部屋に戻って自分の時間過ごす。誰も居なくなった食堂に俺とステトにカーラ、番頭レンと女中の狐人のお姉さんの5人が集まる。女中のお姉さんはカーラが幼い時に母親のケイに雇われた女性でレンも彼女を信頼してる。この2人が自分が不在の店を支えてくれているとカーラに教えて貰った。従業員達の世話も焼く『メスティエール商店』の「母」的存在なんだと。それじゃもう「姉さん」じゃないよな??
でも今から「おばさん」と呼ぶ勇気は無い。
「お姉さんの名前知らないんだけど?」
「ビラ姉さんだよ、何で知らないのさ。」
服貰ったりした仲のステトが突っ込んで教えてくれたが、何か悔しいぞ。
そして商売の話になった。勿論ステトは飯食って酒飲んでるだけだけど、居るだけ成長してると思う事にする。カーラが店の在庫状況や注文状況などの資料に目を通し、レンからの報告も聞く。
「やはり効率が悪いですね。農作物の注文比率は!?」
「穀物7割で生鮮物が3割です。」
『メスティエール商店』は問屋であらゆる品物を扱っているがその殆どが大口取引だった。小口の注文もあるが品物自体が高級な物ばかり。主に卸し業者や王国の各領に仲介所を介せず直接商品を売っている。野菜や果物などの加工品に使う原材料は仲介所を利用する場合も有れば、量次第で直接買い付ける。保存が効く穀物と加工品は領外の倉庫街に常備保管していた。
「一応生鮮品も扱ってるんだな。」
「ナンコー領の加工品は人気が有りますから原材料になる農作物の需要が高いんですよ。だから店は原材料のみ扱っています。」
尋ねた俺にカーラが答えてくれる。
「セイセン?果物とかそのまま売らないの??」
ステトが商売話に食い付いた、いや好きな食いもんだからかな。
「ステト殿、生鮮物は大口注文が少ないので利益率も低いのです。生鮮物は痛みも早く在庫を抱える訳にも参りませんし、その都度直接に買い付けれは経費が掛かり過ぎる。かと言って毎回仲介所に依頼すれば払う手数料も馬鹿にはなりませんからな。」
「テスウリョー??」
「仲介所’ギルド)の『取引所』に行って、買いたい物売りたい物が有れば窓口に依頼する。それにはお手伝い料が掛かるんだ。」
子供にも解る様に説明してやらんと。
そこからカーラは番頭レンと女中ビラさんに相談して練った『支店』の構想を教えてくれた。
「そこでスタダ領に『支店』を開こうと言う訳なんです。」
「直接『支店』に買い付けさせるのか!?」
「はい、周辺領の生鮮物は注文量をその都度『支店』に買い付けて貰います。加工品に使う原材料などの生鮮物は傷物でも味が良ければ構わないので買い付け量が多い程仲介所より安く済みますからね。穀物は支店での保管や運搬は無理でしょうから本店が扱い、買い付けだけをお願いします。」
「お嬢様は『支店』を独立店としてでは無く、本店から『支店』に注文する形にしようとお考えなのです。受けた注文の仕訳と値付けに梱包までお願いし、直接発送できる状態ナンコー領に持ち込めば間に業者を入れずに済むと言う訳です。」
「注文は本店で受け、下請けとして『支店』に回すって事だな。」
「その通りです。小口注文も対応出来ますし、周辺領やスタダ領にとっても悪い話では有りません、支店が買い付ける事で売りたい収穫物の全てを自らナンコー領に持ち込む必要が無くなります。物流税や入領税の節約にも繋がりますからね。」
「オレの蜂蜜も一杯買えるね!!」
いやお前の蜂蜜じゃ無い。
確かに手間が省けるし喜んでくれそうな話だな。
「でもそうなったら『支店』の移動に掛かる費用が増えるんじゃないのか?あ、なるほど。ここで『商認証』の特権が生きて来るんだな!?」
「はい。入領税は免除、物流税も安く済みます。」
「でも周辺領の買い付けはスタダ領側に入る事になるから良いとして、出荷の為にナンコー領に入るのは変わらないだろ?」
今度はレンが笑って教えてくれた。
「フツ殿、「メスティエール商店」はナンコー領の『商認証』を頂戴しているのですよ。私共「本店」が領境まで赴けば問題有りません。」
やられた、考えてみたら当たり前の話だ。ナンコー領いち老舗で領主の義父が居たんだからな。
隣領だから一日あれば品も届くし生鮮物の注文にも対応出来る。『支店』構想は案外上手く行きそうな気がして来た。
「いや、これは悪い考えじゃ無いと思うよ。」
「それを聞いてホッとしました。」
「誰に任すのかも想像出来た。」
「ふふふ、先程も言いましたが流石です。」
小口注文の仕訳と値付けに必要な計算力も有り、
「流し」を経験してるから買い付けの移動も慣れている。
そんな人材はあいつしか居ない。
あくる日俺達は店所有の馬車で再びスタダ領を訪れた。今回初めてスタダ領嫡子であるホタ・スタダ(ホタ君)から賜った「クリエネージュ」を使わせて貰う。効果抜群でモグリな俺とステトもカーラの従者としてではなく堂々と領都「カタノ」に入領出来て何かいい気分だった。
直ぐにカーラは領主のミョウ・スタダに面談を申し入れる。彼女が話をしている間、俺達は久々スにスタダ領兵団カム・スビム副隊長と束の間の再会を楽しんだ。ホタ君はカーラが来たと聞いて飛び上がらん限り喜んだ後、その日に帰ると解ると泣かんばかりに凹んでるし。相変わらず忙しいなお前。『商認証』で支店を開きたい旨を伝えると、親父さんは快く受け入れてくれるみたいだった。具体的な事は支店を任す者が進めるから改めて挨拶に向かわせると言って面談を終える。その後少しだけホタ君との時間を作ってあげていたのは彼女の優しさだな。また恋する小僧の泣き落としを喰らう前にナンコー領へ戻る事にする。
そんな訳で今回は本当に行って伝えて帰って来ただけの日帰り旅。唯一違ったのは、前回とは別の野盗に出くわした事でステトが張り切って追っ払い俺は何にもしてない。馬車に乗って親父さんに挨拶してホタ君カムさんと喋っただけの一日だった。
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