⑥①エンチョー
取引所に着いた。ホクが持っている紙束には売りに出していい商品名と仕入価格、意に沿う値段で有れば買い付けておく商品名など書かれているらしかった。
商売の事に多少の知識を持っている俺も、売買に関する細かい流れは解らない。
「売り出す金額は決めてないのか?」
「他の売り手が同様の品を出してたら、その金額を見て判断するんですよ。」
ホクが答えてくれた。
「当然だけど仕入れ価格より安く売る訳にはいかないからね、3割増しがいい所だと思う。それでも相場より高値になる様だったら2割増しかな。それ以上の値下げは経費を引くと儲けが僅かになるし、今回は腐る類の品じゃ無いから需要が高まるまで寝かしておくんだ。」
ウルが続いて補足してくれる。
「買い付けの値段は?」
「市場で出回っている値段はホク君が持ってる資料に載ってるから、それより安いか値引き交渉出来れば買いだね。」
「なるほど。それで番頭に何の勉強して来いって?」
「今何の需要が高いのか、逆に何が余っているのか、とかの市場動向だね。あと実際に買い付け依頼を出す事で、取引が成立したら倉庫街に行って商品の状態を確認しに行く事にもなる。見る目も養えるからって言って下さったんだ。」
「僕にも経験して来いって。」
店に来て3年の丁稚ホクにもいい勉強になるし、今までウルがしていた『流し』にも通じる事だしな、レンなりに日頃頑張っているホクに目を掛け、ウルを尊重してくれたんだろう。
流石大店を任されてる番頭だ。
2人が売買依頼盤を見に行ったので、俺は商売に来ている連中の邪魔にならない場所に立って見学する事にする。朝も早いのに結構な出入りがあるもんだ。
商人や貴族付らしい者、指示を出してるだけの、高位では無いんだろうが貴族と思われる者まで居た。役割があるのか皆が皆複数人で来ている。算術魔具片手にそれぞれの盤を見る者達、窓口の列に加わる者達、金額が合わないか目的の品が無かったのか、そのまま取引所を出る者達。ただ立って眺めてただけど面白かったし、道一つでこれを掴み取ったんだと思うとまた違う見方が出来た。
窓口で取引依頼を終えたウルとホクが俺の元に来る。
「何か良い品物でもあったか?」
2人が首を横に振った。
「今の時期、初物が多かったからか金額も定まってないみたいだった。探ってる様子だったね、落ち着いてから判断した方がいいとホク君と話して止めたよ。」
「売りは!?」
「売り盤に同じ品物が無かったので全て3割増しで出しました。買い手が付いたら直接ご来店されます。商品を確認して頂いて納得して頂けたら取引成立と言う流れです。」
ウルとホクがそれぞれ報告してくれる。相性合ってんなお前等。
「納得しなかったら?」
「手付金だけ受け取る。今回は縁が無かったという事だよ、そしてまた売り盤に載せるんだ。」
『取引所』でのやる事が終わったので、店に戻る事にする。
仲介所の建物の脇で何やら群衆が集まって騒がしい。来る前と様子が一変していた。
まだ少年と言っていいホクは好奇心旺盛だ、尻尾をぶん回しその人だかりに加わる。
「何でしょう?騎士の方々に馬車が、、、わぁ凄い馬車!!」
「あれは檻車だよホク君、車列になってるね。大所帯みたいだし何かあったのかな!?」
「あれじゃないですか、ご領主様を襲った噂の者達ですよ!!」
「何が起こったのか知らないけど伯爵様はよく御無事でいらしたね。騎士や領兵の皆さんが優秀な方々で本当に良かった。」
「ウルさんは知らないでしょうけど、ご領主様はたまに店を訪れて下さるんですよ。店長と顔見知りみたいで。」
「本当に?伯爵様が?お若いのにカーラ様は顔がお広い、流石ナンコー領いち老舗商店の主だよね。」
店長ってカーラの事か?まぁ確かに商店の主だから間違ってはないけど、ウルがカーラ様?普段気楽に呼び捨てしてる俺がおかしいのか。
人だかりの最後尾で眺めてるウルとホクの掛け合いを聞いて、カーラの父親が領主だと知らない事を今知った。 ウルは解るにしても、丁稚のホクは知ってても良さそうだけどな。今朝俺とステトが戻って、領主一家が襲われたと聞いて主が心配で飛び出して来た従業員達は知ってる筈だ。古参の者しか主の出自を知らないのかも知れない。いや待て、無事な姿お披露目した筈なんだけど?巡回も馬車だったし遠目だと解んないか。俺も余計な事言わないでおこっと。
俺も檻車の列に目をやった。確かに黒装束の奴等だ、ただ頭巾は外されていて顔が丸見え。驚くべき事に全員が人族だった。人族であんな動き出来たのは訓練されていた者達に違いない。いつもより騎馬の騎士達や領兵達、仲介所からの護衛も人数が多かった。領王都に護送するんだろう相変わらず行動が早いな。
人だかりが割れ、一台の馬車が檻車の列の先頭に出て来ると人だかりの群衆が頭を下げ始めた。
やばい、あの馬車は視察の時に乗せられたパパさんの公用馬車だ。前を見るとウルもホクも同じ様に頭を下げてる。
俺もしないと。
「お主は此処で何をしてる?」
声を掛けてきたのはナンコー領属騎士ナサだ、割れた群衆の中を騎馬のままで俺の前まで来ていた。何で来るんだよ!
俺は頭を下げたまま答える。
「お偉いさん礼儀を尽くしてるんだよ、ってよく俺だと解ったな。」
「お主の言う「格好良い目」があるからな。」
「自分で言うな!!」
あ、顔を上げてしまった。
「フツ君~っ」
今は絡みたくない人の声がする。
伯爵仕様の馬車の下げ窓を開けて笑顔で俺を呼んだパパさんと目が合った。
「はぁ~」
「主が呼んでいる。」
「はいはい。」
諦めて男前騎士の後ろについて行く。
ウルとホクは当然、俺が伯爵様に名を呼ばれ、騎士と普通に会話してる事に驚いてる。いや固まっていた。
「仲介所で何してるんだい?もっとゆっくりしていたら良かったのに。」
「やる事も無かったし『取引所』見学です、貧乏性なもんで。それより家族の時間はどうでした?」
「君達のお陰で最高の時間を過ごさせて貰ったよ。」
「もう王都に!?」
「私も貧乏性なんだよね、それにこんな事は早く終わらせた方が良いのさ。」
「無事やり返せる事を祈ってます。」
「人聞きの悪い。貸しを回収するだけさ。じぁ留守の間お願いするよ、詳しい事はカーラちゃんに聞いておくれ。」
「解りました。社交辞令で言いますが、気を付けて行って来て下さい。」
「フツ君が社交辞令を言うなんてね、でも嬉しいよ有難ね。」
俺は騎士ナサにも挨拶を交わし車列から離れる。
そして領主一行は王都へ出発した。
見送って最後尾に居る2人の所に戻ろうと振り返ったら、集まった群衆の注目を浴びてる事に気が付く。
「あれは誰だ?」
「伯爵様がお声を掛けてたぞ。」
「何者?」
「何処かの貴族様??」
「いや服見ろ、平民だろ。」
平民どころかモグリだよ!空気読めよなパパさん、いや無理か。
ざわつく人だかりの中をそそくさと突っ切って、ウルとホクの元へ辿り着く。
「フツ君!!一体君は何をしたんだ??」
「ご領主様と直接お話になるなんて、実はフツさんて凄い人なんですか!?」
いやお前等もか!!ホク、尻尾振り過ぎだぞ風邪引くだろっ。
「いや、その、あれだ、店長?に個人的に護衛として雇われててさ。その関係でたまたま?みたいな感じだよ。」
「たまたまだって?騎士様とも顔見知りみたいだったじゃないか!!」
「護衛!?カッコイイ!!」
「解った解った、いいから店に戻ろうぜ。店長も戻ってるみたいだぞ。」
ウルは怪しんでいたし、ホクの俺を見る目が何か気持ち悪い。
食い付きが半端ない2人を宥めすかしながら帰路に就く。
店に帰って来ると2人は番頭レンに報告をする為、俺もまたやる事が無くなったので取り敢えず中に入った。
応接室に入るとカーラとステトがお茶を飲んでいたので声を掛ける。
「お帰り『店長』」
「何ですかその呼び方?」
「エンチョー??」
「いや、店で呼び捨ては不味いかなって思ってさ。」
今更だけど。
「ホクがそう呼んでるからですね?」
「カーラはエンチョー?」
「当り。ステトは外れ、エンチョーじゃ無い「店長」な。」
腰を降ろすとカーラがお茶を入れてくれたので俺もその輪に混じる。
「それで?どうだった!?初めての家族水入らずの時間は。」
「初めはぎこちなかったのですが、リウ様もケンダも最後には笑っていました。オシカは本当に喜んでいましたね。お父様は何か照れてるみたいで可笑しかったです。」
「カーラ自身は?」
「私は、、、、正直まだ実感が無いと言うか、不思議な感じでした。でも少し近付けたのは間違いないと思います。」
「それだけでも大した進歩だよ。兎に角これで家族問題は一段落だ、伯爵さんのやり返しがどうなるかは戻って来てからの話だし俺達が口出す事じゃ無いからな。」
「オレ達はこれからナニしたらいいの?」
ステトが甘い茶を飲みながら俺に聞いて来た。
逆にカーラは手に持っていたカップを置いて俺達に頭を下げる。
「フツさんステトさん、改めて本当に有難う御座いました。それに身内事にまでお力をお貸下さり、護衛以上の事をさせてしまって申し訳ありません。」
「もう礼は受け取ったから必要無いぞ。カーラも俺達に雇い主以上の事してくれてるんだからな。」
「そうだよ、オレとカーラは『ツガイ』仲間だし気にしないでイイ。」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
ここでそれ出すのお前。
「コホン、それで申し訳無いのですがまた少し出る事になります。ご一緒して頂けますか?」
「リバーシも飽きたからオレはウレシイな!」
「それは全然良いけど、何絡みで?」
「リウ様とケンダの事です。」
「何か決めたのか?」
「はい。」
それからカーラは死んだ事になった継母と異母弟の今後を話してくれた。
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